角笛が鳴る 30 剣神門
『剣神門』。
それは武の極致を目指す求道者が集まる聖地であるという。
ガラルのみならず、世界中から弟子入りを志願する者が訪れ、またいっぽうでは武に自信のある者が腕試しをするために門を叩く。
ガラル公国が生まれて五百年あまり。武の精髄が集中した『剣神門』の名は遠く千里を離れた地にまで轟いている――
「とまあ、そんな風に言われているいますが、僕は行ったことがないので実情まではわかりません。だいぶ誇張はされていると思います」
ガラル出身のクロードさんから説明を受け、うなずく。
正直、なんのこっちゃわからんが、すごそうだとは思う。
「武閃、という指導者がいて、まとめているそうですよ」
「それは人の名前ですか?」
「役職名ですね」
「なんとなく剣の達人がたくさんいそうだ。剣神だけに」
「最初はそうだったらしいですが、いまでは武芸全般を扱うと聞いています」
なるほど。さまざまな武技に達人が集まっているようだ。
「話をありがとうございます。さっそく迎えに行きますよ」
ヴィクトリアを回収後、さほど時間がかからずに剣神門上空へと到着した。
目的の場所は小さな山に囲まれた集落であり、特に変わった様子はない。
転送してもらい、すぐにガディスさんを迎えに行く。
今回はガディスさんの娘のミコちゃんがいっしょだ。
「おにーちゃん! はやくはやくー!」
「ちょっと待って、そんなに急いだら転ぶから」
「ころばないよーだ」
そうやって走るミコちゃんだったが、門の前に立つ男性を見て、ビクッとした。
髪を剃り、スキンヘッドにした小柄な男性が、俺たちを見つめる。
「あ、どーも。ガディス・ダーレストさんを迎えに来ました」
「……ダーレスト殿か。貴殿らは家族なのか?」
「ミコ・ダーレストです! おとーさんを迎えにきました!」
「元気な子だ。よろしい。中に入ってくれ」
ミコちゃん、可愛いな。この男性もニッコリだ。
門をくぐり、中に入ると、いままで感じたことのない奇妙な魔力が五感を刺激する。
「なんかここ……くーきがびりびりする」
「うん、さすがは剣神門だ」
「ケンシン……モン? イリアのおうち?」
「ちょっと違うね」
イリアさんの家がこんなむさ苦しい場所なわけがない。
それはともかく、ガディスさんは中央の修練場に行けば会えるとのことなので、そこへ向かった。
「あ、おとーさんだ」
ちょうどガディスさんは修行中のようだ。
姿勢を伸ばし、呼吸を整え、集中している。
向かい合っているのは、老人。なかなかの大柄で、白髪に白髭。見た目の迫力は十分だろう。
「おとーさん!」
「む、ミコか。シントも来ているな」
「ええ、大仕事です。迎えに来ました」
「すまないな」
ガディスさんはいつもどおりに見えて、違う。彼の周囲をゆらゆらと覆う魔力。なにかこう、魔法士みたいな感じだ。
「武閃、最後の試合を頼む」
「よかろう」
なにかが始まると察し、下がる。ミコちゃんも口を閉じて、父を凝視していた。
彼らは修練場の中央で構え、互いの手を甲を合わせる。
いったいなにが始まるというのか。
「破ッ!」
「フンッ!」
拳がぶつかり、衝撃が生まれる。俺はとっさにミコちゃんをかばった。
「疾ッ!」
「ハアッ!」
今度は逆の拳だ。俺の使う魔法≪衝破≫に似た攻撃だと思う。
瞬きできない。
訓練なのだろうが、とんでもない緊張感だ。
それから両者が見事な体術を披露し、打ち合う。美しく洗練された老人の戦い方には惚れ惚れするばかりだった。
やがて、二人は止まる。
試合はこれで終わりか。
「武閃、感謝する。おれはこれで帰還ということになりそうだ」
「ダーレストよ。よくも短期間でここまで仕上げたものだ」
彼らは訓練を終え、互いに一礼した。
しかしまた、ガディスさんが素手?
「こんにちわ! おじーちゃん!」
「元気な子だ。こんにちわ、ダーレストの娘よ」
老人は俺にちらりと視線を寄こしたので、会釈だけしておいた。
「ガディスさん、素手での戦闘法を?」
「そういうわけではない」
違うの?
ガディスさんはそれ以上話さず、ミコちゃんを抱き上げる。
「それではまたいずれ」
「うむ、武運を祈っておる」
静かな別れだった。しかし、背を向けたところ、呼び止められる。
「若人よ、おまえはその力を持って、なんとする?」
俺への質問らしい。いきなりだが、正直に答えるしかないだろう。
「助けたい人がいるので、そのために」
「そうか……機会あらば門を叩くといい。わしが相手をしよう」
「はい、必ず」
調子こいて返事したけど、意味はよくわからない。
改めて礼を述べ、剣神門を去る。
門を出たところで、ガディスさんが、ふっ、と笑った。
「気に入られたようだな」
「でも俺、なにもしてないんですけど」
「いや、武閃はおまえの内に眠るものを感じ、恐れた。同時に興味も持った」
そーなの?
いやでもなんかそれだと俺が魔力を垂れ流しっぱなしにしているような感じなんだけど。
「シント、さっきの話だが」
「ええ」
「おれは今回、独力でも機械兵を倒せるようになるため、ここへ来た」
「一人で機械兵を?」
「そうだ」
なんで言ってくれないのよ。
「おまえの使う≪マショウケン≫……だったか。あれがヒントになった」
ますますなんで言ってくれないのよ。
「時間ができたら付き合え。練習がしたい」
「喜んで。それと、できれば素手での戦い方を教えてほしいのですが」
「構わんが……」
ガディスさんは不思議そうだ。
「おまえの体術はラグナで習得したものではないのか?」
自分が教える必要はないだろう、と言外に示している。
「ラグナでは体術なんて二の次どころか、五の次くらいです」
「では我流か」
我流だ。いちおう子どものころにフランとかデューテに教わった気がする。というか覚えたての体術を自慢してきて、聞いてもないのに教えてくれた。あとはビダルさんかな。あの人のパンチを見様見真似でやってる。
「実戦で磨かれた実直の拳……なるほど、合点がいった」
「ガディスさん?」
一人で納得してる。
「わかった。たいしたことは教えられんが、やろう」
「ありがとうございます」
「ミコにもおしえて!」
「まだ早い」
「やだ! おしえて!」
「おまえは魔法士になると言っていただろう」
「おにーちゃんみたいになぐる」
なに?
「シント……娘をこうした責任はとってもらうぞ」
そうか。俺の責任か……って、なんでよ。
でも、【神格】神光アフラを使った体術というのは、惹かれるものがある。
光るパンチって、まぶしくて防げないだろうし、光線を拳に見立てて連打すれば、相手は穴だらけだ。
「どんな想像をしているかは知らんが、楽しそうだな」
「いえ、そんなことは」
ミコちゃんはきっと大魔法士になれる。そんな直感があるのだ。
彼女は八歳の時点で、中級の魔法を使っていた。これはラグナ本家の子どもでさえ難しいことである。加えて【神格】に選ばれた者。期待しないわけがない。
ただ、ミコちゃんには自由に生きてほしいと思う。
どんな道を選ぶかはわからないけど、俺はそれを助けるつもりだ。
だがそのためにはまず、戦争が終わっていなくてはならない。
ディジアさんとイリアさんの復活も近いだろう。
俺は必ず、やり遂げてみせる。
「それで、大仕事とはなんだ?」
尋ねられ、我に返った。
「はい、大叔父上の監禁先がわかったかもしれないので」
「そうか。たしかに大仕事だな」
いると確定したわけではないが、可能性は高いように思う。
ここで大叔父上を救出できれば、ことは一気に進む。海上牢獄にいてほしいと切に願うばかりだ。
「話は変わるが」
「はい、どうしました?」
「グランガラルでは派手にやっていたようだな」
噂がここまで届いているのか。
「おまえにかなりの数の縁談が来ていると聞いた」
なんでそこ?
「まさかとは思うが」
「いえ、結婚なんてしませんて」
「おにーちゃん、けっこんするの? やだ!」
「ミコちゃん、結婚ってなにか知ってるの?」
「しらないけど、なんかやだ」
うーん、これはなんて返したらいいんだろう。
困る俺を見て、ガディスさんは笑った。
とても楽しそうだから、文句は言わないことにした。




