角笛が鳴る 46 疑われた男
そうしてまた一日が過ぎ、ティール侯爵とヘイムダル侯爵率いるガラル軍は、ダルメシアン港を抱えるエーギル家の本拠地、ダルメシアン市を目前にとらえていた。
とうぜん、敵は迎え撃つ態勢だ。街の手前に陣地が見える。
緊張が高まってきた。俺たちが相手にするのは天至と機械兵に絞っているとはいえ、この空気感には飲まれそうだ。
集った兵士たちもまた、険しい顔が多い。戦いが近いのは誰もがわかっていることだから、当たり前のことだった。
これからまたダルメシアン方面へと距離を縮める。場合によっては戦闘があるかもしれない。俺もまた、いつ天至が現れてもいいよう、体を動かしておきたいところだった。
空いた時間があれば訓練をするのが日課となりつつある。今日もそうしようと思い、テントから出たところ、急に呼ばれた。
「ティール侯爵が?」
「は、はい。至急、来てほしいのとのことです!」
なにかまずい事態が起こっている気がする。
とりあえずティール侯爵のもとへ猛ダッシュだ。
一分とかからずにたどり着き、陣幕の中へ滑り込む。
「来たか、公子」
いるのは彼だけではない。ヘイムダル侯爵もいるし、縛られ、椅子に座らされた男も一人いる。そして脇には槍を持つ若い兵士が立つ。ずいぶんと物々しい雰囲気だ。
「いったい、なにが?」
「今朝早く、こちらの陣地に侵入してきた者を捕らえたのだ」
ヘイムダル侯爵は、縛られた男から目を離さない。
「この人は」
「ゲクランだ。エーギル家の将が、どうやら逃亡してきたようだぞ」
俺とマスクバロンが目を付け、手紙作戦の的にかけた男だった。
想像よりは細い体をしている。しかし、よく見ると恐ろしく引き絞られた、屈強な肉体だ。髪は長いが、後ろで三つ編みにしていて、おしゃれな雰囲気もある。歳のころで言えば、二十代後半ってところかな。割と爽やかな見た目だ。
「彼をどうするのですか?」
「それもあって、貴殿を呼んだ」
解放するなりなんなりすればいいだろうとは思うが。
「とりあえず話を聞きましょうか」
「ああ、そうしよう」
ティール侯爵が指示をして、さるぐつわは外された。
とたん、鋭い目で俺をにらみつける。
「てめえだな? おれを嵌めやがったのは」
手紙作戦のことだな。
「ウチの手の者がうっかり手紙を落としてしまったようですね。すみませんでした」
と、頭を下げてみる。
ティール侯爵とヘイムダル侯爵は驚いていた。
「な、なんだ、てめえ……」
芝居だけど、ゲクランはびっくりしている。
「ところで、なぜダルメシアン港を離れたのですか?」
「……」
「俺が聞いた話では、謹慎になっただけのはず」
彼は舌打ちをした。
「おれは内通なんぞしてねえ。疑いは晴れる……と思っていたがな。てめえ、マジでくだらねえ噂を流しやがって」
「噂?」
「しらばっくれんじゃねえよ。おれが……おれが大公を誘拐しただと? ふざけんな! おかげで兵どもに殺されそうになった!」
すごいことになってる。マスクバロンに頼んだ仕事は、えらい方向にいってしまったみたいだ。
「それは俺じゃないですよ。そもそも疑われるような素行の悪さが問題では?」
「なんだと?」
「あなたは略奪も辞さない人だと聞きました」
「けっ! そいつはただの噂だ。おれが奪うのはヤクザもんからだけだぜ」
ヤクザもん、というホーライ系の犯罪組織があるのは耳にしていた。海を荒らす海賊の元締めでもあるという話だ。
「まあ……その家族や関係者にも容赦はしねえがな」
徹底的に潰す人物らしい。事前の調査とは少し違う印象を受ける。
「なるほど、それでダルメシアンにいられなくなったのか」
「ああそうだよ! 自由ならてめえを殴ってるところだ!」
「分をわきまえろ。ゲクラン」
ティール侯爵の大剣が、彼の喉元にあてがわれる。
ゲクランは汗を噴き出しながらも、俺に凄まじい殺気をぶつけてきた。
「温室育ちの公子がよ……多少頭が回るからって、調子に乗るんじゃねえぞ。侯爵たちがいなきゃ、戦えねえんだろうが、もやしめ」
なんてひどいこと言うんだ。
だけど、この場に及んでまったく怯んでいない。
「エーギル家から逃げた理由は、それだけですか?」
「ああ?」
「それほどの胆力があるんだから、逃げたのが少し不思議だ」
「……」
なにか理由がありそうだ。
マスクバロンの情報では、ゲクランは貴族ではない。たしか準騎士階級の出身だったはずだ。軍に入ってからは貪欲に上を目指し、すぐに騎士階級へと昇った。そういった事情もあり、強欲との噂から目を付けたわけだが、実態は少し違ったか。
「わかりました。解放しましょう」
「あ、ああ?」
「お孫様、さすがにそれはできないだろう」
「公子、なにか考えがあるのか?」
考えというか、理由を聞きたくなった。
「その代わり、さっきの質問に答えてください」
「答えねえ、と言ったら?」
「構いません。それでも解放します」
「なんなんだ、てめえは……」
ティール侯爵とヘイムダル侯爵は呆れ顔だった。しかし、少し楽しそうだ。
「ダルメシアンの情報すら聞かねえで、解放? 頭がおかしいのか?」
「ゲクラン、いい加減にしろ。これ以上、公子を侮辱するなら、斬る」
「私もそうしよう」
ヘイムダル侯爵も剣を抜いた。
「二人とも、よしてください。俺もこれ以上、もやしとは呼ばれたくない」
「へっ……」
ゲクランは馬鹿にしたように笑った。
「ゲクラン、おまえはなにを以て公子の強さを決めつけているかは知らんが、浅はかにすぎる。彼はあのジンク・ラグナに勝った漢だぞ」
それは言わなくていいことだ。しかも勝っていない。引き分けだった。
「それに加え、我が国の公女殿下方が束になっても敵わんのだ。人を見た目で判断するな、という見本そのものだろう」
「待て、ティール侯爵。それはほんとうか?」
「貴殿もギュスターから話くらいは聞いたのではないか?」
「……眉唾だとばかり思っていたが」
ヘイムダル侯爵は呆れ、ゲクランは絶句していた。
「なんの冗談だ、それは……ジンク・ラグナも……公女殿下も……【神格】の所有者だろうが」
「動かしようのない事実があるのだから、貴様の弁はなんの意味もない」
ゲクランはがくりと首をたらした。
「こうなっては、じたばたしてもしょうがねえ。殺せ。降伏は、しねえ」
「解放すると言ってるのに」
「おれはそこまで情けねえ人間じゃねえんだよ。逃げたうえに捕まり、憐みまでかけられるなど、恥だ」
潔いことだ。
彼は怒りを失い、穏やかな顔になる。
「だが……一つだけ頼みたい」
「それは?」
「ここから少し行ったところに……バリダンという町がある。そこにおれの母親がいるんだ。保護を頼みたい」
「ダルメシアン港ではないのですか?」
「住まわせるつもりだったが……故郷からは離れたくねえんだと」
逃げたのはそれが理由のようだ。
大公を誘拐した、なんていう噂が伝わりでもしたら、母親だって害されかねない。
「大公を誘拐したのは饗団ですよ。閉じ込めたのはエーギル家の人間ですけどね。それは後々公表されるでしょうから、あなたについての嫌疑はすぐに晴れるでしょう」
「ふん……ならますます死んでも構わねえな」
「だから解放すると言ってる」
「うるせえ!」
だめだこりゃ。もういいや。
ゲクランの頭に手を乗せる。
「なんのつもりだ……?」
「バリダンって、どんな町?」
「ああ?」
「田舎?」
「馬鹿にすんな。普通の町だ」
質問をしたことで、イメージが伝わってくる。たしかの普通の町っぽい。
「それではさようなら。≪空間ノ跳躍≫」
「は――」
ゲクランは消えた。彼を縛っていた縄と座っていた椅子だけが残る。
「…………お孫様。いま、なにを?」
「安心してください。殺してはいません。魔法で移動させました」
「そ、そうか」
そういやヘイムダル侯爵の前では使ってなかったな。
「ところで公子、よかったのか?」
「ええ、これでエーギル家の優秀な将が一人減ったことになります。この分だと他にも脱退する者が増えるでしょう。それで十分ですよ」
「まったく、ああもすぐにヤツの心を掴むとはな」
いろいろ気になったから聞いただけ。あとは巻き込んでしまった詫びみたいなものだ。
それに、なんの情報も得られなかったわけではない。
エーギル家の内部はかなり揺さぶられているとみた。つけ入る隙はある。
事が済んだので、自分のところに戻ろうとした時、一人の兵士が荒く息をしながら駆け込んできた。
「ヘイムダル侯爵閣下! 急報です!」
「む、何事だ?」
「それが……ただいま急使が来まして……ギュスター様が敗れたと!」
なんだって?
「……仔細を頼む」
ヘイムダル侯爵の顔色が変わる。
どうやら、今度はまずい事態のようだ。




