角笛が鳴る 45 加速する戦
「ウンディーネからも援軍が?」
そう言って驚いたのは、ティール侯爵だった。
メイン島から帰還し、尚武宮に寄ったあと、砦までやってきた。
今はティール侯爵、ヘイムダル侯爵、ギュスターさんが集まる陣幕で話し合いをしているところだ。
「信じられんことを次々やってくれるな、シント・アーナズ」
「お孫様の伝手は世界中にあると見える」
「たまたまです」
これで陸からガラル軍が、東からホーライ軍が、南からゴエモンさんが来て、三方からの攻撃を行える。
「しかし……大公はなんと? ウンディーネに借りを作ることとなりそうだが」
ここへ来る前、大叔父上に報告したところ、ウンディーネに貸しを与えるとは、と抗議された。でもだいじょうぶ。
「それについてはご心配なく。援軍に来るのはウンディーネ軍ではなく、運輸業者兼自警団みたいな人たちです。八隻ほどの艦隊を率いてくる予定となりますね」
「なるほど。そして八隻か……まずまずの数だ」
「肝心のホーライはどれほどだ? シント・アーナズ」
「詳細な数はまだ。ざっと見たところ、高速船が二百隻くらいはありそうでした」
「なんということだ。これではまるで、大戦だぞ」
「親父。まるで、ではなく、普通の大戦だろう」
「普通の大戦などあってたまるものか」
この親子のやり取りは、いつかのムンゾォさんとギュスターさんのものを彷彿とさせる。それが面白いと思った。
「それで、ちょっとおねがいが」
「ああ、言ってくれ」
「順調に進みすぎて、予定がだいぶ前倒しできそうなんです」
「……お孫様、嫌な予感がするぞ」
みなさんにはご苦労をかけます。
「一か月ほどかけて徐々にダルメシアン港へ進む手筈でしたが、一週間でおねがいします」
「……そうか」
反応がさほど大きくない。予想していたのか。
「こちらから言い出しておいてなんですが、可能なのですか?」
ティール侯爵はヘイムダル侯爵に目を向けた。
それを受けて、ヘイムダル侯爵がうなずく。
「可能だ。グランガラルとダルメシアン港は直通の鉄道がある」
それはとても良い情報に聞こえる。
反乱が始まるずっと前から、両都市にて線路の敷設が行われていた。機関車も多く用意され、もう少し、というところで、ダルメシアン港側から『資材が不足している』という理由から、延期されていたそうだ。
「いまにして思えば、エーギル家はそのころから反乱のための準備をしていたのだろうな。しかし、途中まではできている。近くまで鉄道を利用できるはずだ」
距離を一気に稼げそうだ。
ガラルの軍用列車は、馬すらも乗せて移動できるらしい。さすがお金持ち国だと思う。
「移動はなんとかなりそうですね」
「問題はその先だな。公子、手紙での工作はいけそうなのか?」
「いまのところ、マスクバロンから連絡はありません」
ティール侯爵の顔はわずかに曇っている。
「侯爵は正々堂々戦いたいでしょうが――」
「いや、それは私の個人的な感情だ。少しでも我が兵の被害を減らせるのなら、やるべきだと理解している」
彼はガラルを代表する武人。しかしいまはその矜持を引っ込め、ガラル兵のことを考えている。
「義兄とて、そこまで頑固ではないさ」
「ギュスター、おまえは柔軟にすぎる」
この義兄弟は、やはり良いコンビだと思う。
「余裕ぶっているが息子よ、おまえこそやれるのか」
「ダルメシアン港攻防戦に参加できないのは悔しいが、人には役割というものがある。任せてもらおうか」
ギュスターさんには、公国中の目がダルメシアン港に集まっている間、少数精鋭を率いてもらい、いくつかの要所を取り戻していただく。
「それに……くくく」
なんか笑ってるんですけど。
「義兄やおまえがいないのなら、解放先でレディたちの視線を集めるのは、おれだ。独占させてもらおうか」
あ、うん、勝手にどうぞ。
「ギュスター……おまえというやつは」
「私がそっちに行ってもいいかもしれんな」
「侯爵までなにを言う。さすがに怒るぞ」
俺も怒りたい。
「冗談だ、冗談」
ヘイムダル親子が楽しそうに笑う。
急に不安が出てきた。だいじょうぶなのか、これ。
★★★★★★
そして五日が経過。
あっという間だったが、状況は刻一刻と変化し、ダルメシアン港を中心とした地域に耳目が集まっている。
まず饗団の軍がエーギル家と合流しようという動きが見られるとの報が入った。これは意外でもなんでもない。後背に回るか、横から襲い、エーギル軍と挟撃したいのだと思う。
グランガラル方面の守備も残しておかなければならない手前、向こうのほうが数は上だ。はたしてどこまで饗団の軍が来ているのか、気になるところではあるが、『金獅子』という異名を持つティール侯爵が出張っている以上、そこまで心配することはないかもしれない。
「シント少年、待たせた」
ダルメシアン港が視野に入る距離の砦にて、マスクバロンと合流。
彼は敵拠点に潜入していたから、会うのは一週間ぶりだ。
「急がせてすいません」
「いいさ。こうして間に合ったのだからな」
「それで、首尾は?」
「成功……というか、大混乱といった様子だったな」
手紙作戦により、多くの隊長クラスが謹慎の憂き目にあったという。
粛清にまでいかなかったあたり、エーギル家の当主は愚か者じゃなさそうだ。調べてシロとわかるまでは謹慎、といったところか。
「だが、大揉めだよ。弟のダヴィド・エーギルは処刑を主張し、それに大反対したのが兄弟の叔父であるギヨーム・エーギルだ。加えて、剣神闘技での君の活躍がダルメシアン港にも伝わり、『お孫様』が大公になったのだとエーギル家陣営は騒ぎになっている」
……予想とは別の方向に行ってしまった。
「効果はあった。エーギル家は不安を抱えたまま戦いことになるだろう。それで、これからどうするね? このまま突き進むのか?」
「準備はおおかた整いましたが、もう一手ほしいところではありますね」
ちょっと考えてみる。
エーギル家をさらに揺さぶる手はないものか。
「……ガラルに来てわかったのは、やはり武人の国だということだ」
「ああ、正々堂々、正面から戦うを是とする。思っていたよりも頑固だと言えるな」
「その気質を利用しましょう。マスクバロン、もう一肌脱いでもらえませんか」
「君のためなら裸になってもいいが?」
変な言い方するなよ!?
「で、なにをしようと?」
「エーギル家は反乱より前に、卑劣にもオフトフェウス大公を拉致し、牢獄に幽閉していた。これは武人にあるまじき行為だ、と」
「ほほう?」
「大叔父上が武の【才能】がないことは広く知られている。それを狙って公務中にも関わらず、誘拐しました。これを聞いたガラルの人々はどう思うのか、是非とも知りたい」
「戦争中ならばまだ言い訳もできるが、反乱以前ともなれば、話は変わってくる。エーギル家の評判はがた落ちになるだろうさ」
「そうなれば、ハッタリだった寝返りも、ハッタリではなくなるかもしれない」
「矛を交えるまで、まだ数日はあるだろう。やってみる価値はありそうだ」
マスクバロンからの反対が出なかったということは、成功する可能性が高いということに他ならない。俺は彼を信用していないが、人をペテンにかけるという一点だけは信頼しているのだ。
「捕まらないでくださいよ」
「この姿になってずいぶん経つからね。下手は打たないさ」
自信があるとみえる。ちょっと聞いてみようか。
「マスクバロン、実はけっこう力が戻っていますね?」
「どうしてそう思う」
「わかりますよ。ただ、奇妙だ。外導神の力じゃない」
ずっとひっかかっていたが、この前アレスティアスさんと会ったことで違いが浮き彫りとなった。
いまのマスクバロンはなにか変なのだ。
「私も不思議に思っている。おそらくだが……変容したのかもしれないな」
「変容?」
「君は私の第三の目のことを知っているだろう」
知っている。マスクバロンは別の世界から来たという一族の末裔であり、人ではない。たしか『アイズ』なる種族だったか。額には第三の目があり、特殊な力を持つ。
「第三の目がもたらす力で、私は神の力を吸い取った。しかしそれは上澄みに過ぎず、本質ではなかった。それが元々持っていたこの世界のものではない力と合わさったことで、さらに別の存在へと変わった……のかもしれない」
「結局は推測でしかない、ってことですか」
「ああ、全ては推測だ。ほんとうのところはわからないのだよ」
なんでそんなもんに手を出したんだ、という話は二年前にしている。いまさらだ。
「ずいぶんと教えてくれるんですね。隠していたでしょうに」
「君を敵には回せない。そういうことだ」
どういう意図なのか、いまはわからない。だけど、嘘ではなさそうだ。
マスクバロンは意味ありげな笑みを見せ、去っていく。
俺はその姿を見るまま、しばらくその場に立っているのだった――




