角笛が鳴る 28 ようやく掴んだ
「はーっはっは! おれの勝ちだな!」
「……スタートダッシュはズルですよ、ズル」
「言い訳をするな!」
なんでキレんのよ。
「ここがヘイムダルの邸宅か」
「さして広いところではないが、まあ入るといい」
なぜか競争になってしまったが、彼の言うとおりすぐに着いた。
広くて綺麗な庭と、立派な玄関だ。
家人は少ないようにも見える。こんなご時世だからとうぜんなんだけど。
ギュスターさんはまっすぐに寝室へと向かい、ノックもせずに入った。
「親父よ! 話がある!」
「なんだ、ギュスター。騒がしいぞ」
「いいから起きろ! たいしたケガでもあるまい!」
息子は父の布団を勢いよくはいだ。
だがそこには――
「ひやあああああああああ!」
半裸の女性がいて、悲鳴を上げながら走り去る。どーなってんだ、これ。
「親父よ、息子を馬車馬の如く働かせておいて、自分は情事か」
「なにを言う。昼寝をしておったら子猫ちゃんが入りこんできただけよ」
頭を抱えそうになった。この親にして子ありだ。
ともあれ、ヘイムダル侯爵は顔立ちからしてギュスターさんに似ていた。髪も同じオレンジ色だし、まさに親子だ。ただ、頬がけっこうこけていて、元気そうではない。
「む、そちらの若者は……まさか!」
「シント・アーナズ、おれの友だ」
「はい、シント・アーナズです。ヘイムダル侯爵」
侯爵はベッドから降りて、寝間着の襟を正し、一礼をする。
「我が名はセドリック・ヘイムダル。お孫様、会えて嬉しいぞ」
「親父、あいさつはいい。それよりも海上牢獄というものを知っているのか?」
「……息子よ、なぜそれを聞く」
「あるのだな?」
侯爵は顔をしかめ、ベッドに座り直した。
「なぜおれには教えなかった」
「あれの存在は、大公とヘイムダル家の一部、そしてエーギル家のごく少数しか知らぬ場所よ」
「それぞれの当主しか知らない、闇の牢獄というわけですか」
よほど危険な犯罪者がいると見える。
「侯爵、もしも場所をご存知なら、教えてほしい」
「お孫様、なぜそのようなことを」
「大叔父上……オフトフェウス大公がそこにいるかもしれないからです」
「なっ……!?」
「なんだと!」
二人は跳び上がった。
「親父! すぐに教えろ!」
「待て待て! そんな馬鹿な!」
「可能性としては高くないかもしれませんが、行ってみる価値はある」
ていうかそこにいないなら、もうお手上げなのだ。
刑務所は数あれど、手の届く範囲ならすでにギュスターさんが調べていると思う。公国外にいるならもう諦めるしかないわけで。
「大公さまがあそこに……?」
「はい。ペイリースで完全に消息を絶ったのは、船で連行されたのだという可能性を示唆しています」
「船に閉じ込めておけば、たしかに目撃情報は出ない……」
「エルマン運河からの移動先は限られる。それで海上牢獄ではないかと」
「くそっ! こんな簡単なことを見落とすとは!」
ギュスターさんが地団太を踏んだ。
「お孫様はなぜ海上牢獄のことを知っておられるのか」
「知っていたわけでは。身内に元工作員がいて、噂で聞いたことがあったそうです。その話を聞き、ここへ」
「そういうことか。わかった。場所を教えよう。だが」
侯爵の話の続きを聞き、驚いた。
海上牢獄は、移動できるのだという。信じられないことだ。
「てっきり島かと」
「いや、そうではないのだ。自在に動く牢獄といっていい」
つまりは海に浮いていると。ガラルってほんとやばいな。
「すでに移動しているかもしれないのか」
「周囲はなにもないところだ。捜索は困難を極めるだろう」
いや、問題ない。空から探す。
「ありがとうございます、侯爵。ちょっと行ってきますね」
「お待ちあれ、お孫様」
「どうしました?」
「あなたの噂はすでに聞いておる。公女殿下方を救い、一昨日には剣神闘技。派手にやっているようだ」
そんな派手だった?
「若年にして恐ろしい武をお持ちだと聞いた。加えて、すでに多方面で活躍していると」
いつの間にそんな話に。
「単刀直入に聞く。ガラルを導くおつもりか?」
「まさか。俺はシント・アーナズです。ガラルでもなければラグナでもない。冒険者として仕事をしただけです」
「冒険者、か」
「あとは……まあ、そうですね。母さんの故郷だからなんとなく」
「アンナ様……懐かしい。口説いたが、振り向いてはもらえなかったな」
そーなの!? 親のそういう話はちょっと聞きたくない気もする。
ヘイムダル侯爵は俺を見て、ふっと笑い寝間着を勢いよく脱衣した。
傷だらけの肉体があらわになる。
よく鍛えられていて、中年の体とは思えない。
「ギュスターよ、おまえはお孫様についてゆけ。私もそろそろ、働かねばならん時が来たようだ」
「おれはもとよりそのつもりだ」
「ガラルはもう終わりかと思ったが……そうではないな」
「いまさらやる気になったか、親父」
なんだかよくわからんが、うまく進んだってことでいいのかな。
「侯爵、それにギュスターさん、ティール侯爵と協議し、準備を。作戦の詳細についてはウチのアルハザード卿から聞いてください」
「いいだろう。それでいいな? 親父」
「そうしよう」
よし、次行ってみよう。
★★★★★★
まずは剣神闘技場に戻り、ディエンドで待機しているメンバーへざっと事情を話す。グレイメンさんが事前に説明をしてくれていたおかげで、スムーズに動けそうだ。
大叔父上の捜索はもっとも重要な仕事だから全員で行くのがいいだろう。
少し時間を食ってしまったが、グランガラルからペイリースへ飛び、そこからは全開で行く。
飛翔の魔法を用い、東沿岸部へと急ぐ。
十分も飛んでいると、かなり小さな港が見えた。
ここがルールトアン港。ペイリースという大都市から最寄りの港にしては小さすぎる。違和感を覚えるな。
「これならラナもすぐに見つけられそうだけど」
海に向かって伸びる桟橋がいくつもある。
空から見ていると、懸命に腕を振る女の子がいた。
「ラナ」
「シント! 早かったね!」
「君こそ」
別れてからせいぜい一時間か二時間。猛ダッシュしたようだ。
「様子はどう?」
「ほとんど人がいないみたい。けっこう寂れてるね」
上から見た時、停泊している船もなかった。ここはあまり使われていないのだと思う。
「桟橋におじいちゃんがいて釣りしてるっぽい。話を聞こうと思ったら、シントが来たのー」
「じゃあいっしょに聞いてみようか」
ラナが見たおじいちゃんは、まだ桟橋にいて、釣りをしているようだった。
明るくあいさつをし、話を聞いてみる。
「ここはのー、取り壊される予定じゃった。もう数家族しか住んでおらんのよ」
もう少し南のちょっとした半島の港にペイリース行きの貨物を積んだ船が集中したことで、ここは廃れてしまったのだという。
「ここから船が出ませんでした? 半年以内の話で」
「半年? ああ、憶えとるよ。なにやらご立派な服を着た方が船に乗ったのう。やけに急いでおったし、妙じゃったから記憶に残っとる。物騒な雰囲気じゃったから怖くてのー、隠れて見ていたのよ」
「シント、これって」
「ああ」
顔を見合わせ、うなずき合う。
「それはいつの話ですか?」
「反乱が始まったすぐあとだったのう」
もう決まりな気がする。
「おじいさん、ありがとうございます。お礼は必ず」
「よいよい、気にせんでええよ」
礼を言ってすぐさま帰還。アテナに出航準備を告げ、またしてもティール侯爵の元へと走る。
今日は駆けてばっかりだ。落ち着いたらさすがに休もう。
「ティール侯爵」
「公子、まったく貴殿は忙しないことこの上ないぞ」
「おお、また会ったな。一時間半ぶりか、シント・アーナズ」
「いまから調査に行くのだな?」
ティール、ヘイムダル両侯爵に加え、ギュスターさんとマスクバロンがいる。
「それにして驚いたぞ。いまアルハザード卿から策を聞いていたのだが」
「それはあとで。やはり大叔父上は海上牢獄にいそうです」
「……!」
「シント・アーナズ、なにを掴んだ」
「ルールトアン港で目撃情報が得られました。行ってきます」
「も、もう? お孫様、いったいなにを……」
「親父、シント・アーナズには常識が通用せん。こんなので驚いていては、心臓がもたんぞ」
悠長に話している暇はない。ここへは一言いいに来ただけだ。
「マスクバロン、少しの間、ここをおねがいします」
「ああ、承った。君も気を付けてくれたまえ」
これでいい、と振り向いた時、俺が空けたドアの先にあの子たちがいた。
「アイシア、ウルスラ、デューテまで。どうしたの?」
「……」
「……」
「姉さまたち、顔を合わせるのが恥ずくて、声が出ないみたい」
「も~ なんで言っちゃうのよ~」
「デューテ、口を閉じておけ」
ウルスラが咳ばらいをして、居住まいを正した。
「父上を救いに行くのか?」
「ああ、そのつもり」
「わたしたちも~ 連れて行って~」
「うん、いっしょに行く」
「父上には言いたいことが山ほどあるからな」
それは俺もだ。
「わかった。ついて来てくれ」
戦力はいくらあってもいい。
「大叔父上救出作戦といこうか」
もう止まっている理由はない。すぐに向かう――




