角笛が鳴る 42 ガラル護聖獣
「そのガラル護聖獣というのは?」
「公国には伝説に謳われる聖獣がいるのです。たとえば本家の紋章には鷲が描かれていますよね?」
「はい」
大鷲と剣。それがガラルホルン本家の紋章だ。
「あれは金那鷲と言い、黄金の大鷲です。僕がいたティール家では紅獅子。ヘイムダル家は光角馬。もう断絶してしまいましたが、エーギル家以前に沿岸部を領地としていたセイラル家は星流鯨です。このようにガラル貴族のうち、名門はガラル護聖獣を紋章としています。そして最後の一つが、ハイマスターが見た虎で、大白虎と言いますね」
知らなかった。鷲に獅子に馬に鯨。あの白虎があんなにでかかったわけだし、他もそうとうに凄い獣なのではないだろうか。
「しかし、その全ては実在が確認されていない伝説の存在のはずでした。さすがに驚きましたね……大白虎は実在していた……?」
クロードさん、いままでにないくらい神妙な顔つきだ。
「ガラル護聖獣は剣神が遣わした精霊のようなものと言われることもあるくらいです。それを倒してしまうなんて、信じられませんよ」
「たしかに」
まさかとは思うが、ガラル護聖獣もまたイリアさんの欠片なのだろうか。
いや、さすがにそれはないな。考えすぎだ。
「かなり熱い戦いだったことは間違いないですよ。ヴィクトリアと大白虎はほぼ互角でしたし」
「なるほど……体が熱くなってきました。ハイマスター、もしよろしければ僕と訓練をしていただけませんか?」
「もちろんです」
「……よし! よーし!」
すげえ喜んでる。なぜだ。
ガディスさんも訓練に付き合えと言っていたし、その時でいいだろう。
とりあえず食事のあとで、ということにしてもらい、まずはデューテのところに行く。彼女はヴィクトリアといろいろ話しているみたいだった。
邪魔するのもアレなので、ダイアナに話を聞く。
彼女は日陰で優雅にお茶を飲んでいた。すごい余裕だ。
「ダイアナ」
「シント」
対面に座ると、お茶を出してくれる。
「だいぶやったみたいだね」
「うん……ちょっと、やりすぎた、かも」
まさかの全勝だもんね。
「わたしも、なんだか、コツみたいの、つかんだ、みたい」
「そうなんだ」
「サナトゥス、前よりずっと、力、貸してくれるし」
やっぱりな。そうだと思った。
「アイシア、ウルスラ、デューテ、ちょっといい?」
デューテはすぐに来てくれたが、アイシアとウルスラはかなり腰が重そう。
まるで不死者みたいな様子で、あうー、と言いながらやってきた。
「自分達が負けた原因ってなんだと思う?」
「わかんない」
「……」
「……」
ダメだな、こりゃ。一から話そう。
「剣の腕や肉体の強さで言うなら、君たちの方が上だ。経験だって、そこまで変わらないだろう。敗北したのは【神格】と同期している度合いの差だよ」
「なにそれ?」
「な、なんだ、それは」
「え~ な~に~」
さすがに興味が出たか。
「たとえば、百が最大だとして、ダイアナは七十以上。たぶん八十いくかいかないかくらい。これは俺のおじい様よりも上だ」
「えっ……?」
「ジンク様より、上?」
「そんなの~ うそよ~」
嘘じゃない。ダイアナは【神格】と対話できるレベルなのだ。
「わたしは? ねえ、わたしは?」
デューテがぐいぐい来る。
「じゃあ、俺がいままで出会った人の中で、上から順に言っていくよ」
ダイアナが一番だ。数値にしたら78とかそんな感じ。
おじい様が前のままなら75。
叔父上と叔母上が同じくらいで、だいたい50くらいか。
デューテがそれに続いて、40ちょっと。
グレンザー伯が……同じ40ほどだと思う。
アイシアとウルスラは20後半いくかどうか。
皇女殿下が20程度かな。
フランは10。
「それほどの差が……?」
「低い~!」
「でも事実だから」
がーん、と二人はショックを受けた。
「ダイアナ姉さま、わたしの倍近くかー……」
「ジンク様より、上なんて、さすがに……」
「謙遜しなくてもいいよ。ほんとうのことだしね」
ダイアナは恐縮していた。
「ちなみにおまえは?」
「俺はただディジアさんとイリアさんに力を貸してもらっているだけだし、数値では表せない」
そもそもわかりやすいように数値で言っただけで、大雑把なものだ。
「ダイアナ姉さまはわかったけど、ヴィクトリアはなんであんなに強くなったの?」
「いろいろ理由はあるけど……どうだろう? ドラゴンの先祖返りらしいし、素質は底が見えない」
しかしそれは、ガラル子たちだって同じだ。持って生まれたモノが違いすぎる。だけど――
「なに?」
「なぜ、そんな目で見るのだ」
「なんで悲しそうなの~?」
【才能】や素質で人生が決まってしまうのは、とうぜんのことだろう。それが貴族ともなれば、大前提みたいなものだ。大陸に生きる者はそれを受け入れているし、そんな歴史が千年も続いている。
でもそれは正しいのか? ガラルの子たちだって、大きな力を持たなければ、もっとずっと本人にとっての豊かな人生を送れたのではないのか。
「ヴィクトリアは反射と本能だけで戦っていたんだけど、その良さを消さずにいた上で、有利に立ち回れるような戦術眼を手に入れた。頑強な肉体に度を越した敏捷性。加えて魔法。簡単に言うと、君たち姉妹のいいとこどりをしたみたいな感じ」
ドラグリアから連れ出したのは、常識を身につけさせ、有り余る力を制御させるつもりでしかなかった。
だが、ともに戦い、ガディスさんからも学び、数々の死闘を乗り越えたことで、素質が開花してしまった。予想外のことだ。
「素質で言えば、君たちと同等だから、差はそんなにない。はっきり言ってしまうと、持ってる手札を有効に使えているかどうかだね」
「つまり、我らは神剣をうまく扱えていないということか」
「普通に考えれば、君たちに勝てる者なんていない。しかし【神格】級が相手だった時、その差は如実に表れる。今回の勝敗がそれを明確にした」
彼女たちは格上と戦ったことがほとんどない。もちろん、格上の存在がいなさすぎた、ということもあるし、公女殿下とあえて戦おうとする者なんて、いない。ましてやアイシアとウルスラは若くして軍を率いる立場になってしまった。個人で生き死にを争うことなど、なかっただろう。
「じゃあどうすればいいの~?」
「【神格】は武器じゃない。生きている。それぞれが独立した意志を持ち、性格も違うと思う。だから、内側に意識を向けて対話し、お互いに力を引き出し合わないといけない」
「……シント、もう一つ聞かせてほしい。どうしておまえはそのようなことを知っている? ディジアとイリアに教わったのか?」
「ディジアさんとイリアさんは記憶がなかったから、なにも知らないと思う。なんでこんなことを知っているかっていうと」
話の続ける代わりに、【人造神格】ヨルムリアを浮遊させてみた。
「万能魔導ツール【人造神格】神人想ヨルムリア。元は神剣ハルペリアだったものだ」
「え~!?」
「なん……」
「なにそれ」
「俺は神剣ハルペリアの修復に伴い、ダイアナの力を借りて【神格】の内部に意識を潜らせた。そこでいろいろわかったんだよ」
三人は言葉がないようだった。
「俺とヨルムリアは完全に同期し、魔法を用いずとも自在に動かすことができる。これはきっと俺がハルペリアを死から救ったから、そのお礼みたいなものじゃないかな。今じゃもう相棒みたいなもんだし、助かってるよ」
「おねがい! わたしにも教えて! どうすればもっと通じ合えるか、知りたい!」
デューテは必死だ。
「わかった。俺が知ってることを教える」
「わたしにも、頼む」
「わたしも~ おねがい~」
三人ともか。いいよ、まとめて面倒を見よう。
ガラルの子たちが強くなることは、より計画を完璧にするはずだ。
「君たちには個人で機械兵を圧倒できるレベルになってもらう」
ごくり、と息を呑んだのは、ウルスラか。
「いまから、俺とダイアナ、ヴィクトリアの三人対君たちだ。神剣をうまく使わないと、おそらく相手にならないだろうから、そのつもりで。ヴィクトリア。やるよ」
「……ふぁ~、話が長すぎるんだぞ」
静かだと思ったら、寝ていたみたいだな。
「ダイアナ、もう少し付き合ってくれ」
「うん、シントといっしょ、楽しみ、です」
で、改めて訓練が始まる。
ヴィクトリアがかき回し、俺が守りを務め、ダイアナがサナトゥスの力を放つ。三人の動きが鈍ったところを、一人一人倒していって、はい終わり。
「うそでしょ……ほんとに、ぜんぜん無理」
「我らとて、鍛錬を怠っていたわけではないというに」
「シントが無理すぎ~」
「さ、第二ラウンドだ」
休憩は終わりだ。
どんどん行こう。
そうして時間が許す限り試合をして、あっという間に夕方になってしまった。
三人はコートに倒れ伏し、息も絶え絶えだ。
「二人とも、ありがとう。良い連携だったよ」
「こっちが強すぎて、あんまり練習にならないんだぞ」
「あ、でも、最後のほうは、少し」
たしかにダイアナの言うとおりだ。
ダイアナの恐怖攻撃に耐性がつき、守りの要である俺に攻め手を集中したことで、こちらが崩れかけた。
この一日で神剣の熟練度が増し、攻撃のバリエーションが多くなっていたのだ。やはり持って生まれた素質が恐ろしいと思う。
「ずいぶんと熱が入っていたな」
「ガディスさん」
「まだやれるか?」
「ええ、まだまだ元気ですよ」
「僕もおねがいします」
ガディスさんとクロードさんがやって来た。
実のところ、楽しみにしてたんだよな。
「ではやりましょうか」
ガディスさんが剣神門でどんな修行をしていたのか、それを知る時が来た。




