角笛が鳴る 37 いざ、ホーライへ
今回考えた作戦は、どこまでもエーギル家を振り回し、ダルメシアン港を陥落させること……なのだが、実はもう一つある。それは最後に話そう。
「嘘の手紙、とはなんだ。寝返らせたわけではないのか」
「大叔父上、いくらなんでもこんな短期間でそれは無理です」
「それは……そうか。しかし、なにが狙いだ?」
「簡単に言うと、仲間割れですね」
ゲクラン将軍には、あえて俺の名前で手紙を出した。ジェラール・ガラルホルンの孫にしてアンナの息子シント、という名だ。
これにはちゃんとわけがあって、ティール侯爵の名ではまず通じない。彼はそんな小細工をするような男じゃないと知られているから、嘘もそうでない部分も見破られる。大叔父上の名でもだめだ。エーギル家は大叔父上が海上牢獄にいると信じているから、逆に通じない。
そこでノーマークな俺の名を使い、嘘か真かを曖昧にする。
「もしかして~ それ~ わざと別の人に見せるんじゃ~」
「おっ、よくわかったね」
「う~ そんなのわたしでもやらな~い」
「姉上がやらないほどの悪辣な手だと? シント、おまえはいつからそんな」
ウルスラがなぜだかうっとりしているようにも見える。
「つまりは……あれか。ミリアルドにあえてそれを漏らし、部下を粛清させる気か」
「粛清とまではいかないでしょうが、だいぶもめるでしょうね。それと、同様の手紙を他の指揮官級宛にも書いています。もちろん、あまり評判の良くない者にかぎって、ですが」
あいつなら裏切ってもしかたない、という人物を対象に定めたってこと。
「疑心暗鬼をばらまくのか……時にシント、それはおまえが考えたのか?」
「そうですけど」
「そ、そうか。そうだな。ガラルの武人ではそのようなこと、思いつかんだろう」
とにかくこれでさらにエーギル家は身動きが取れなくなり、そんな状態でティール侯爵、ヘイムダル侯爵を迎えうたなければならなくなる。当主のミリアルド・エーギルという人物がどの程度かはわからないけど、多少は揺らいでくれるだろう。
「しかし、スパイを泳がし、手紙まで使ってやつらに防備を固めさせるのはなぜだ。寝返りをさせるわけではないなら、逆に不利となるのでは」
ウルスラの疑問はもっとも。
「偽情報も手紙作戦も全ては陸に目を向けさせるためのものだよ。だからホーライに行くんだ」
「……え~」
「まさか」
「そう、主上に援軍を出してもらう」
「……」
「……」
「……それは、まことか? イエヨシ殿が援軍を?」
そう驚くことでもないでしょう。
「う~ いまなんかぞわってした~」
「そうか、だから我々を使者に」
「そうそう。君たちを大叔父上の名代として、交渉してもらうってこと」
いくら主上のおじいちゃんでも、俺一人が行ったところで、なんの保障もできない。これは国家間の取引だ。それなりの人物が要るというわけ。
「なのでちょっと行ってきますね」
「頭がおかしくなりそうだ」
「大叔父上、腹をくくったのでしょう。だったら」
「みなまで言うな。わかっている」
「なんだったら大叔父上が行きますか? すぐですけど」
「いや、いい。おまえはイエヨシ殿と懇意にしているだろう。おまえが行け」
「まあ、大叔父上は気まずいかもしれませんしね。キヨナガとのこともありますし」
「だからそれを言うなと」
めちゃくちゃバツが悪そうだ。
大叔父上はかつて主上の息子キヨナガと通じ、大陸を滅茶苦茶にしようとした。最終的にうまく和解したとはいえ、顔を合わせるのはキツイだろうと思う。
「それと大叔父上、護衛をつけてください。また拉致でもされれば、助けに行くのがめんどい」
「めんどいとは何事だ。おまえは我が姪の息子だぞ。もう少し情があるところを見せないか」
見捨てはしないが、二度はごめんこうむりりたい。
「ティール侯爵たちにはじわじわと進軍してもらい、時間を稼いでもらいます。その隙をついて、ホーライ側から奇襲をしかける。それと前後して陸軍にも攻めてもらおうかと」
「ありえんことを簡単に言う。だが……それでいいのか? グランガラルが手薄になる気もするが。まあ、おまえのことだ。それについてもなにか手を打っているのだろう。もはやなにを聞いても驚かんぞ、私は」
大叔父上、余計なことに気づいたな。しかたない。
「そうですね、ここから西側にもまとまった饗団の軍がいますし。それについては大叔父上が守ってください」
「んん?」
「少しは兵がここに残りますから、大叔父上がそれを率いて死守を」
「ばっ……! なんだとーーーーーーーーーーーーーーー!!」
いまさっき驚かないって言ったじゃん。
「なななななななにを言っとるーーーーーーーーーー! ぬぁぜ私が!」
「大公なのですから、それぐらいは」
「やれるかっ! 私はな! 軍を率いたことなどないっ!」
「え、そうなの?」
と、アイシアとウルスラに聞く。二人はうなずいた。
「じゃあ初陣ですね」
「なんだその笑顔は! 私はやらん! やらんぞ!」
「誰にでも最初はあるものです。子どもみたいに駄々をこねてないで、やってくださいよ」
「くっ……」
とはいえ、だ。西に展開する饗団がいた場所からここまでは遠すぎる。数日では来られない距離だから、たいして心配することもない。
もしも天至が強襲してきたらまずいが、その時は俺がなんとしてでも仕留める。
「俺は大叔父上を信じますよ」
「あのな! ……くそっ! まるで兄上と話しているようだ!」
おじい様ってこんな感じの人なんだ。それは初耳だな。
会ってみたかった。もう亡くなっているのが残念でならない。
「お父さま~ シントにからかわれているだけ~」
「まったく、敵が西側からグランガラルに攻め入るとしても、何カ月もかかるはず。父上、少し落ち着いたらどうです」
「ぬぁ……!? シントーーーーーーーーーーーーー!」
「からかってはいません。もしも、の話ですよ、大叔父上。そう怒らないでください。大声を出すと宮殿の人たちが心配するでしょう」
「ぬぐぐぐぐぐぐぐぐ……」
大叔父上はひとしきり歯ぎしりしたあと、力が抜けて座った。
「とりあえずはわかった。うまくすればダルメシアン港はこちらのものとなり、エーギル家は本拠を失う、ということだな」
「そう簡単にはいきません。ガッチガチに固められたら返り討ちに遭いますし。いくらティール侯爵でも難しいでしょうね」
「うん? しかし負けに行くわけではあるまい」
「これも全部囮なんで」
「……え~」
「シント……さすがにわたしもわからなくなってきた」
「こんな大それた囮、聞いたこともない。どういうことだ」
こうまでする理由は複数ある。
まず一つは、天至をおびき寄せたいということ。一体でもいいから倒したい。
そしてもう一つが、奪われた地域の奪還だ。
「いまのうちに取り戻したい要所がいくつかあります。そのため、ダルメシアン港攻防戦に目を集めている間、ギュスターさん率いる隊が、間隙を縫って奪還するんですよ」
話し終えると、なんか静かになった。
「敵の計略は恐ろしいものでした。大叔父上――つまり公国のトップをさらい、組織の縦関係を潰した。考えてもみてください。ティール侯爵、ヘイムダル侯爵、ギュスターさん、アイシアにウルスラ、デューテ。さらにはシャンダール伯。もっと言えば各地の貴族たち……実際、俺に不満を持ち、勝負を挑んできた人々もいました。誰が誰に従えばいいのか、わからなかったはず」
「それは……」
「対応は遅れ、後手を踏まざるをえない。さらにはスパイのせいで情報は筒抜け。これではガラルがどんなに強くとも、勝てる道理はない」
だから俺は大叔父上に戻ってほしかった。
「でも、誤算もあったのだと思います。ここまでされてもなおガラル軍は強すぎた。半年で三割ほどの失陥で済んだのは、予想よりもはるかにこの国が強かったからだ。将兵たちが強いのはとうぜんとしても、やはり大叔父上のおかげですね」
「私がか?」
「当たり前でしょう。大叔父上の積み上げていた貯金……世界一豊かなガラル公国にはここまで耐えられるだけの貯蓄があったでしょうから」
「まあ、当たり前のことだな」
急に態度がでかくなった。機嫌も直ったか。
「それをいまから使う。残された余裕があるうちに饗団へぬぐいがたいダメージを与えるべきです」
いっぱいしゃべったから、喉がかわいた。話はそろそろ終わりにしたいところだ。
「ということで大叔父上、改めて協力をおねがいします」
「ふむ。いいだろう。やってみせよ。成功すればなかなかに打撃を与えられそうだしな」
(……姉上、父上はシントがありえないことをやろうとしているのがあまり理解できていないようだ)
(そうね~ これ~ 敵がなにも手を打てないなら~ 終わりだもん~)
(やはり金のことしか頭にないのか……)
(しかたないでしょ~ お父さまだし~)
姉妹がひそひそ話してる。
とりあえずこれで出発できる。さっさと行こうか。
「それでは。≪空間ノ跳躍≫」
久しぶりのホーライだ。うまくいくことを祈りつつ、魔法を使うのであった。




