角笛が鳴る 52 ダルメシアン攻防戦・ミリアルド・エーギル
俺たちをぐるりと囲むように、エーギル軍とガラル軍の兵士たちが集まっている。彼らはいったいなにが起きているのかわからず、立ち尽くしていた。
「くたばれーーーーーーー! クソサルーーーーーーーーー!」
戦闘はすぐに再開される。
ペネキエルは召喚した槍から炎を際限なく撃ち出し、敵も味方も関係なしに暴れた。
無駄だ。俺の相棒はそんなちゃちな炎じゃやられない。
≪空断≫≪界斬≫≪穿間≫を駆使し、防ぐ。ヨルムリアの元となった神剣ハルペリアは空を断ち、邪を穿つ。天至が放つ邪悪な炎など両断するだけだ。
そもそも魔法士の俺に魔法戦を挑むだって?
舐めんじゃねえよ。
「≪螺旋魔弾≫!」
貫通力を高めた魔力弾は、天至にヒット。しかし、ヤツが身にまとうシールドを突き破れない。
「バカめ! やはりサルの魔法など!」
通じないのは知ってる。だけど撃ち続ける。
ヨルムリアを防御に専念させ、俺自身は攻撃の手を緩めない。
終わる気配を見せない魔法の応酬が、戦場の時を止めていた。
俺たちの周囲だけ、誰も動かない。合わせて一万人はいそうだけど、みなその場で震え、ただ見ているだけだ。
「燃え尽きろーーーーーーーー! カスがーーーーーーー!」
ヤツの攻勢はさらに激しさを増した。が、すぐに止まる。
「……な、なんだ?」
ようやく気づいたか。
すでに≪魔弾球≫は配置済み。包囲は完了している。
「こんな球ごときーーーーーーーーーー!」
「≪真魔弾≫」
求めに応じ、九つの魔力球から天至を殺すためだけに作った魔法が放たれる。
九方向からの魔法は逃げ場などない。
反魔法を内包する魔力弾はその全てがぶち当たり、ヤツを守るシールドを破壊。
「ぬぐうっ!」
本来、一撃で天至の肉体を穿つ≪真魔弾ではあるが、≪魔弾球≫介したことでその威力は半分以下だ。
だからこれはあくまでも障壁を削るだけ。
腰を落とし、指を構え、狙撃態勢に入る。
「なにが……起きている! なんだこれは! 貴様ーーーーーーーー!」
「もう黙れよ」
四つのパーツに分かたれたヨルムリアが、それぞれに魔法を発動させたまま、天至を襲った。
「オラアアアアアアアアアア!」
炎の槍が、≪空断≫と≪界斬≫を打ち払う。だが、二つの≪穿間≫がヤツの足と腹を貫いた。
「ちいいいいいいいいいい! だが! 『焔壊・暴爆』だーーーーーーーーーー!」
ペネキエルの頭上に現れる小太陽の如き荒れ狂う炎。ヤツは力を溜め、炎をどんどん大きくしていく。
そうそう。そうやって、動きが止まるのを待っていたんだ。
「≪螺旋真魔弾≫!!!」
閃光。
ペネキエルの動きが止まった。
「か……」
ヤツの喉に穴が空いている。
「……が、かか……」
そりゃ喋られないよな。
じっくりと距離を詰めて、再び構えた。これで終わりだ。
「≪真魔裂弾≫」
≪真魔裂弾≫がペネキエルの肉体に吸い込まれ、内部からの崩壊を開始。
「おまえには断末魔の声すらも上げさせない」
「き……」
「ゆっくりと苦痛を味わうといい。これが……おまえがサルと侮った人間の力だ」
「ーーーーーーーーーーーーっ!?」
焔の天至は喉をかきむしる。内側からの炸裂がヤツの肉体を膨張させ、ついには破裂した。
人を獲物と呼び、狩人をきどる愚かな怪物がこの世から消えた瞬間だ。
天至の残骸である火の粉が舞い、俺の肩にかかった。
それを手で振り払い、息をつく。
「まずは一体。退治完了だ」
そうつぶやくと、少し遅れてガラル側の兵士が何人か、近づいてくる。
「お孫様……いまのはいったい」
「もしや、アレが天至なのですか……?」
おそるおそる、といった風に聞いてくる。
「ええ、そうです」
「あ、あれが……しかし」
「倒した……のですね」
うなずく。すると聞いていた多くの兵士たちが大歓声を上げ、一気に士気が上がった。
天至を初めて目の当たりにした人も多かっただろう。そして彼らは人知を超えたかのような力に恐れ、動けなかった。
その呪縛を解くのも、俺たちが請け負った仕事の一つだ。
兵士たちは武器を掲げ、混乱しているエーギル軍へ突撃を始めた。
できればもう一体くらい天至を倒したかったけど、来てないならどうしようもない。
ここはもう任せていいだろう。ウチのメンバーたちのところへ行かなくては。
再び飛翔を行い、みんなを探す。
「だいぶ片付けたみたいだな」
壊された機械兵の残骸が見えた。残る数はすでに五体となり、終わりが近づいているとわかる。
急下降して、一体に狙いを定め、魔法を撃つ。
魔力弾が機械兵のシールドを割った。
それを見て、前に出ていたカサンドラが槍を振るう。
白銀の輝きが機械兵を貫く。ミスリル製の装甲に穴が空き、バチバチと火花を散らして動かなくなった。
残りは四体もまた見事な連携で追い詰められ、アイリーンのカタナによってガラクタと化す。
天至も機械兵も消えたことで、ガラル軍の士気は爆発的に高まった。
俺たちを通り越すようにして、ガラル兵が凄まじい勢いを見せる。
押されるエーギル軍は街まで引こうとするだろうが、それは無理だ。すでに港はホーライ勢が押さえている。
「シント、そっちは終わったのかい?」
「ああ、終わった」
ウチのメンバーたちが集まってくる。
「なんかすんごい火が出てたけど」
「またしても上が気になりすぎて、穏やかではいられませんでした」
「あれだけ派手にやってたら、嫌でも気になるよー」
ヤツの炎はたしかに派手だったと思う。威力だっておかしかった。あれが戦場を襲っていたら、最悪の参事となっていたはずだ。
「みんな、お疲れさま。ここでの仕事は終わりだ」
戦はまだ続いているけど、それももう長くはない。
事実、後ろからばかでかい黒馬に乗ったティール侯爵が来た。
「公子、馬上からすまない」
「いえ、無事でなによりです」
「貴殿とやり合っていたアレが……天至なのだな」
「そうです」
ティール侯爵は天至を初めて見たから、ショックを受けているのかもしれない。
「ふっ……相手にとって不足なし!」
ショックを受けるどころか、燃えている。
「次は私が斬る! だが今日は助かった。礼を言わせてほしい」
「仕事ですから」
「それでも礼を言うぞ。そして――」
大剣を掲げ、敵軍に向けて切っ先を向ける。
「ここからは我らの仕事だ! ガラルの戦士たちよ! これまでの鬱憤を叩きつけろ!」
「おおおおおおおおおおおお!」
「いまこそ剣が輝く時ーーーーーーーー!」
「剣神よ! ご照覧あれ!」
ティール侯爵率いる隊が一塊となって、敵軍の壊滅に取りかかった。
もう勢いは止められない。切り札を失ったエーギル軍は混乱し、侯爵の強烈な突撃に対してなんの抵抗もできないでいる。
やがて、数の上では有利だったはずのエーギル軍が逃げ出した。
しかし、街側から二万を超える数のホーライ兵が出現し、混乱がさらに極まる。
誰がどう見ても終わり。ダルメシアン攻防戦は決着したのだ。
「あれ? シントさん、敵軍を追わないのは……」
アミールは気づいたようだ。
撤退を始めたエーギル軍に対し、ティール侯爵も主上も追撃はしない。むしろ逃げ道を残すかのような展開である。
「あれは無駄に被害を増やさないようにしているんだ。おそらく饗団軍が近いところまで来ているから、合流されて反撃されるのは嫌だしね」
「な、なるほど」
すでにかなりの痛撃は与えている。エーギル軍は本拠を失い、軍も三割から四割の損害を出しているのだ。立て直すのは容易じゃない。
加えて、こちら側の事情もある。実のところ、そこまで余裕がないのが実情だったりするわけで。
「あとはまあ、後々の動きも把握しやすいしね」
「後々の事情……ですか」
「一つにまとまってもらったほうが、わかりやすいんだ。これまではエーギル軍に饗団軍、天至だのなんだのと動向を掴むのが多方面に渡っていて、苦しかった」
「そ、そこまで読んで……」
「アミールもきっとできるようになるよ」
「はい!」
彼はいつも学んでいる。その姿勢を俺も見習いたいくらいだ。
ここでの戦もやっと終わり。そう思いかけた時、どこからか大声がする。
「奇襲! 奇襲だーーーーーーー!」
「く、くそ! どこから!」
エーギル家の旗を掲げた一団が、こちら側の一部を突破し、やってくる。
騎兵が千ほどの隊は、俺たちの前で止まった。
先頭で馬を駆る男性が、馬上から俺をにらみつける。
ある種の危険な雰囲気を持つ男だ。
ウェーブのかかった茶色の髪を風になびかせ、堂々たる姿だと思う。
彫りの深い顔立ち。年の頃は三十代前半といったところか。
右手を軽く挙げ、ただ一人で俺の前へ出る。
「貴公がシント公子か」
「そうです。あなたは?」
「ミリアルド・エーギル」
エーギル家当主のお出ましだ。しかしなんて余裕だ。逃げたほうがいいと思うが。
「やってくれたものだな。だが……これで勝ったとは思わんことだ」
「それは俺じゃなくティール侯爵に言ったほうがいいですよ」
「猪武者などおれの敵ではない。ガラルがここまでやれたのは、全て貴公の手腕だとわかっている」
負け惜しみだろうけど、そうとは思わせない気迫を感じる。
「人一人の力で勝てるほど、戦は甘くないでしょう」
「くだらん謙遜など、不愉快でしかない。だが……いいだろう。言わせておこうか。次はない。貴公を倒す」
そうですか。
「ご当主……そろそろ」
「背後から奴らが来ておりますゆえ」
臣下たちの声で、ミリアルド・エーギルは馬首をひるがえし、去って行く。
「……行かせてよかったの?」
アリステラは追いかけたいようだが、やらない。
ミリアルド・エーギル自身もそうだが、周りにいた騎士たちもそうとうな手練れだと思う。負ける気はないが、ここでおっぱじめることもない。
「いまは逃がそう。こっちもそこまで余裕はないからね」
遠ざかっていくミリアルド・エーギルを見ながら、大きく息を吐いた。
エーギル軍はダルメシアンから撤退。戦は完全に終わりだ。




