角笛が鳴る 22 怒りの侯爵閣下
「ダメオン侯爵が呼んでいるですって?」
明くる日、朝食を摂り終えた直後にマスクバロンから呼ばれる。
「ちょっと困ったことになっている」
「戦で苦戦を?」
「そうではないよ。来客を扱いかねて、君に助けてほしいそうだ」
来客って誰だ。
「バラメシアン子爵と名乗る貴族の男性だね。南部貴族の一員で、盟主サザーレッド侯爵の使いなのだそうだ」
なんの用かはすぐにわかる。兵を貸せというのだろう。
予想できていたことではあるが、遅すぎる。もっと早いかと思ったが。
「南部の状況に変わりは?」
「大きな動きはないが、饗団軍は逃亡者が相次いでいる。やつらの敗北はかぎりなく濃厚だろう」
「天至と機械兵はどうです?」
「君の読み通り、いないようだ。やはりガラル、ラグナ、北部に集中していると見えるな」
だったら、負けはすまい。
「一方で南部貴族連合軍はもうボロボロだ。彼らは歩兵八千を置き去りにし、騎兵だけ逃げた。その騎兵五千もいくつかに分散してデオバルト市へ向かったが、門は閉ざされ、入れない。無茶な侵入をしようとして、街人に反撃を受けた」
愚かな連中だと思う。
「やつらはデオバルトを諦めて、いったんはどこかに消えた。盟主サザーレッド侯爵率いるおよそ千騎ほどが近辺に潜伏しているはずだが、それももはや終わりだな。貴族狩りに遭うだろう」
「貴族狩り?」
「饗団は貴族の首を持ってきた者に、地位と金を与えると宣伝している。なかなかに良い手だと思うがね」
それで追い詰められた南部貴族連合軍は、ついにダメオン侯爵へ助けを求めに来た。
「しかたありませんね。行きます」
「本陣の場所はラーニセス町の近郊だ。行けばすぐにわかるだろう」
「ありがとうございます。すぐに戻りますので」
マスクバロンと別れ、≪空間ノ跳躍≫。
ラーニセス町はフォールンの南にあり、一度だけ行ったことがある。
問題なく到着。どこにでもあるような普通の街並みが目に入る。
さっそくダメオン侯爵軍がキャンプを張る地に行き、マスクバロン二号に出迎えられた。
さっき別れたばかりだが、また会う。この奇妙な感覚には慣れない。
「もう来たか。ダメオン侯爵が待っているよ」
「ええ」
一番大きなテントに入った。
そこには汗を拭くダメオン侯爵と、見た覚えのない顔の人物が一人いる。
ピカピカの鎧に、整えられたヒゲ。俺を見て、わずかに顔をしかめた。
「ダメオン侯爵」
「おお、来てくれたか、アーナズ君」
「侯爵、この者がいったいなんだと?」
バラメシアン子爵とやらは、いきなり割り込んできた。
足を組み、ふんぞりかえってこちらを見ている。態度は大きい。
「シント・アーナズです。あなたは?」
「アーナズ? そのような家は聞いたことがない」
のっけからこれか。
「ダメオン侯爵、どうしたのですか?」
「いやなに、どうしたものかと思ってな」
どうしたもなにも、答えは決まっているはずだ。
「もう一度聞きます。あなたは誰で、何の用でここへ来たのですか?」
「ふん……侯爵、この者は一般兵だろう。この場にふさわしい者とは思えませんな」
俺ではなく、侯爵に話しかける。
「ふさわしいというか、なんというか」
さすがはダメオン侯爵だ。なにひとつ言質を取らせない曖昧な返事だと思う。
「名乗る気がないなら、話は終わりだ。さっさと帰ってほしい」
「なにぃ?」
にらみつけてくる。
「私はバラメシアン家の当主だぞ。なんたる口の利き方だ。無礼者め」
「無礼でけっこう。それで、用事はなんですか」
「だからなぜ貴様のような者と話さねばならぬのか、意味がわからんのだがな」
「子爵、彼はこの軍の行動を決定している者だ。話すのなら、彼がいい」
「なんですと?」
ダメオン侯爵はかなり面倒そうだ。気持ちはわかるけど、俺にぶん投げるのはやめてほしいところ。
とはいえ、このバラメシアン子爵とやらが使者としては極めて不適格な者であるとわかった。
「貴様は秘書かなにかか?」
「どうとでも捉えてもらっていいですよ。それで?」
「……我らは近いうちに饗団へ逆撃を行うつもりだ。協力してもらいたい」
「どのような?」
「兵を二万ばかり貸してほしいのだよ」
二万か。ここの軍の半分ほどだな。
「見返りは?」
「見返り? 帝国の勝利以外になにを求めるのだ」
「作戦は?」
「作戦だと? 盟主サザーレッド侯爵がお考えになっている。貴様が知ることではない」
いや、作戦なんてなにもないだろう。
「話になりませんね。交渉とは利益の交換です。あなたが言っていることはただの強要だ。我らが南部貴族に協力しても、なにひとつメリットがない」
「馬鹿な。メリットだと?」
「あるなら教えてほしいのですが」
「帝国の臣民ならば、戦うのは当たり前だろう」
「論点がずれてます。この軍があなた方に協力するメリットはあるのか、と聞いているのですよ」
バラメシアン子爵は机を叩き、目を血走らせる。
「侯爵! この者、無礼が過ぎる!」
「まあまあ、子爵。それよりも、私もメリットについて聞きたいのだがね」
「我らに率いられて戦うのだ。栄光に輝ける勝利以外になにがある」
サザーレッド侯爵とやらは頭がイカレているのか? こんな男を使者にするなんてどうかしてる。
いや、待てよ。もしかして、こいつの独断なんじゃないの?
南部貴族連合軍はバラバラに分かれて逃げたというし、ちょっと聞いてみよう。
「そういえば、いまはどこに本陣を?」
「……なぜ聞くのだ」
「拠点がわからなければ、合流もなにもない」
「デオバルト市だ」
「デオバルト市はいま封鎖されてますよ。あなたたちは締め出されたはず」
「なっ……なぜ、知っているのだ」
「で、拠点は?」
「……」
ああ、やっぱりそうなのか。知らないってことは、こいつは置き去りにされたか、はぐれたのだな。そしてたまたまダメオン侯爵が近くにいることを知って、やって来た。
「兵は貸せませんね。ウチだって台所事情は苦しいし、なによりあなた方に預けたのでは、全滅するのがオチだ。メリットも提示できないし、戦略的にも有利になることがない。それとも、わざわざ各個撃破されろと?」
「き……貴様! 我らは帝国軍を率いる者だぞ! 愚弄する気か!」
「実績がなさすぎる。あなたたちは負けることしかしてない」
「半年にも渡って戦い続けた我らに対しなんという……!」
「半年にも渡って戦い続けられたのは、民に無茶な徴収を行ったからだ。すでに裏も取ってある。あなたたちと手を組む理由はない」
はっきり言い放つと、子爵はぶるぶる震えはじめた。
「侯爵! このどこの馬の骨とも知れぬ無礼者、手打ちにして構いませんな?」
立ち上がり、剣に手をかける。やる気なのか。ますます度し難い。
「いい加減にせよ! この愚か者が!」
うおお、びっくりした。ダメオン侯爵がめちゃくちゃ怒っている。
「さっきから聞いておればなんという態度か! 馬鹿貴族め!」
「なにっ!?」
「貴公のような者を使者として寄こすとは……サザーレッド侯爵とやらはそうとうな愚か者よな。いいか? アーナズ君はモンスターウォーズでは若年ながらも総司令官を務めた者なのだ。ガラルとラグナの嫡子でもある。んなぁにがどこの馬の骨とも、だ! 本来、貴公など口を利ける存在ではないのだぞ!」
「は……? 総司令官……だと? し、しかもラグナとガラルの……」
子爵は強気が急に萎んだ。
「バラメシアン子爵、帰って盟主に伝えよ。このリバズ・ダメオンは南部貴族連合軍とともに戦うことはない。愚かな使者にいたく立腹し、相まみえることがあれば敵としてみなす、とな」
「そんな! お、お待ちあれ!」
子爵はダメオン侯爵の喝によってものの見事に慌て、すがろうとする。
「マクシミリアン!」
「はい! 父上!」
マクシミリアン君、いたの?
「この痴れ者を放り出せ! 二度と私に近づけさせぬよう、周知を徹底せよ!」
「かしこまりました!」
マクシミリアン君はきびきびとした動作で動き、子爵の首根っこを掴む。
そして兵士を呼び、連行していった。
バラメシアン子爵がいなくなり、静かになる。
俺はなにも言えない。マジでびっくりした。
「……まったく、あの無礼者め。あれで使者とはな」
そう言いながら、俺に視線を送ってくる。なんとなく気まずい。
「まあ、その、なんだ。少々、激してしまった」
「いえ、俺のために怒ってくれて嬉しいですよ」
「そ、そういうわけではない。ただ、あれは見過ごせなかっただけよ」
侯爵は顔を赤らめている。これには苦笑いをするしかなかった。
「いまさらですが、こちらの状況はどうですか?」
「ガランギール殿率いる混成軍がすでに進発している。もう勝っているかもしれんな」
ダメオン侯爵の元に集まった者達の人種はそれぞれだ。人種族ではない人々は、ガランギールさんに従っている。
「私もこのあと、出立する予定だ。君のほうはどうかね」
「いろいろありました。いまは大叔父上の捜索に取り掛かっているところです」
「捜索……?」
「ええ、オフトフェウス大公は行方不明になっていて」
「な……なぬぅっ!」
「近いうちにまた会いましょう。≪空間ノ跳躍≫」
「ちょっ――」
戦艦ディエンドの戻る。急いだのは、なんとなく恥ずかしかったからだ。
まさかダメオン侯爵があんな風に怒るなんて思わなかった。
「ふう……」
気恥ずかしさを残したまま、艦の外に出る。
するとまたしてもマスクバロンが飛んできた。
「シント少年、問題が発生した」
またぁ?
今日はいったいなんなんだ。




