角笛が鳴る 39 大返しのイエヨシ
話はまとまり、これからより詳しい話となるのだが――
「えーーーーーーーーー! 主上自らって……」
いきなり『わしが率いよう』なんて言うものだから、跳び上がりそうになった。
「わしが行かんでどうするのじゃ。おぬしの言うことがほんとうならば、世界の存亡がかかっておる。この上は、わしが先頭に立ち、饗団を蹴散らしてくれる」
「お父さま、お歳をお考えになってくださいまし!」
「オユキよ、わしはこのまま朽ちてゆくものとばかり思うておった。しかし、最後に華を咲かせられるかと思うと、熱くたまらんわい! それにじゃ、わし以上の将帥がこの国にいると思うか?」
「……たしかにそうでしょうけど」
主上はかつてホーライを統一し、天下人などと呼ばれている人だ。そんな人が来るなら、素晴らしいことだけど、でも心配。
「構わぬな? シントよ」
「ええ、もちろんですが」
と、オユキさんに目を向ける。彼女はとても大きなため息をしたが、これ以上の反対はしないようだ。
「まったく……子どもみたいに目を輝かせて……」
元気なおじいちゃんだとは思う。
それから主上の若かりしころの武勇伝が披露されたわけだが、途中でサブロウさんがやって来た。
「主上、まかりこしま――って、おい! アーナズ!?」
「お久しぶりですね、サブロウさん」
この人はニンジャと呼ばれる秘密工作員であり、かなりの腕利きだ。以前もともに仕事をし、助けてもらった。
「しかも……ええ……ガラルの公女殿下まで。どーなってんだ、こりゃ」
「サブロウ、いまからワカサ湾まで行き、クキガミに知らせよ。戦である、とな。追ってわしも行くゆえ、準備をさせい」
「なっ……い、戦!?」
彼は俺と同じようにオユキさんを見た。彼女はまたしてもため息だ。
「お待ちを。いったいどこと……?」
「大陸の饗団に決まっておろう」
「マジすか……」
サブロウさんはすぐに居住まいを正し、うやうやしく礼をした。
「御意のままに」
彼はさっそく行こうとするので、止める。
「ワカサ湾に送りますね。≪空間ノ跳躍≫」
「は?」
サブロウさんは消えた。
「シント? さすがに空間の移動を使いすぎではないのか? 前に消費が激しいと言っていたような気もするが」
ウルスラが心配してくる。たしかドラグリアで一緒だった時、言った気がするな。そんな細かいことを覚えているのか。
「だいじょうぶだよ。ディジアさんに力を借りてる」
左手を軽く挙げて、腕輪を見せる。
「その腕輪~ なんなの~」
「【神格】だよ。魔空ウラヌス」
「はあ?」
「ん~?」
「シントさん?」
「な、なんじゃと?」
「こっちは神機クロノスです。あ、それとこれが神樹ユグドラシル」
カバンから短い棒を出す。
「神槍ゲイボルグも呼べば来てくれますよ」
「……」
「……」
「……」
女性陣は言葉を失っていた。
「なんということじゃ! おぬしは……いやまことにあっぱれ! 女神とともにある者よ!」
女神とともにある者、か。そう言われるとなんだか力がわいてくるな。
「主上はいつ発たれますか?」
「早い方がよいじゃろうの。サブロウがもう着いているというなら、すぐにでも構わんくらいじゃ」
「ではいっしょに行きますか」
「ほう、おぬしの魔法を直に感じられるのじゃな?」
「はい、≪空間ノ跳躍≫」
部屋の中にいた全員を移動させる。
俺たちは座った姿勢のまま、ワカサ湾の港に到着した。
「これが【神格】の力……驚くしかないのう!」
はしゃぐおじいちゃん。
「シントさん……いくらなんでも怒りますわよ? 履物もなくこんな場所に……信じられませんわ」
「よいよい、オユキよ、おまえも出立の準備じゃ」
「はあ……もういいです。ただ、後でお父さまとシントさんにはわたくしからのお説教を聞いてもらいますからね!」
怒らせてしまった。
「オユキの気持ちはよくわかる。シント、これでは主上を誘拐したととられるかもしれないぞ」
「本人が喜んでるからいいんじゃな~い?」
そうそう。主上、すごく楽しそうだし。
でも、港に集まった人々は何事かと仰天していた。すぐに主上がいると知られてしまうだろう。
「出立までどのくらいかかりますでしょうか」
「ふむ……早ければ明日にでも行けるじゃろうて」
「明日?」
早すぎないか。一か月とかかかるんじゃないの?
「やっとおぬしを驚かせられたのう。わしはワカサ湾に水軍を集めておったのよ」
話を聞くと、主上は大陸からの侵攻があった時のために、念のためワカサ湾へ軍を集結させていた。さきほど口にした、クキガミ、というのはホーライ水軍のトップであるという。
考えてみればとうぜんかも。エーギル家は世界一の海軍を有し、高速船もたくさん持っている。その気になればホーライへの侵攻も簡単だ。
「それにじゃ、わしがかつてなんと呼ばれているか、知っておるか?」
「『大返しのイエヨシ』様だな」
「はっはっは! ガラルにも伝わっておったか!」
ウルスラが教えてくれた。
大返しって、なに?
「ガラル軍の教練書には必ず記載されている。主上はあえて本拠地から離れ、敵をそこを攻めさせる。そして、予想をはるかに超えた速さで戻り、敵の後背を突いた。まさに兵は神速を貴ぶ、ということだ」
はへー、聞いただけですごいと思う。
「わしの持ち味は速さよ。饗団の者どもに見せつけてやろうかのう」
一気にことが進む。この分だと、予定をかなり前倒しできそうだ。
「シント、わしはこれより準備を始める。おぬしはどうする気じゃ?」
「そうですね。一度ガラルに戻ろうかと」
「泊まっていけばよいじゃろう。膳を用意するゆえな」
膳、とは食事のことだ。ホーライの料理はとてつもなく美味い。
これはまずいぞ。誘惑に抗えない。
「そうですねー……でしたら、すぐに夕食時には戻ります」
「シント~ 顔だらけすぎ~」
「食事に釣られたか……やはり胃袋を攻めるべき……」
別に食事がしたいから戻るわけじゃないよ? だってほら、打ち合わせとかも必要だし?
あと胃袋を攻めるってなんの話だ?
「それではまた」
「うむ。待っておるぞ」
というわけで、すぐにガラルへ戻る。
急いで大叔父上に会い、援軍が来るということを告げた。
「港を一つか二つだと? シント、おまえは正気か? 勝手にとんでもないことをしおって!」
「でも、アイシアとウルスラは反対しませんでしたよ」
「なあっ……」
俺のすぐ後ろにいるアイシアとウルスラはなにも言わない。ずっと黙っている。
「主上は大叔父上と直接交渉したいとおっしゃっていましたし、その時にでも細かい話をおねがいします。とりあえず援軍は確定しましたので、そのつもりでいていただければ」
「うーむ……港か……いや、それですむならば」
「安いものでしょう?」
「安くなどないぞ。ホーライから関税が取れなくなる。しかし……そこは交渉しだいか」
そっちはもう大叔父上の専門分野だ。やってもらおう。
「しかたあるまい。とにかくよくやった。で、次はどんな無茶をする気だ?」
「別に無茶をする気はありませんけど」
「無茶しかしておらんだろうが」
ひどいことを言う。
だけど、一通り終わったから、急いでやることはもうない。
「そうだ。二人とも、ちょっと来てほしい」
「いいけど~」
「今度はどこだ。まさか南方だの帝都だのとは言わないだろうな」
「いや、デューテにも用があるから、いっしょに」
デューテは剣神闘技場か、ティール侯爵のところにいるはずだ。
どこか呆れたような顔をする大叔父上のところを辞して、まずは剣神闘技場へと向かう。
みんなまだ出立していないようで、ディエンドの周りに集まっていた。
「シント、戻ったんだね」
「……長い話?」
そっか。みんなは俺が大叔父上とずっと話していたと思っているんだ。
「いや、ホーライに行ってた」
「??」
「……なんで?」
カサンドラとアリステラが首をかしげる。それはあとで話そう。
デューテを探す。
彼女はヴィクトリアと戦っていた。ウチのメンバーの何人かがそれを見物している。その中にはダイアナもいるから、ちょうどいい。
「デューテ、ヴィクトリア、そこまでだ」
「あ、シントー」
「やっと戻ったんだぞ」
二人は戦いをやめ、こちらを見る。
「神剣をちょっと貸してほしいんだよ。アイシアとウルスラにも」
ディジアさんとイリアさんである本とナイフを出した。
「二人に神剣を近づけてみてくれない?」
「どういうこと~」
「力を吸収させるのか?」
「うん、そう」
で、近づけてもらう。すると、神剣から魔力が溢れ、ディジアさんとイリアさんに吸い込まれていった。
「あ! おっきくなったね!」
「不思議なものだ」
「あ~ なんか感じる~」
ディジアさんとイリアさんはけっこう大きくなった。前にサイズにだいぶ近くなったと思う。
「ディジアさん、イリアさん、起きていたら返事をしてください」
返事はない。
「ディジアさん、イリアさん、俺です、シントです」
なんとなく意識はあるようにも思える。だが、動きはない。やはり、元にサイズに戻さないと無理か。
「……」
俺の隣で、ダイアナがそれをじっと見ている。なにか見えているのか?
「ダイアナ?」
「……ううん、なんでもない、よ」
ダイアナの眼で見てもわからないなら、俺ではどうしようもない。
だとすると、もっと【神格】を集めなくては。
ディジアさんとイリアさんを再びカバンの中に安置し、少し息を整えた。
「シント、だいじょうぶ、なの?」
「ああ、だいじょうだよ。うん、だいじょうぶ……」
「そんな顔~ だいじょうぶじゃない~」
「気を落とすな。まだ途中だろう」
「そうだよ。ディジアとイリアなら戻るもん」
そうだよね。絶対に戻るし、俺がなんとしてでも戻す。
顔を上げ、あらためてガラルの子たちを見る。
「デューテ、力の使い方について教えるよ」
「うん、おねがい」
気を取り直そう。
これから、訓練だ。




