角笛が鳴る 33 千人いても足りない
勝手に死にそうになって、勝手に遺言を語り始めた大叔父上に、世界樹の薬を飲ませ、経過を見る。
中年のおじさんがのたうち回る様は進んで見たいものではなかったが、死にかけていた大叔父上の顔色は、どんどん良くなっていった。
「ブウウウオオオオオオ! シント! 私に毒を飲ませたな! 救出ではなく抹殺に――――ん?」
この薬、すごいぞ。ほんとうに治ったみたい。
「な、なに? 傷が……信じられん! 治っている!」
彼は傷口を見て、触る。包帯を取っても、血は流れない。すっかり元通りだ。俺もまた信じられない思いだった。
「それに……なんだ? 力がみなぎるようだが」
「世界樹の薬だそうです」
「……世界樹? それはおとぎ話の存在だろう」
「そうなんですが」
とにかく治った。それでいい。
「では行きましょう」
「……わけがわからん」
神妙な顔つきのまま、大叔父上は階段を上がった。その足取りは軽い。
アダマン製の階段を登り切ったところで、人の気配がする。
複数の人間。急いでいるような足音。ウチのメンバーかとも思ったが、そうではない。
「これは大公さま。ご自分で上がってきましたか」
眼鏡をかけた男だ。血にまみれた服を着ていて、腰には禍々しい意匠の剣。
そして四人ほどの戦士を連れている。こいつらはかっこうから判断するに、饗団の強者『負式』とやらだろう。
「監獄長……」
この男が監獄長か。物騒な雰囲気をまとっている。口調はやたらと丁寧だが、残忍な本性を隠すためだろうと思った。
「ここはもうダメでしょう。ささ、私めと来ていただきたい」
「行くわけがない。私はガラルに戻る」
「いえいえ、それはできません。あなたに戻られると私は叱られてしまう」
「ふざけるな。この拷問狂めが」
「ふふふ……違いますよ。拷問は経過にすぎません。傷つけ、治す……そう、これは私の、愛!」
そんな愛があってたまるか。そんなのにいちいち付き合っていられない。
「おい、おまえのゴミみたいな話に付き合っている暇はない。どけ」
「……なんです? 失礼な若者だ。私と大公の話に割って入るなど――」
「口から雑音を出すな、と言っているんだ。死にたくなければ、どこかに行け」
男は目をすっと細め、剣を抜く。そして左手には奇妙な形のナイフを持った。拷問道具かなにかかな。
「どこの工作員かは知りませんが、まあいい。どうせ、口を割る。あなたも存分に愛でてあげましょうか――っ!?」
言葉が終わる前に距離を詰める。
くだらない話を喋らせておくほど、俺はお人好しではない。
魔法をともなう拳が、男の頬をかすり、皮膚を裂いた。
「くっ……おまえたち! 大公を狙うのです!」
『負式』の戦士たちが、大叔父上を襲う。
「ちょっ! 待てい!」
大叔父上は慌てた。とうぜん、守る。
「≪遮断障壁≫」
四人の戦士たちが繰り出す攻撃は、全てが弾かれた。
「自分以外にシールド……? なんだこやつ……」
「どうした。さっきまでの余裕がなくなってるぞ。おまえの愛とやらは、こんなものか?」
「……なにを粋がっているのです! こちらは五人! あなたは一人!」
「おまえのようなクズならあと千人いても足りないな」
「減らず口を! シャアッ!」
監獄長と他の四人が俺に狙いを定め、かかってくる。
五方向からの襲撃に対し、魔法を発動。
「≪絶対時間遅延中≫」
改良を加えた時間魔法だ。前に使ったものは、不完全だった。それは無理に時間を停止しようとしたからだ。
今回の魔法は、止める、のではなく、遅らせるもの。
俺が見る男たちは、年老いた亀よりも遅いスピードで動いている。
「くたばれ」
≪魔弾≫を四発。狙いは『負式』の男たちの顔面。
そして、最後に≪螺旋魔弾≫を撃つ。
時間の遅延は解除。魔力弾が突き抜け、四人はほぼ同時に吹き飛び、監獄長は胸のど真ん中に穴が空いた。
「ぐふっ!」
なにが起こったか、わからないだろう。
『負式』の戦士たちは昏倒し、起きない。
監獄長は胸から大量の血を噴き出し、膝をついた。これで死なないとは、驚きだ。
「なっ……なんですか……これは……」
「少しは人の痛みがわかったか?」
「き、きさ、ま……」
「質問に答えろよ」
近づいて、見下ろす。やつは負の感情に満ちた目で、俺を見上げた。
ふむ、急所を貫いたはずだが、まだ反省が足りないか。
「……」
「どうした。なぜ、そんな目で俺を見る」
まるでモンスターでも見るかのような目だ。失礼なヤツだな。
「ひょおおおおおおおおおおおおお!」
奇声を発し、邪剣を己が胸に突き刺す。
またこのパターンか。馬鹿の一つ覚えで、ひねりがない。
「こうなっては……どんな手を使ってでも殺す! 私は饗団の顧問官! バナーー」
「ああ、もういいよ。おまえの名など、どうせ忘れる。さっさと変身でもしてろ」
「か……かかっ! 舐めやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ごき、ごき、と嫌な音がして、ヤツの体が膨れた。骨が突き出て、肉が盛り上がる。
「シントぉ!? いったいなにがぁ!」
「大叔父上、その場から動かないで」
気味の悪い変身は、すぐに終わった。蒸気をともなって立ち上がる化け物。
さきほどまで監獄長だったモノは、馬の顔を持つ凶悪なモンスターへと変貌を遂げた。
「なあっ……ば、ばかな! 監獄長は人ではなかったのか!?」
大叔父上は障壁の中で腰を抜かし、尻もちをついた。
「フシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」
人身馬面の怪物が、その場で床を蹴る。足はちゃんと蹄だ。そこは馬なのか。
「ヒヒィイイイイイイイイイイイイイ!!」
突っ込んできた。
もちろんかわす。
怪物は壁を破り、外に出た。
追って飛び出る。
「シント!? なにがあったのさ!」
「ちょっと! モンスター!?」
カサンドラとリーアがすぐそこにいた。
「ああ、ただのモンスターだよ。だいじょうぶ、いま片付ける」
二足歩行の馬の化け物は、目に付く者全部を攻撃していた。ここを守備していた兵士たちが吹っ飛び、恐怖にわななく。
もうなにも言えない。人を捨ててでも手に入れた力がこれでは、なんの意味もないだろう。
「もうしね」
地を蹴って、背後からヤツの肩に乗った。両手で頭を掴み、魔法を発動。
「≪真衝裂破≫」
≪真魔弾≫の、≪衝破≫バージョンだ。
反魔法を含む一撃が、馬怪物の頭部に炸裂する。
範囲をごく小さく狭めた魔力の爆発。反魔法が魔法への耐久性を失くし、その上で衝撃波を直接叩きこむ。
かつて監獄長だったモノは、頭部だけが弾け、倒れた。
哀れなことだ。命を舐めるから、こうなる。
「ふう」
着地し、改めて周囲を確認。戦いはだいたい終わっているようだ。
抵抗している敵兵はごくわずか。いまにも決着がつくだろう。
「シント、お父さま、は?」
「ダイアナ」
彼女はとても心配そうだ。
「いま連れてくるよ」
「無事、なの?」
「うん、無事」
彼女は疑剣サナトゥスを胸に抱き、ほっとしていた。
破壊された穴からまた入って、呆気にとられる大叔父上を立たせる。
「なんだ、いまのは」
「あれが饗団です。幹部には邪剣というものが持たされ、ピンチの時はああして変身したりするんですよ」
「この目で見ても、信じられん」
「俺もそうですよ」
「だが……おまえは、まったく寄せ付けなかった。そもそもおまえが戦うところを始めて見たが、なんというか、うむ……激しいのだな」
そんなに激しいかな?
「外ももう制圧寸前です。危険はありません。帰りましょうか」
「……」
大叔父上は妙な目で俺を見つつ、穴から出た。
待っていたのは、アイシア、ウルスラ、ダイアナ、デューテだ。
「娘たち……」
「お父さま~ 悪手だったわね~」
「まったく……大公が行方不明など、もってのほかです、父上」
「無事で、よかった、です」
「もー、手間かけさせないで!」
大叔父上は少しの間、下を向いていた。
「はあ……ここは普通に再開を喜ぶところだろうに」
顔を上げた時には、皮肉めいた笑顔をしていた。
「さて、私がいない間、世界がどうなったか、聞こう」
「なにそのドヤ顔~」
「あまり調子に乗らないでいただきたい」
「……お姉さま、たち。もうちょっと、素直に……」
「ダイアナ姉さまが甘すぎるもん。父さまがへなちょこすぎるもんね」
この感じ、久しぶりだ。大叔父上は拳を握りしめ、娘たちからの非難に、懸命に耐えているようにも見えた。
「カサンドラ、そっちは終わった?」
「ああ、終わったよ。けが人もなしさ」
アークスから始まった戦いからこっち、ウチのメンバーたちの強さはどこまでも高まっているように思える。こうまで見事に成功すると、恐ろしくなってきた。敵に回したらこれほど厄介なものはないだろう。さすがだ。
「よし、終わりだ。帰るよ」
「それはいいけど、ここはどーすんの、ハイマス。沈める?」
それも考えたけど、やめておこう。
「いや、敵とはいえここと心中させることもない。放置でいいさ」
船から落ちた者、逃げた者にもしがみつく場所が要るだろう。海上牢獄には食糧もあるだろうし、放置だ。あとはティール侯爵なりヘイムダル侯爵なりに任せればいい。
こうして大叔父上救出作戦は終了。
ほっと一息、かな。




