角笛が鳴る 29 『それ』がいる森
ルールトアン港で得た情報により、手がかりを掴んだ。
ここまで来たら、もう直接行って調べるしかない。
マスクバロンを除くメンバー全員に加え、アイシア、ウルスラ、デューテがすでにディエンドへと乗り込んでいる。これから出発だ。
「アテナ、まずはガディスさんを回収する。ルートとしては剣神門上空に行き、その後、ルールトアン港付近から海上へ出るよ」
「はい、承知いたしました。ですがマスター」
「なにか懸念でも?」
「いいえ、ヴィクトリアはどうするのかと、いちおう聞いておきます」
ヴィクトリア? なぜ?
「ヴィクトリアはマスターがツファイエートへ向かったあと、修行相手がいなくて拗ねてしまい、山籠もりに行ったと報告しておきます」
山籠もりって、なんでそうなる。
「だから最近姿が見えなかったのか」
しまったな。これは俺のミスだ。
ヴィクトリアはどの部隊にも組み込んでいなかったから、放置になってしまったわけだ。
しかも拗ねてるって、子どもか? あ、いや、子どもなのか。まだ十六、七だし。しかしそれを言うなら俺だってまだ十八だ。しかも半年以上寝てたから、感覚的には十七歳なんだけど。
「マスター?」
「ごめん。ちょっと考えてた。場所は聞いてる?」
「はい、問題ありません」
「申し訳ないけど、ヴィクトリア、ガディスさんの回収ルートを再計算頼む」
「かしこまりました」
さて出航、というところで、誰かが俺のそでを掴んだ。
「シント……ここは……なんなのだ」
「ねえ~ なんかいろいろおかしくな~い?」
アイシアとウルスラだ。
いつもみたいに偉そうにはしてない。むしろ体を縮こませて震えているようにも見える。
「浮遊しているようにも……思うのだが」
「うん、そう。これは空を征く戦艦なんだ」
「せ、戦艦……」
「空~……うそ~……」
いつもの調子じゃないな。
ガラルの危機で、心境に変化でもあったんだろう。人は少しのきっかけでも変わるものだ。それが国の存亡ともなれば、影響はでかいはず。
「部屋はいっぱいあるから、空いているところを使うといいよ。お風呂もトイレもあるし、誰かに案内を頼んでくれ」
「そうか……」
「……」
反応がにぶいな。だいたいどこに行ってもふんぞり返っているはずだが。
様子がおかしいので聞いてみる。
「もしかして二人とも」
「な、なんだ」
「高いところが怖いのか」
アイシアとウルスラはいままで見たことのない変な顔をした。超絶美人なだけに、ギャップがすごい。
「ち……違うわよ~」
「私は、別に」
図星だ。あまりにも、意外。
よし、今度迷惑なことをしたら、空の高いところに移動させよう。
「この船は落ちないよ」
彼女たちがほっとしたところで、言う。
「たぶん、ね」
「シント!」
「脅かさないで~!」
二人はとてもすごい速さで、ブリッジから出て行った。
笑いが込み上げてくる。こんなのは小さいころを含めても初めてだ。
「マスター、少々意地が悪いのでは、と諫言しておきます。加えてディエンドはわたしがいる限り決して落ちない、と断言します」
「ごめんごめん、ちょっとからかいたくなったんだ。この船はアテナがいるかぎり落ちないよね」
「はい」
「では改めて進発だ。まずはヴィクトリアの元へ」
「戦艦ディエンド、発進」
機関部がまるで龍のようなうなりを上げ、発進した。
★★★★★★
グランガラルを離れた俺たちは、ほど近い山林の上空へと到達。
この下にヴィクトリアがいるようだが、どんな修行をしているのだろうか。
「マスター、直下に生命反応を感知しました。映像、出します」
「うん、おねがい」
司令官席に出て来た黒い立体映像を見る。でこぼこした地形と木々の輪郭が映り、そして大きな赤い点があった。
「ヴィクトリアであると、判断します」
「わかった。ちょっと行ってくるよ」
転送してもらい、地上へ。
「空気が濃いな。それに、なんだこの魔力」
肌がぴりぴりする。
とにかく急ごう。
「とったんだぞーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
耳にでっかい声が聞こえてきた。
すぐさま声がした方へ行く。
すると、ヴィクトリアが黒い塊みたいなものを天へ掲げていた。
「ヴィクトリア」
「シント?」
声をかけると、嬉しそうに黒い塊を俺の顔面の前に突き出してきた。
黒光りするソレの正体は甲虫だ。足をわさわささせ、暴れている。
つうかでかすぎだろ! なんだこの虫は!
「かぶとむしなんだぞ! こんなにでかいのは初めてなんだ!」
ああ……うん。たしかにでかいよ? たぶん、ニ十センチ以上はありそう。
修行じゃなく虫取りしてたのか……
「ドラグリアでもわたしが一番でっかいかぶとむしを捕まえたんだ。そしてここでも……」
感動している。
もう放してあげようよ。無理だよ、もう。
「ヴィクトリア、それは置いてくれ。これから大仕事だ」
「仕事? わかったんだぞ」
彼女はかぶとむしをポイッと捨てた。
それにしても恐ろしいほどにでかかった。しかもいまは秋だ。ああいった虫は普通、夏がシーズンだと思うのだが。
「修行してたって聞いたんだけど」
「してたんだぞ。まだ途中なんだぞ」
「途中?」
「たぶん、そろそろ来ると思う」
来るって、なにが?
「今日で終わらせるんだぞ」
目つきがどこまでも鋭くなる。猛獣を思わせる雰囲気だ。
ほどなくして、『それ』はやってきた。
「グゥルルルルルルルル……」
おいおい。
なんっっっじゃこりゃ。
木々の間を抜けてやってきたのは、虎だ。そして、普通の虎じゃない。
「つーかでかっ!?」
絶対におかしい。ガラルの山林には虎がよく出ると聞く。図鑑で見たサイズは尾を含めおおよそ三メートル弱という。しかしこれは、倍以上ある。
加えて、毛皮は白だ。黒線が織り成す模様と白色が混じり、神秘的ですらある。
牙はどこまでも鋭く、巨大な爪は鋼さえも裂くだろう。
「モンスター……なのか?」
頭に浮かんだ考えを即座に否定。
モンスター特有の嫌な魔力は感じない。
「シント、下がるんだ」
「いや、しかし」
「こいつとは何回もやりあってるんだぞ。そろそろケリをつけてやるんだ」
マジなの、それ。
言われたとおり下がる。
そして、ヴィクトリアと白虎が激突した。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
これは! 古の故事にある『竜虎相打』というやつでは!
ヴィクトリアは竜人だし、ドラゴンの先祖返りだという話だ。ならばやはりライバルは虎。
戦いから目が離せない。ヴィクトリアも白虎も、一歩も引かなかった。
「ハアアアアアアアアアアッ!」
「ガガッ!?」
≪ドラゴーンパンチ≫が白虎のあごを打つ。
虎はずしんと倒れた。
「やったんだぞーーーーーーーーーー!」
拳を突き上げるヴィクトリア。
これで終わりか。すごい戦いだったと思う。たぶん。
「ヴィクトリア、帰るよ」
「やった! やったんだ! シント!」
「あ、うん。そうだね」
もう無理やり連れていこう。そう、思った時、虎が起きた。もしや第二ラウンド、と身構えたが、そうではないようだ。
「くぅん……」
虎はごろんと転がり、ヴィクトリアに腹を見せた。敗北を認めたと思うには十分な行動だろう。
「よーしよし……よーしよしなんだぞ」
顔を撫でるヴィクトリア。虎が懐いている。
「シント、こいつ、飼ってもいいか?」
「……だめ。置いていきなさい」
「でも」
「でもじゃないよ。餌とかどーすんの。それにでかすぎる。無理だから」
「そんな」
「だめったら、だめ」
「こんなに可愛いのに」
「うっ」
たしかによく見ると、ネコみたいだ。しかし、サイズは巨大すぎるが。
ちょっと撫でてみよう。
「シャアアアアアアアアアアアアア!」
撫でようとしたら戦闘態勢を取られ、威嚇された。なんでぇ?
「シントは怖すぎるんだぞ」
白虎が逃げていく。
え、マジでなんで?
「せっかく勝ったのに、シントのせいで逃がしたんだぞ」
「……」
なにもかも納得がいかない。
「腹が減ったから、帰るんだぞ」
「そう……だね」
「でも……あいつと戦ったおかげで、わたしは強くなったんだ」
それは間違いないと思う。ヴィクトリアの魔力は鋭さが増していると感じた。
しかしなにかが釈然としない。
ディエンドへ戻ったあとも、俺はいったいなにを見せられたのか、という思いばかりが頭を占領した。
「竜虎相打、か。ヴィクトリアは伝説を作ったのかもな」
「マスター? いまなにか言いましたでしょうか」
「いや……なんでもない」
実はとてつもないものを見たかもしれないけど、思いにふけるのは後だ。
次はガディスさんを回収に向かう――




