角笛が鳴る 32 大公救出作戦
夜の海上へ飛び出る。出たとたん、猛烈な風を体全体に感じた。
直下には明かりに照らされた海上牢獄が見える。これだけ明るければ、狙いを定めるのに問題はなさそうだ。
俺とヴィクトリアは飛翔を開始。音もなく上空から忍び寄る。
「シント、やるんだぞ!」
「ああ!」
エーギル家の紋章が縫い付けられた帆の船は静かだ。乗っている兵士たちはまったく警戒していない。
軍船に空から近づき、魔法を放つ構え。隣ではヴィクトリアが大きく息を吸い込む。
出るか。≪シャウトメガダウン≫。
「≪ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア≫!!!」
≪ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア≫!? ≪シャアアアアアアアアアアアアア≫じゃない!?
ヴィクトリアが放つ声はありえないほどの衝撃波となり、牢獄を守る船のうち三隻をばらばらに砕く。
「≪シャウトメガダウン≫じゃないの?」
「≪ガンメタルギガインパクト≫なんだぞ」
≪ガンメタルギガインパクト≫。なんだその恐ろしい魔法。名前の意味がわからない。どんな詠唱だ?
「あいつから盗んだ魔法なんだ」
あいつって、あの白虎か。
「おっと、さすがに気づくよな」
牢獄、そして船上の兵士たちが慌ただしく動き、鐘を鳴らし始める。
静寂に包まれていたはずの夜が、一気に騒がしくなった。
「な、なんだ!?」
「おい! 船が――!」
真下に見える船の一つが真っ二つになる。
内部から発生する巨大な水の刃が見えた。
アイシアの仕業か。彼女は『穴空けちゃう~』なんて言っていたが、穴じゃなくて両断してる。
うまく潜水できたようで、なによりだ。
「負けてられないな。≪魔衝撃≫!」
「≪ファイアメガシュート≫!」
「≪発破≫!」
エーギル家の者達は、海からの襲撃には備えていただろう。だが、空からの攻撃には無防備だ。そして上に注目すればするほど、アイシアに下から攻められる。言うまでもなく、詰みだ。
「あれは……大砲か」
何隻かが俺たちに対し反撃を試みようとしている。
「シント! あっちも!」
海上牢獄では、兵士たちが倉庫から大弩を用意してきた。
攻城兵器をここで使うなんて、エーギル家はやはり油断できない。
巨大な矢を装填する大弩。海上の船からは大砲か。
「夜だし、当たらないと思うけど、好きにやらせるのは面白くない」
ヨルムリアを展開し、一本につなげ、銃形態に移行。
空中での狙撃は初めてだが、どのくらいやれるか、試す。
「≪螺旋魔弾≫!」
反動があるから、飛翔中だと少し後ろに下がってしまう。
狙いはまずまずだ。大砲の一つを破壊した。
そのまま≪螺旋魔弾≫を撃ち続ける。問題なく通用するレベルだと思う。
「ヴィクトリア、ぶっ放せ。飛び道具は俺が壊そう」
「わかったんだぞ!」
空と海中からの奇襲により、海上牢獄を囲む船のほとんどは撃沈した。
哨戒している軍船もまた慌てて近づいて来て、破壊の憂き目に遭う。
「アテナ、船は片付けた。やってくれ」
『はい。転送、開始します』
牢獄の施設前に光の円が浮かび、ウチのメンバーたちが出現。
制圧の開始だ。
「俺たちも降りよう。ヴィクトリアは先に行っててくれ。俺はアイシアを探す」
「うん!」
アイシアはどこだ?
もう施設に入ったのか?
いや、なにかが海の上にいる。っていうか海上を歩いている?
「アイシア!」
「シント~ 成功ね~」
「うん、そうなんだけど、なんで海の上歩いてんの」
「みーちゃんの力よ~」
みーちゃんっていうのは、神剣『水姫』のことだな。
「とんでもない能力だ」
水に濡れたアイシアを、月の明かりが照らしている。海の上を悠然と歩く姿はあまりにも妖艶だった。
「俺は中に入るよ。アイシアはみんなのサポートをおねがい」
「わかったわ~」
返事をするなり、滑るように向かっていく。神剣『水姫』はその力を遺憾なく発揮していた。海では無敵、と言っておこう。
牢獄施設周辺での戦いはすでに激化している。思っていたよりもだいぶ兵が多い。急がなくては。
飛翔速度を上げ、腕を前で交差し、壁を突き破って入る。
中は騒がしい。牢内の囚人たちががちゃがちゃ騒いでいるのだ。
「な、なんだおまえは!」
「くそ! 監獄長に早く伝達を!」
「もう侵入されたのかよ!」
一息で≪魔弾≫三連射。兵士たちを倒す。
かろうじて意識を失っていない兵士の首を掴んで持ち上げ、話を聞くことにした。
「大公はどこに?」
「……うっ……げほっ! は、はな――」
「大公はどこにいるのか、と聞いている」
首を絞める力を強くする。
「がはっ! あ、あっち……」
兵士は奥の方を指さした。
これで大叔父上がいるのは確定だ。
兵士の頭を壁に叩きつけ、気絶させる。
「こっちだ! 侵入者だ!」
「ちいいいい! もうかよ!」
「殺せ! 奥に行かせるな!」
ぞろぞろと追加が出てくる。
≪魔衝拳≫を発動。前面に猛ダッシュし、すれ違いざま、殴り抜ける。
ここで足踏みしている暇はない。出会ったのが運のつき。やってくる全ての兵士を倒しつつ、進んだ。
「おーい! 出してくれよぉ! あんちゃん!」
「金ならいくらでもやるぜ! いや、ムカつくやつを代わりに殺してやる! 開けてくれ!」
囚人たちが声をかけてくるも、無視。こいつらはかなりに極悪人だと聞いた。おとなしく罪を償い続けるべきだ。
奥へ奥へと走り、ふいに嫌な感じがして止まる。
「なんだ、ここ」
普通の牢獄じゃないのは、すぐにわかった。
前にも感じたことのあるものだ。
「アダマン、なのか?」
壁が明らかに変わっている。魔力を遮断するという金属、アダマンだ。
アダガンド山で見たが、これはもっとぶ厚いように思える。
「俺にとっては、かなり危険だけど」
行かない理由にはならない。遮断するとは言っても、魔法が使えなくなるわけではないだろう。
扉を開けて、体を滑り込ませる。
らせん状の階段になっており。下へ続いていた。
「なるほど、最重要人物用か」
この下に大叔父上がいればいいが。
少しずつ下り、やがて終点に到着した。開けっ放しのドアをくぐり、警戒を切らさずに中へ。
その部屋は、牢獄、とは呼べないものだ。一般家庭では見られないような豪華な家具が置いてあり、床には綺麗な絨毯。ほんとうに牢獄かと疑ってしまう。
「誰だ……?」
背後からの声。でかくて天蓋付きのベッドの脇に、ようやく大叔父上を発見する。
「大叔父上、迎えに来ましたよ」
「シントか」
彼は息を吐いて、その場に座った。
髪は乱れ、無精ひげも伸びっ放し。顔色も悪い。
「さあ、出ましょう」
「あ、ああ……」
「肩を貸します」
近づき、肩を貸す。だが、血の匂いが鼻についた。
「大叔父上、怪我を?」
「……たいしたことは、ない。それよりもおまえは移動の魔法が使えるのだろう? ここから……移動したい」
「そうしたいのはやまやまなんですけど、アダマン製の牢獄なので、上に行かないと使えないんです」
「そうか……」
階段を登り切ってしまえば、すぐに移動できる。
フラフラの大叔父上とともに、螺旋階段へ。しかしその足取りはすさまじく重い。
「シントよ……ガラルは、無事だな?」
「なんとか」
「他は?」
「話はあとにしましょう」
急かすが、なかなか進まない。階段を一つ上がるだけでも一苦労だ。
「上が、騒がしいようだ」
「ええ、ウチのメンバーたちが暴れてます。アイシアとウルスラとデューテも手を貸してくれました」
「娘たちが? ダイアナもか?」
「そりゃウチのメンバーですし」
「……いま、フランの名がなかったが」
「フランは帝都にいた時に反乱が起きたので、戻れなくなったみたいです」
「そうであったか……そういえば、おまえは行方不明になったと聞いた」
「その話は戻ってからです」
「……待て、少し休ませてくれ……」
しかたがないので、階段の踊り場で休む。
「ふう……」
「大叔父上?」
顔色がさらに悪くなっている気がする。病気なのか? それとも――
「ちょっとすいません」
「……み、見るな」
上着を脱がせてみる。見たとたん、息を呑んだ。
大叔父上の腹に包帯が巻かれ、血によって朱に染まっている。
「これは! なんで言わないんですか!」
「おまえは医者ではないのだから、言っても……意味はないだろう。なに、このくらいなんでもない。少しくらい……かっこうをつけさせろ」
「なぜこんなことに」
「……ここの監獄長は、狂っている。私を拷問し、その後、手厚く治療をするのだ。この半年間、それは続いている」
そいつ、頭おかしいんじゃないのか。
「さきほども刺され、治療してきた……だが、騒ぎが起きたことで、治療が半端だったのだろうな……ぐっ」
これはまずい。すぐに上へ行かないと。
「なあ、シント……」
「しゃべらないで。力技で運びます」
「い、いや、いい。さすがに助からんだろう」
そんなことはない。まだ間に合う。
「おまえは……ガラルを……」
「大叔父上、なにを」
「娘たちのうち、誰がよい? ダイアナか?」
「こんなときに言うことじゃないでしょう」
「いいや、いまがいい……おまえは、ガラルの大公を、継げ」
ばかな。俺は大公になどならない。
「聞け、シント。おまえは……私に似ている。私は……ガラルに生まれたにも関わらず、武の【才能】を持たなかった……」
「ええ、前に言っていましたね」
「おまえもまた、ラグナに生まれ、【才能】がない。だからこそ……【才能】の乏しい者の……痛みを知る。これからの世界は……そういった者が、頂点に立つべきだ」
意識が朦朧としているな。
「大公をやると、言ってくれ……頼む……約束を」
「約束なんて、しません」
「遺言だぞ……少しは素直にだな……」
「いいえ、遺言にはならない」
温存しておきたかったが、ここで使おう。大叔父上が死ぬと、いろいろ予定が狂う。
次元の穴に収納していた薬瓶を取り出し、蓋を開けた。
「シント……? なんだ、それは」
「薬です。すぐに治りますよ」
「やめよ。そんなもの……気休めでしかないだろう……」
「いえ、飲んでください」
大叔父上は手を使って、飲むのを防ごうとする。
ええい、めんどうだな。こういう時は――
「ふご!」
ドクターハデスがリンカさんにやった手だ。鼻をつまむと、人間は口が開く。彼は抵抗したが、もう遅い。
緑色の世界樹の薬を大叔父上の口に流し込んだ。
「ぶおほっ! がはっ! ごふうっ!」
「いいから飲んでください」
「ぐううおお! ま、まずい! まずすぎる! なんだこれはアアアア!」
大叔父上の体がびくんびくんと跳ねて、白目を剥いた。
よし、これで全部飲んだ。俺はドクターハデスを信じる。だけどすごくまずそうなので、俺は飲まないけどね。




