角笛が鳴る 36 しかけた一手
ここよりガラルは本格的に動く――
大叔父上の明確な宣言により、さっそくティール侯爵とヘイムダル侯爵、ギュスターさんが動き始める。
「さあ、レディたち。やっと我らの出番です」
シャンダール伯が手を叩きながら、ウチのミューズさんたちを連れて行こうとする。
「い、いやー……昨日で終わりなんじゃないかニャー……」
「大公さまも戻られたわけですし……わたしたちは……」
「うう、働きたくない働きたくない……」
「お姉ちゃん、しっかり!」
「え? なんですかぁ……? え? また?」
「なにを言いますか。大公さまが戻られたとはいえ、官僚たちがぼこぼこ生えてくるわけでもない。どうせなら最後まで付き合っていただきましょう」
事務方のみんなが気の毒に思えてきた。しかし、ミューズさんは違う。
「みんな、褒美もいただけるって話なんだから、やるわよ」
「ミューズも鬼と化したニャー!」
「こうなったらなにがなんでも食らいついて、片っ端からモノにする。じゃないと、世界一のギルドなんて、夢に終わっちゃう」
ミューズさんの背に炎の幻覚が見えた。ものすごいやる気だ。そしてそれをシャンダール伯が微笑をもって見ている。
なんだかんだで良い関係なんだと思った。
「シント、あたしらはどうするさ」
「みんなはティール侯爵についていってくれ。よろしいですね? 侯爵」
「無論、歓迎しよう」
「機械兵が出てきたら、俺たちの出番だ」
「ああ、訓練の成果がわかるってもんさ! だろ、みんな!」
カサンドラを中心に盛り上がっている。すごくいい感じだ。
そうして全員が持ち場へと向かっていく。
「シント少年、私も行こう」
「どのくらいかかりそうですか?」
「手紙はすでに用意したから、あとはやるだけだ。そうかかるまいよ」
「わかりました。こっちもある程度はかかるでしょうから、ちょうどいいかもしれませんね」
マスクバロンとも別れる。彼には大事な仕事を託したが、必ずや成し遂げてくれるだろう。
俺もそろそろ出る時だ、と思ったところ、大叔父上に声をかけられた。
「シント、少し残れ。話があるのだ」
話はもう終わったかと思ったが、まだなにかあるようだ。
「それは構いませんが」
「うむ、それでだな……いや、待て。娘たちよ、おまえたちも仕事があるのではないのか?」
アイシア、ウルスラ、デューテも残っている。
「……別にないけど~」
「わたしはもはや隊を持ちません。手塩にかけて育てた『雷光』はやられた。生き残った者も戦場には戻れないでしょう」
要は、フリーだ、と言いたいらしい。
「わたしは……なんか動きたくない。あんな話のあとだもん」
「……そうね~」
「ああ、そうだ。心の整理がつきそうにない」
彼女たちなりにショックを受けたようだ。
「いや、しかしだな」
「大叔父上、あまり時間もないことですし、話を」
「……」
言いづらそうにしている。
急かすと、重そうに口を開いた。
「……おまえには、助けられた。礼を言おうと思っただけだ」
礼なんて普通に言えばいいだろうに。
もしかして、娘たちの前では恥ずかしいってこと?
よく見ると、顔が赤い気もする。
「そんなに恥ずかしがらずとも」
「違うわ! ……いや、違わんな。歳をとると、ありがとうの一つも言いづらいのだ。察しろ」
いや無理だろ。
大叔父上はわざとらしく咳ばらいをして、別の話題を口にした。
「おまえはどうするのだ?」
「今から行きますよ。なので、アイシア、ちょっと付き合ってほしいんだけど」
声をかけると、アイシアの顔が、ふにゃ、となった。
「いいけど~ どこ行くの~?」
「旅行ってところかな」
「え~~~! うそ~~!」
嘘ではない。ちょっとした旅行になる。
しかし彼女はなにを勘違いしているのか、口を両手で押さえ、感激しているようだった。
「ま、待て! シント! 誘うなら姉上ではなくわたしだろう! そのほうがいい!」
なんでウルスラがやる気なんだ?
「じゃあウルスラ、頼むよ」
「ちょっと~! じゃあってなによ~! じゃあって~! わたしが行くの~!」
「引っ込んでろ! 姉上!」
ギャーギャー言い始める姉たちを、デューテが冷たい目で見ている。緊張感がない。
「わかったよ。それじゃあ二人とも来てくれ」
「えっ?」
「な……我ら二人とも、だと?」
「姉さまたちー、なに期待してるか知らないけど、シントがこう言う時って、ヤバイ時に決まってんじゃん」
ヤバくはないさ。ただ、アイシアかウルスラのうち一人は必要だってだけ。
「それでは大叔父上、行ってきます。早ければ夕方には戻れるでしょう」
「……ちょっと待てーい!」
大叔父上が飛びかからんばかりの勢いで、俺の腕を掴む。
「どこにだ!」
「ですから、ホーライに」
「はあ?」
「昨日、言いましたよね?」
「聞いてないぞ! 聞いてなーい!」
こうしてみると、ガラルの子たちがうるさいのは、大叔父上の血統なんじゃなかろうか。そう思うくらいにはうるさい。
「あれ? 言いませんでした?」
「なにも聞いておらんぞ!」
思い返してみる。言ってないような、言ったような。これはたぶん、言ったような気がしただけかもしれない。
「いや! まずそもそも侯爵らはどこに行ったのだ!」
「戦」
「そ……それはわかっている! どんな作戦があるのかと聞いているのだ!」
大声で耳がおかしくなりそうだ。アイシアとウルスラはまだぎゃーぎゃーやり合ってるし、めんどうになってきたな。
「シント、わたしはどうしたらいーい? 時間あるなら力の使い方教えてほしいな」
「そういえば約束だったね」
デューテは単体の戦力で見ればかなりいけるほうだ。
それはもちろん、人外との戦闘、という意味。
「……そうだな。少し考えがある。いったん、カサンドラたち合流してくれ」
「よくわかんないけど、そうするね」
彼女はててーと走って行った。
「驚いたな。デューテが素直すぎんか」
大叔父上は目が点だ。
「きっと、今回のことでいろいろ考えているんだと思います」
「ふむ……」
「少し大人になったのでは?」
「おまえこそ、もう少し子どもらしくしたらどうだ」
「俺はもう十八ですよ。子どもというには、ちょっと」
「そうか。おまえももうそんな歳か」
「大叔父上は五十の大台ですもんね」
「まだ四十九だ。老人のような言い方をするな」
へいへい。
「ともかく、一度落ち着くのだ。軍がどう動くのか、さすがに教えんか」
「あ、それわたしも聞きた~い」
「わたしもだな」
「わかったよ」
時間がもったいないけど、話しておいたほうがいいだろう。
「ティール侯爵、ヘイムダル侯爵にはグランガラルから一日ほどの距離にある砦にて、軍を集めてもらいます」
地図があると説明しやすい。用意してくるよう頼んだが、断られた。
「なくとも構わん。私は大公だぞ。ガラルの地理は網羅している」
さいですか。
続きを話そう。
その前に魔法を用い、風の膜を張っておく。
近くには誰もいないけど、念押しだ。どこに誰の目と耳があるかわからない。
これからガラル軍は、陸からエーギル家の本拠地であるダルメシアン港を攻める。
ダルメシアン港は大河の河口にあり、世界中の貨物が集まる世界一の港だ。数百年にも渡り、ガラル――ひいてはエーギル家が支配してきた。
公国にとっては重要地点。とうぜん饗団にとってもだ。ここを落とさなければ、勝利などありえない。
「いきなり決戦か!?」
「ちょっと大胆すぎな~い?」
「おまえの言うことでも、さすがに賛成できないな」
「だから、そういうことにしておく」
これは偽の情報だ。すでにして宮殿内にいるスパイへわざとこの情報を漏らしている。
「スパイだと!」
「はあ~?」
「ちょっと待て! スパイがいるのなら、いま話しては」
「魔法で音を遮断してるから問題ないよ」
いちいち反応するのもめんどうだから、続きを話そう。
ティール侯爵、ヘイムダル侯爵の二人が動けば、エーギル家としては防御を固めるしかない。
海が主戦場の彼らを、陸に上げてやるのだ。
「ここで一手、工作をしかけています」
「工作……?」
大叔父上がごくりと息を呑む。
俺の考えた策に、マスクバロンが修正をかけたものだ。
「聞くところによると、エーギル家は『三海』と呼ばれる人たちが軍を掌握しているそうですね」
「うむ。エーギル家当主ミリアルド・エーギル。その弟ダヴィド・エーギル。そして兄弟の叔父であるギヨーム・エーギルの三人だな」
「当主は知勇兼備の傑物、弟は優秀な将軍、叔父は何十年にも渡り海を庭としてきた大人物であり、歴戦の強者。隙はなさそうです」
三人は俺の言葉を待っている。
「ですが、彼らの下にゲクランという人物がいました。かなりの強さを誇る武人で軍を率いてもよしの将軍。ですがそうとうな強欲で、金に目がないとか。略奪も辞さない男です」
マスクバロンと協議し、その男に目をつけた。俺は『寝返りを承諾してくれてありがとう! 時が来たらこっちについてね☆』という手紙を書いたのだ。
「なっ……」
「調略か。シント、さすがだ」
「やるじゃな~い」
「いやいや、実際に寝返りなんてしないよ。嘘の手紙だし」
「へ?」
「へ?」
アイシアとウルスラが面白い顔してる。こういう時はそっくりなんだよな。姉妹だからとうぜんなんだけど。
笑いそうになるのをこらえる。
まだ話は半分だ。さっさと話そう。




