角笛が鳴る 26 マスクバロンの話
ガラル公国に来てからというもの、予想外の事態ばかり起こっている。
大叔父上の行方不明から始まり、神の子にまつわる話だったり、不満をつのらせた人々との試合であったりと、中々にハードだ。
あっという間に合流の日となったわけだが、財務どころかいまやほぼ全ての内務を取り仕切るシャンダール伯が呼んでいるとのことで、ペイリースへ行く前に会っておこうと思う。
彼の仕事場である総務部に行くと、まず見えたのはミューズさんをはじめとするウチの事務方だった。
コーヒーやお茶が置いてあるテーブルに、みんな顔を突っ伏して、仕事が始まる前から疲れ切っている。
時間的に言えばこれから仕事のはずなのに、もはや丸一日働いたあとみたいな惨状だ。
「ミューズさん、これはいったい」
「ああ、シント。おはよう」
「ええ、おはようございます」
ミューズさんは普通のようだが。
「うう……鬼ニャ。行きたくないニャ―」
「もう怒られたくないです……もうダメです」
「ここどこぉ? あれぇ? 仕事場だ……」
「……」
「小説のネタにもできませぇん……」
メリアムさんでさえ、かなりやられている。
「ずいぶんとまあ、疲れてますね」
「まあね。さすがにハードだわ」
「ミューズさんは元気そうだ」
「わたしだって疲れてるわよ。国家を経営するのって、ほんと大変なんだってわかったわ」
規模がでかすぎる。俺などには想像もできないことだ。
「でも、こんな体験は二度とできないと思うし、勉強になるわ。それよりもシントこそどうしたの?」
「シャンダール伯が話をしたいとのことだったので」
「そうだったのね」
ミューズさんは立ち上がり、手を二度叩いた。
「さ、行くわよ」
誰も動かない。
「わたしたちは戦えないんだから、体を張ってるメンバーたちに申し訳ないでしょ。今やらなくていつやるのよ。シャンダール伯も期待してるんだから、応えましょう」
ミューズさんの喝により、みんながまるでゴーストのように緩慢な動きでオフィスに向かっていった。
応援しかできないのがつらいところだが、あとでなにか美味しいものでも差し入れしよう。
それからシャンダール伯がいる室長用の部屋に入る。
彼は書類を置き、ニコリと笑った。
「わざわざ来ていただき、申し訳ございません」
「構いませんよ。それで、話とは?」
「一昨日の興業の件、お礼をと思いましてな」
「あれは俺が企画したものではないのですが」
突発的に始まった剣神闘技は、ティール侯爵がやったことだ。
「そう謙遜なさいますな。あれでだいぶ風向きが変わったと感じまする」
たしかに観客は大喜びだった。
「様子を見ていた貴族や一般の人々からも協力を惜しまないという者が増えました。感謝しますよ」
「そうだったのですね」
「して、大公さまの捜索はいかがか?」
こっちが本題だな。
「いものところはまだなにもありませんが、これから俺もペイリースへ行くので、戻ったあとはなにかしらの報告ができると思いますよ」
「そうですか……ところで」
「ええ」
「あなたさまはいま、独身でいらっしゃる」
うん?
そうだけど。
「私の孫娘などは……まだ婚約も決まっておりませんで、シントさま、いかがか」
まさかシャンダール伯からこんな話が来るとは。
「すみませんが、いまはそのようなことを考えている余裕がありません」
「良き縁談だと思うのですがな」
どこが!?
「我が孫娘も八つ。そろそろ――」
「八歳!?」
早すぎるでしょうが。
「そう驚くことでもありますまいに」
「だめですよ。それに俺は誰とも結婚するつもりはありませんし」
「誰とも……ですか。ふむ、なにやら事情がある様子」
いやなんの事情もねえけど。
しかしまた、シャンダール伯のようなお堅い人でも、こんな話をするのかと驚いた。
「ところで、ウチのメンバーはうまくやっているでしょうか」
「ええ、問題なく。特にレディ・アンテルはなかなかの逸材だ。私の秘書に雇いたいほどですな」
それはギルドマスターとして鼻が高い。
「レディ・ラングフォードもまた多くのことをそつなくこなし、すぐに戦力となりましたからな。ミズ・アフラムも同様に高水準ですし、なによりまるで戦士のような迫力があり官僚たちを従えております」
あー……メリアムさんは『血女』という異名を持つ凄腕だったしなあ……
「サーヤ嬢は計算が早く、マーカ嬢は確認を怠らないためミスがない。アンヘル嬢は他者との関係構築が巧みで連携をよく取れる。おおいに助かっているところです」
シャンダール伯は満足そうだ。
「それはなによりです」
他にも南部の状況などを語り、話が終わったところで伯のところから辞する。
一度ディエンドへ戻ったところ、マスクバロンが急いだ様子でやってきた。
またしても問題? と身構えたが、そうではないようだ。
「内偵を進めていた内通者の件だ」
「!」
重要な情報だと思う。もちろん聞こう。
「アジトを突き止めて、内通者のリストも作成した。確認してほしいのだが」
マスクバロンは魔法らしき力を発動し、どこからか紙を持ってくる。
記された名前は十数人にものぼった。
「知ってる名前はないな。安心した」
「泳がす、と言っていたが、どうするね」
「これで全員ですか?」
「宮殿内の内通者はこれで全てだよ。外まではまだカバーしていない。それもやるか?」
「いえ、必要ありません。マスクバロン、これを持ってティール侯爵とギュスターさんに連絡を。この人たちにあえてガラルの陸軍がダルメシアン港の攻略に向けて、準備をしているとの噂を流してほしい」
「ほう? 新しい作戦ということか」
大叔父上はまだ見つかっていないが、マスクバロンがもたらした情報により、前倒しが可能だ。
「これはいい情報ですよ。おかげで少し予定を早められる」
「よければ私に君の頭の中の一端を教えてほしいものだが」
気になるようだ。なので少し話す。
「……驚いたな。そこまで考えていたのか」
「反対ですか?」
「まさか。最高だよ、君は」
くっくっく、とマスクバロンは笑った。
「いつから考えていた?」
「最初から。ですが、ガラルの状況もわからない状態では、話す意味がなかった」
「ああ、それはそうだろう。しかしたしかに極めて有効な一手だ。かかる時間は多そうだが」
「そこは急いでもらいますよ。ホーライの高速船ならそう長くはかからないでしょう」
「いいだろう。またもや楽しくなってきた。ならば私からも提案だ。こういうのはどうだろうか」
と、今度はマスクバロンから策を話される。
「面白い。それで行きましょう。さし当たって、誰の名前がいいと思いますか?」
「君の名前でいいのではないか?」
俺の名前、か。
「これは疑心暗鬼を植え付けることこそが目的だ。ぽっと出の『お孫様』なら都合が良いと思うが?」
「ぽっと出は余計です。そのとおりですけど」
マスクバロンの一手は、成功すればエーギル家の行動をかぎりなく遅らせることができる。やって損などない。
「ペイリースへは俺が行きますので、あなたはそれを進めてください。ただ、ダルメシアン港へ潜入するのは危険ですし、十分に気をつけて」
「もちろんだよ。君こそ、十分に気をつけてくれたまえ」
さあ、動き出そう、とする前に――
「そういえばマスクバロン、この前、饗主に会いましたよ」
「なに?」
彼は一度だけ見たことがあるというようなことを言っていた。
「どういうことだ」
神の子の件をみんなに伝えた時、ちょうどマスクバロンはいなかった。
その後も話す暇がなかったので、いま伝える。
「いろいろあって、遭遇しました」
「……そうか」
「外導神の力なんて関係ないくらいに、恐ろしい人物でしたね」
「君がそこまで言うか」
「マスクバロン、改めて言いますが……外導神の力はもう諦めたほうがいい」
「それはできないよ」
「まったく、あなたは言っても聞きませんね」
「それが私のいいところさ」
彼はニコリと笑って、飛び去った。
「マスクバロン、俺は……あなたを見ていますからね」
俺もマスクバロンもアレスティアスさんも、外導神に向かって進んでいる。
理由は様々だけど、どこかでぶつかるのは必至だ。
もしもマスクバロンが最後の最後まで外導神の力を求めるのなら、きっと俺は――




