角笛が鳴る 34 大公の帰還
救出された大叔父上は、気が抜けたのか、ディエンドへ乗り込んだ直後にすぐ寝てしまった。
帰還中は打ち上げムードになり、ルーナちゃんによる大量の美味なる料理が振舞われる。
ちょっとした宴会が終わり、時刻はもう深夜だ。
みんながそれぞれの部屋に引き上げ、俺はブリッジへと向かった。
ディエンドはいつもよりもゆっくりと航行するよう、アテナにはおねがいしている。
「アテナ、ちゃんと寝てる?」
「はい、前に倒れてしまった教訓を活かし、睡眠は十分にとっていると明言しておきます」
それならいいんだけど。
グランガラルへはあと三時間もすれば着く予定。
おっと、いまのうちに夜食でも用意しておくか。
で、サンドイッチを持って、ブリッジに戻る。
食材を挟みまくった――特に肉――の特製サンドイッチだ。
「いただきまーす」
あーんと口を開けた時、背後に気配を感じる。
大叔父上がそこにいた。
「シント」
「大叔父上、まだ寝ていたらいいんじゃないですか?」
海上牢獄から出てまだせいぜい二時間程度だ。大叔父上は歳なんだし、休んだほうがいいと思う。
「なぜか、目が覚めた。それよりも……」
え、このサンドイッチはあげないけど。
「あのな、食事を奪ったりはしないぞ」
「そうなんですか? 一個くらいは分けてもいいですけど」
「……やはり寄こせ」
「最初から素直に言えばいいのに」
大量にあるサンドイッチを一個だけ渡す。
受け取った大叔父上は、ベンチに座り、ほおばった。
「……ふぅ、うまい。少しばかり肉が多い気もするが」
「一言多いですよ」
すぐに食べ終わった彼は、俺を見て、周りも見た。
「戦艦、ということだが、このようなもの、どこから調達した?」
「これは【神格】魔龍『九頭流布』の一部です」
「【神格】だったか。たしかにそれ以外では説明がつかんな」
「それで、なにか話が?」
「ガラルと、他の国がどうなったか、聞きたいのだ」
よほど気になるようだ。
ざっくりと話す。大叔父上は意外でもないようで、しきりに考えこんでいた。
「あの監獄長からはなにも?」
「……あまり思い出させるな。あの男は最悪だ」
だいぶやられたみたい。
「奴からは、ガラルはもう終わりだ、ということしか聞いておらん。それはいいとして……そうか。我が国は追い詰められているか」
「危ないところですね。今もそうです」
「帝国本国は風前の灯。ラグナは状況がわからん。南方は日和見か。だが、アークス、パラメイズ港、フォールンのラインはおまえが取り戻した。南部からの増援は?」
「手筈通りなら、パスカル卿が来るでしょう」
「ふむ……ティール家のあやつだな。いや、よくやった、シント」
「別にガラルのためにやったわけじゃないですよ」
「そこは素直に褒められたことを喜ばないか」
いや、本心なんだけど。
「俺はただ、自分の目的のためにやってるんです。大叔父上を助けたのだって、必要だからやっただけですし」
「その目的とやらはなんだ」
「戻ったら話します」
「……世界制覇か?」
大叔父上もマスクバロンと同じことを言う。そんなことは絶対にない。
「違いますよ。そんなことしたって、めんどうなだけだ」
「それ以外になにがある」
「他にもいろいろあるでしょうに」
「しかし……おまえは帝国南部を取り戻した。これはとてつもない武功だ。兄上の血を引き、ラグナの前大公の息子でもある。血統は十分。この上、ガラルをも救ったのなら、それはもう世界制覇を視野に入れても問題はないだろう」
「問題だらけですよ。俺になんの【才能】もないことはご存知でしょう。この世界が【才能】に乏しい人間にどれほど冷たいか、知っているはずだ」
「……もちろん、わかっている」
大叔父上はかつて世界を支配しようとした。【才能】ではなく金の力でだ。
もう諦めたと思ったが、どうなんだろう。そもそもどうして饗団に捕らえられたのか。
「大叔父上はなぜあそこに?」
「……」
彼はベンチに寝そべり始めた。行儀が悪い。
「私は……反乱が起きる以前、饗団と接触していたのだ」
耳を疑った。まさかだ。
「向こうから話を持ち掛けてきた。ともに世界を変え、支配しようとな」
「待ってください。それを受け入れたのですか?」
「こちらにとって美味しい話ではあったが……」
しかし捕らえられたということは、その話を蹴ったのだろう。
「饗主……あれは、人ではない。あんなモノと手を組むのは、あまりに危険だと感じた。それもあって返事を保留にし続けたのだが」
「拉致されたのですね」
「そうだ。まったく、この私を牢獄に放り込むなど」
大叔父上はアレスティアスさんと会っていたのか。
「手を組まなくてよかったですよ。モンスターの力を利用しようとするような奴らです。大叔父上だって下手をすれば、あそこで見たモンスターみたいになっていたかも」
「ありえんことだ。人をあのように変えるとは、馬鹿な話すぎる」
ああ、馬鹿馬鹿しい話だ。
「なあ、我が姪の息子よ」
「なんです?」
「おまえはほんとうに【才能】がないのか?」
「ええ、そうですよ」
「しかし……さっき見た魔法は恐ろしいものだ」
「勉強して会得したものです。【才能】のよるものではありません」
「勉強? そうか……」
「いまとなっては、【才能】などいらないかも。むしろ邪魔な気がしますよ」
「ふっ、そんなことを言えるのは、世界でただ一人、おまえだけだろうな」
「褒め言葉に聞こえませんが」
「褒めているぞ……ちゃんとな……」
「大叔父上?」
また寝てしまったようだ。しょうがない。どこかテキトーな部屋に放り込んでおくか。
★★★★★★
「みな、心配をかけた。そして半年もの間を留守にしていたこと、詫びよう」
明くる朝、宮殿の大会議室に集まった人々の前で、大叔父上が頭を下げる。
ティール侯爵やヘイムダル侯爵、ギュスターさんに、シャンダール伯が顔を並べている。
大叔父上が行方不明であったことは、ガラルのほとんどの人間が知らないことだ。ゆえにここへ集った者の数も、ごく一部。しかし今日の内に関係各所へ大叔父上の復活が連絡されるだろうとは思う。
そしてなぜかウチのメンバーたちも呼ばれた。
ガラルの子たちがいるのはわかるが、俺たちまで来させられるとは思いもしない。
「大公さま、ご無事でなによりです」
「シャンダール伯、あとで財政などの状況をまとめてくれ。確認する」
「ええ、無論でございます」
「ティール侯爵、大公の代理、ご苦労だった。卿は本来なら前線に赴きたかったろうに」
「大公が戻られたとなれば、ようやく剣を叩きつけられるというもの。ですが、まずはご無事であったこと、僥倖です」
大叔父上がこうして仕事をしているところを見るのは初めてだ。威厳があるような気もする。
「詳細は後に話すとして、シント」
「なんでしょう」
「褒美を出そう。聞くところでは、おまえは娘たちをも救ったそうだな」
初日のことか。
「いえ、契約の一貫ですので、褒美はなしでいいです」
みんなの目が集まる。
「すでにティール侯爵、シャンダール伯と話をまとめましたし、それ以上は要りません」
「そう言うな。娘たちの誰かと婚約でもどうだ」
ビクッとしたのは、アイシア、ウルスラ、デューテだった。あとダイアナも。
「いえ、遠慮しておきます」
「まったく、おまえときたら」
即断ったが、なぜだろう。後ろからウチのメンバーたちの妙な視線を感じた。
「なので、褒美でしたらウチのメンバーにおねがいします」
「そうですな。公子さまがアンテル嬢をはじめとした事務方を紹介してくださったおかげで、内務が崩壊せずにすみました。大公さま、ぜひおねがいいたします」
「なに? 内政官はどうした?」
「この場を借りて申し上げます、大公さま。実のところ――」
と、ここでガラルの内情が説明された。昨日は大陸の情勢を話したが、詳しいところまではまだったのだ。
「はぁー……家を守るだと? 気持ちはわかるが……」
「面目もございません。私では止めること叶わず」
「いや、いい。私がなんとかしよう」
「はは」
次はヘイムダル侯爵、ティール侯爵とそれぞれの分野を報告する。
なんか長そうだし、帰っていいかな。
「シント、顔に出てるさ」
「え?」
「……帰りたいって、出てます。シントさん」
おっと、まずいまずい。
「天至に機械兵……ますます馬鹿な話だ。まともな戦には聞こえん」
「はい、それで公子さまがそれらの相手をなさると」
「そうなのか? シント」
俺に話が振られたので、うなずく。
「さすがに危険ではないのか。我が軍では敵わぬものを、おまえ一人で? ならば、娘たちの神剣をもってだな」
「父上、わたしは殺されかけています」
「わたしもやられたよ」
「ウルスラとデューテが? むむむ……ほんとうにどうなっている」
そりゃ聞いただけじゃ信じられないだろうよ。
うなり続ける大叔父上を見て、ティール侯爵が大きく息を吐いた。ため息ではない。緊張しているようにも見える。
「公子、ここで話してはくれないか」
そうきたか。
「おれも聞きたいぞ、シント・アーナズ。おそらく我らにとっても重要な話なのだろう?」
ギュスターさんは鋭い。
「そうですね。大叔父上が戻ったことで、全員がそろったわけですし」
だが、長い話になる。
ここからは俺が緊張する番だろう。
信じてくれるどうかはわからないが、真実を話す時だ。




