角笛が鳴る 49 王子再び
饗団の『一桁』らしき戦士は逃げてしまった。
こうなってはどうしようもない。いまから追いかけても、おそらくは無駄。もう遠くまで行ってしまっただろう。
「ところで公子、いまどこに行っていたのだ」
「神雷ソーが飛んでいったので、追いかけました」
「……ほんとうに【神格】だったのか。それで、捕まえられたのか?」
「いいえ、あっという間に消えてしまって」
いくらなんでも気まぐれすぎる。
「どうなっているのだ。そもそもなぜ現れた」
その疑問には答えられそうにない。
【神格】は女神の欠片だ。神の心を推し量ることなど、俺たち人間にできることだろうか。
「ほんとうに奇妙なことばかり起きる。天至と機械兵に加え、あの化け物……そして【神格】……頭の整理が追いつかん」
その気持ちはよくわかる。
首をひねるティール侯爵。一方でギュスターさんは真面目くさった顔で、頭を下げてきた。
「シント・アーナズ。おれの力が足りず、申し訳ないことだ。アレとの戦いで兵たちを多く死なせてしまった。これでは計画が狂ってしまう」
「謝る必要はありませんよ。あんなのが相手なら、被害が少なかったことを幸運に思うしかない」
ヤツとはまたどこかで会うことになるだろう。その時はもう二度と逃がすつもりはない。
「ただ、少し不安が出てきました」
「不安?」
「ええ、町や村などがモンスターに襲われてしまったかもしれない」
ただでさえ戦争へ巻き込まれているというのに、モンスターまで現れたのではどうしようもなく理不尽だ。
いまのところそのような報はないものの、可能性はある。もしそうなれば、無理をしてでもガラルから饗団をすぐに追い出す必要が出てくるのだった。
「どっちにせよ、被害は大きくなるばかりだ」
いったいどうすればいいのか、心が激しく揺れる。
なぜ、普通に生きる人たちがこんな目に遭わなくてはならない。
「公子」
「すいません、少し、考えさせてください」
気持ちを切り替えなくては。世界の行く末なんて、俺の考えることではないのだ。
いまできることは限られている。ダルメシアン攻防戦の開始はすぐそこまで迫っているのだから、迷っている暇などない。
「シント公子、ガラルの民はモンスターなんぞに負けん」
「侯爵……」
「貴殿の母君の祖国は、ただ守られるだけの者達などでできてはいない」
「そうだぞ。おまえは気にせずにやれ。それがきっと、多くの者を助けることにつながるのだ」
年長の二人は、俺を励ましてくれているみたいだ。
そうだな。うん、そうだ。
「わかりました。やりましょう。ギュスターさんは急ぎ兵をまとめ、戻ってください。もう明日には戦端が開かれる。敵の弱いところを狙い、騎兵を用いて奇襲をおねがいします」
「ふっ……遅れて参戦することが、メリットに転じるか。いいだろう」
「かといってあまり遅すぎても話にならん。急げよ」
「わかっているさ。ヘイムダル騎兵の速度を改めて饗団に見せつけてくれる」
予定は少し変わってしまったけど、突き進む。
ガラルでの仕事もそろそろ佳境となるだろう。あとはどこまでやれるか。
「陣に戻ったあと、俺はホーライへ行きます」
「いよいよだな。そちらは任せた」
大きな仕事が待っている。気を引き締めよう。
★★★★★★
「ねぇ~ シントぉ~ 今度はどこなのここぉ~」
俺の後ろに隠れて不安げに辺りを見回すアルクルス王子。
さきほどダメオン侯爵のところに寄り、捕まえてきた。
「このおじいちゃん誰ぇ~」
と、人見知り全開で、船上に立つ主上を見る。
「こちらはホーライの国王イエヨシ様だよ」
「ええっ!? ちょっと!」
事前に説明するとごちゃごちゃうるさいから、なにも言わずに連れてきた。
王子はいちおう襟を正し、あいさつをする。ここはさすがに王族としての礼儀をわきまえているようだ。
「僕は華麗なりし魔を導く女王アルウェンの息子、アルクルスです。イエヨシ様」
「ほーう? まさかのハイランドの王子とはのう。うむ、会うのは初めてじゃな」
「彼はこう見えてものすごい魔法士なんです。今回、水上での戦闘が想定されますので、来てもらいました」
主上の小柄な体からにじみ出る武人の気配に、王子はたじたじだった。
「王子はすでに単独で百隻以上の船を沈めています。頼りになりますよ」
「おぬし以外にもそのような若者がいるとは。いいじゃろう、その魔法、しっかと見せてもらおうかの! はっはっは!」
「う~ ハードル上げないでよ、シント~」
魔法での戦闘では頼りになるけど、対人関係はまだまだ、といったところだ。
しがみついてくる王子を無視し、周囲を見る。この旗艦を先頭にした艦隊は、高速船が二百五十隻という大軍。
明日にはダルメシアン港を目前に捉えられる距離まで来た。
「ガラルのほうはどうじゃ?」
「いろいろありましたが、なんとか漕ぎ着けました。エーギル家は現在、陸への対応で手いっぱいです。ウンディーネ方面からも八隻の艦隊が来る予定ですので、間違いで沈めないようおねがいします」
「ウンディーネからもか。まさに総力戦! 気がはやってきたわ!」
戦を前に、主上は気合い十分。鎧を身に着け、立派な兜を頭に着けている。
体は小さいのに、巨人のような迫力だ。
「シントさん、王子様のお部屋をご用意いたしましたので、こちらへ」
「ありがとうございます、オユキさん。王子、こちらは主上の娘さんのオユキ姫です」
「あ、こんにちわ、オユキ姫」
「ひ、姫……でございますか」
別に間違っていないと思うケド、彼女は恥ずかしそうだ。
「さすがに姫と呼ばれるような歳ではないのですけれど」
そういえばオユキさんっていくつなんだろう。聞きたいけど聞いたら怒られそうだし、やめておくか。
「え、じゃあいくつなんですか?」
王子がぶっこみやがった。悪気がなさそうなのが余計にたち悪い。
「王子様、そういったことは口にしないほうが……ひんしゅくを買わずにすみますわよ?」
「ひぃ!」
殺気のこもった視線をぶつけられ、王子は俺の陰に隠れるのだった。
俺と王子の役目は、この海の展開しているであろう、エーギル家の軍船を破壊することだ。いくら陸で手一杯とは言っても、海側の警戒をゼロにするはずもない。
ホーライ側からの援軍が気づかれずに行くためには、やるしかないのだ。
そして夜――
波に揺られる船内で休息をとる。もはやダルメシアン港まではすぐだ。
主上率いる艦隊は、いつ始まるともしれない戦の前に緊張で支配されている。
「神雷ソー……どこに行ったんだ」
せっかく現れたのにどこかへ消えてしまった。なんとなく『捕まえてみろ』と言われたような気もするが、ほんとうにところはわからないままだ。
「シント、入っても?」
「王子?」
アルクルス君がやってきた。
「ええ、どうぞ」
「ちょっと話がしたくてさ」
緊張でもしているのか?
「あ~……もう知らない人ばっかりで、疲れるよ」
「それについては申し訳なく思ってるよ」
「あ、いや、そんなつもりで言ったんだじゃない。僕ってほら、知らない人って苦手だしさ。母上にもいつも怒られてるし、いい加減、変えなくちゃって思うんだけど」
へえ。
変わろうと努力しているのか。
「でもやっぱり無理だ。絶対無理」
感心したと思ったら、これだ。
彼は俺の向かいに座り、勝手に水を飲み始めた。
「そんなことよりも……シント、君の【才能】を教えてほしいんだ」
隠しているわけではないから、別に構わない。そういえば前に話すって約束してたっけ。
「ちなみに僕の【才能】は『風来炎望』。こっちから聞いておいて何も言わないのは公平じゃないと思うし、言っておくよ」
風と火。二つの属性を操れる超レアな【才能】だ。ラグナにも引けを取らない、恐ろしい【才能】だと思う。
「俺はなんの【才能】も持ってないよ」
「……またまた、そんなわけないじゃん」
「ほんとうのことだ。だから俺はラグナにいられなくなって、外に出た。アーナズを名乗っているのも、それが理由」
「なんだって?」
「ハイランドでも同じでしょ? 【才能】がないということは、生きるのを否定されるのと一緒だからね」
「笑顔で言うことじゃないでしょうよ~」
空気を重くしないように笑ったが、逆効果だった。
「じゃあどうやって魔法を?」
「本を読んで勉強した」
「……それは、術式を記憶して毎度構築してるってこと?」
さすがは魔法の国ハイランドの王子だ。すぐに気づいた。
「そんな感じ」
「そんなの、脳みそが壊れるよ」
「一度コツを掴むと、急に目覚めたみたいになる。そこからはけっこう楽だったかなー」
何年も発動するだけで手いっぱいだったのが、ある一瞬を境に、突然やれるようになった。感覚的な話で申し訳ないが、嘘じゃない。
「ちなみになんだけど、シントって何属性使えるの」
「いまは十。火水土風雷氷光闇に無属性と空間」
「十……そうか……いや、そうなんだ。たとえば剣の【才能】を持っていたとしても、槍や斧が使えないわけじゃない。加護があるかどうか、それだけのことだ。もちろん、【才能】に準ずる武器の扱いを伸ばしたほうがいいに決まっている。だけど……」
なんかぶつぶつ言ってる。
「むしろ……【才能】は邪魔? いやそれだと……しかし、可能なのか? あるいは万能術式といったような……土台? だけど時間が……」
自分の世界に入ってしまった。邪魔するのも悪いので放置してたら、部屋を出てどこかに行ってしまう。
まったく、やれやれだ。




