角笛が鳴る 48 謎の怪物と謎の【神格】
ティール侯爵、ギュスターさんとともに砦を出て、怪物と遭遇したという場所に急ぐ。
彼らは馬を駆り、俺は魔法による低空の飛翔。
件の場所へは、すぐに到着する。
見通しの悪い森中の道だった。ここを抜ければ、攻略予定だった町があるはずだ。
「激しい戦闘だったようだな」
ティール侯爵が、兵士の死体とモンスターの死骸を見て、そうつぶやいた。
「遺体の回収もままならず、すまん」
ギュスターさんが、いまだ生々しく残る戦闘の跡に対して、祈る。
未知の化け物相手だったんだ。ギュスターさんを攻めることはできない。
「まだ痕跡ははっきりと残されてる」
≪探視≫を使うまでもない。穢れた力がそこかしこに残っている。
特に濃い瘴気は、間違いなく『一桁』の戦士のものだ。何度も見たから、わかる。
しかしなぜそいつはここにいたのだろうか。
こちらの動きを読んでいたとは思えない。偶然の遭遇だと考えるのが自然だろうか。それとも。
「ギュスターさんは、敵はどのくらいの数でした?」
「モンスターが少なくとも百はいただろう。だいたいは倒せたが」
しかも単独行動。ますます理解に苦しむ。
あるいはガラル侵略を進めるために、後で送り込まれた、とか。
「とにかく追います。これだけ瘴気が濃いんだ。やれるはず」
「瘴気……か。私も感じるぞ。さっきから毛が逆立っている」
集中を開始。使用するのは≪心意ノ波形≫。さらにそこへ≪探視≫を加え、魔力も探知をする。
「……ぐうっ」
入って来る情報量が多すぎて、うめき声を出してしまった。
しかし、濃厚で邪悪な力がはっきりと見える。
そして同時に、もう一つの、俺にとって最高のものが見えた。
「予想は当たっていた」
「予想? それはなんだ、シント・アーナズ」
「ギュスターさんが見た雷は【神格】神雷ソーでしょうね」
「……なに?」
「公子、それは……いや、いまは言うまい。追えそうか?」
「はい」
森の奥へと痕跡は続いている。さして広い森ではないが、行くなら油断は一切できない。
「敵は蛇、か」
「森の中では、考えたくもないほどに不利だろう」
木陰、樹上、茂み。蛇が隠れられる場所など、いくらでもある。
だけど、関係ない。行って確かめる。
「俺は索敵に集中します。お二人にはモンスターの始末をおねがいしますね」
「あえて行くか、シント・アーナズ」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だな。公子、指示を頼むぞ」
二人が馬を下り、俺の前に出る。
≪心意ノ波形≫を発動したままなら、不意を突かれる可能性はぐっと減るのだ。
これからなにが待ち受けているのか、心してかかろう。
★★★★★★
「ギュスターさん、木の上です」
「フウ!!」
彼の放つ風の刃が、大蛇型モンスターを寸断する。
「ティール侯爵、右後方の木に巻き付いて――」
「ぜあっ!」
今度は侯爵が大木ごと大蛇を両断。
このフォーメーションにして正解だったと思う。まったく寄せ付けていない。
「これほどのモンスターがいるとはな。やはり」
「あの化け物……近くにいるということだろう」
そのとおりだ。
それに、奥へと進むにつれ吐き気をもよおすような力が強くなってくる。
「ギュスターさん、化け物の攻撃方法を教えてください」
「毒を飛ばし、腕を蛇に変えて襲ってくる。あとは見えない斬撃だ」
「見えない斬撃……だと?」
「義兄よ、ヤツの間合いには入るなよ。それでおれも斬られたからな」
厄介すぎる。『一桁』ってのはどいつもこいつも、ありえないことばかりしてくるのだ。
そこから襲い来る蛇型モンスターを倒して倒して、ようやく最奥へとたどり着いた。
なにかがいる。サイズはかなりでかい。
「なんだあれは」
「見るのは二度目だが、怖気が走るぞ」
岩壁の前でとぐろを巻き、動かない巨大すぎる蛇。
よく見ると、人らしき上半身が見える。
「寝ているのか? ならば――」
と、ギュスターさんが構えた瞬間、ヤツは起きた。そして口を開く。
『ぢろぢ。どとかう』
なんだいまの。なんて言った?
「気づかれたか」
「しかたあるまい」
見上げるほどに大きな蛇の下半身。上半身は男性……なのだが、顔の上半分はヴェールによって隠され、見える口には口紅。指の先から長く伸びる爪は、黒色に塗られている。
『にぬすぬくち?』
「言葉がわからん」
「言っただろう。喋ってはいるが、意味がわからんのだ」
ティール侯爵とギュスターさんが剣を構えると、ヤツは威嚇音を出す。
そして周囲に次々生まれるモンスターたち。
話すのは無理そう。
いいや、もとから話す余地などない。いまはとにかく倒すのみ。
俺はサポートに回り、二人を援護する。
そしてすきを見て≪螺旋魔弾≫を本体に向けて放つ。
『にぬ?』
貫通力を高めた魔力弾が、ヤツの脇腹をかすり、血を滴らせる。
『……あみお、みれなむすとゆれ』
なにを言っているかわからないので、返事は≪魔弾≫の連射にした。一発一発のダメージは低いが、ヤツはかなり嫌がっている。
『いいいいいいいいいいいいい!!』
イラついているのか、奇怪な叫び声を上げてやたらめったら腕を振り回す。
これはかなり嫌な予感だ。力の発生を感じた瞬間に、シールド全開。
「これが見えない斬撃か!」
三人まとめて守る大シールドに切れ目が入る。目に見えず、かつ威力も十分。おそらくは神力。外導神の力だ。
「なかなかに面白くなってきたな」
「ひりついてきたぞ、義兄」
生まれくる新たなモンスターたち。数は百や二百じゃきかない。
想像していたより何倍も厄介だ。見えない斬撃がある以上、守りを解けない。
このままではじり貧――と思った時、さらに事態をややこしくする現象が起きる。
「いま、光らなかったか?」
「まさか!」
若干遅れて来る雷音。
上空に突如として出現する奇妙な雷球。誰もがそれを見上げ、戦場とは思えぬ雰囲気をかもし出した。
これは好機だ。一気に形勢を変えてやろう。
「≪魔弾球≫! ヨルムリア!」
展開された十三の浮遊物がそれぞれに円の軌道を描き、俺の想いに反応する。
全ての魔力球に≪螺旋魔弾≫を付与し、放つ。
同時にヨルムリアから≪界斬≫を生み出し、切り裂く。
『ぐゅいいいいいいいいいいいいい!?』
叫び声も奇妙な怪物は全弾をまともに食らい、もだえ、体中から蒸気のようなものを噴き出した。
毒である可能性を考慮し、障壁を張るとともに、風の魔法をも使う。
警戒は解かない。なにをしてくるかわかったものじゃないからだ。
やがて、蒸気は晴れる。
そこには、ぐったりと横たわる怪物の姿があった。
「倒したのか?」
「死んでいるようにも見えるがな。うかつに近づくなよ、ギュスター」
正直、手ごたえはなかった。厄介ではあったけど、弱い気がする。
とりあえず危険な気配はない。
上を見て、手を掲げる。
「まさかここに来るなんて」
俺の眼前にある雷球は、まごうことなき【神格】神雷ソーだ。
「ひさしぶりだね」
声をかけると、俺の周りをぴゅんぴゅん飛ぶ。
最後に会ったのは、フォールンの大地下遺跡だ。あの時、神雷ソーはイングヴァル従兄さんの中にいて、力を貸していた。だが、それはかりそめのことで、自由を求めて従兄さんを利用していただけだったのだ。
「元気だった?」
聞くと、ふわりとしたイメージが伝わってくる。
喜んではいるようだが、なんなのかよくわからない。
首をかしげていると、ものすごい速さで上空に行ってしまう。
「ちょっと待った!」
神雷ソーはどこまでも上がっていき、雲の中に消えた。
「行っちゃった」
気配はもう感じない。いちおう追いかけてはみたが、その姿を捉えることはできなかった。
地上に降りると、ティール侯爵、ギュスターさんがこちらに手を振っている。
「公子!」
二人は『一桁』に死体のそばで、うなり声を上げていた。
「シント・アーナズ、してやられたぞ」
「なんですって?」
「これを見ろ」
「うっ……」
死体は死体じゃなかった。中身がないのだ。これは、蛇の抜け殻だ。
「抜け殻……あの瞬間に脱皮でもしたと?」
「まったくもって気味の悪いことだ」
まんまと逃げた、ということだ。あれだけの力を持っていて、逃げるのにも躊躇がない。これまでの相手とは一味……いや、脱皮だけに一皮違うらしい。




