角笛が鳴る 20 朗報
アレスティアスさんは呆れた目を俺を見つめた。
「僕を説得だって? なにを言っているんだ」
「外導神の力はだめだ。解き放ってはいけない。あなたは父さんの友人だ。放置はできません」
「ジークはわかってくれたよ。全部は話してないけどね」
父さんは饗団の一員だった。今わの際に言っていた『帝国もラグナも滅びるべきだ』というものが、アレスティアスさんの思想とも関係あるはず。
「……でも、そうか。墓はまだあるんだね」
「ええ、掃除もしておきました」
「はっ! 君のそのいけしゃあしゃあとした態度がますます気に入らない!」
アレスティアスさんは力を抜いた。
魔力はしぼみ、戦闘態勢を解く。
「白けたな……それに、時間切れだ。帰るよ」
「待ってください! まだ話は終わっていません!」
「いいや、もう終わった」
いま気づいたんだけど、彼の額には大量の汗が浮かんでいる。
時間切れ、という言葉も引っかかった。
「僕は神になる。分かたれた外導神は全て手に入れる。君の話が本当だとしても、まだ残り二つはあるわけだしね」
アレスティアスさんは額を押さえて苦しそうだ。
「はあ……まったく不自由なことだ。じゃあね」
「ここで逃がすわけがない」
「大人が終わりと言ったら、それで終わりなんだよ」
黒い影が取り巻き、彼は姿を消した。
一瞬の出来事だ。魔法ではなく、外導神の力と見ていいだろう。
『シント、一つだけ教えるよ。聖母は僕の母じゃない。妻なのさ』
「え……?」
アレスティアスさんの気配は、声だけを残して、完全に消えた。
そのまましばらくは立ち尽くすことしかできない。
考えることが多すぎる。
「……ってそんな場合じゃない。外に行かないと」
カサンドラたちが先に出ているはずだ。三人がモンスターごときにやられるとは思えないけど、急がなくては。
「カサンドラ! リーア! アミール!」
走って外に出て、見る。
三個の肉塊と、そのそばで荒く呼吸を繰り返すカサンドラとリーア。アミールはカバンから包帯を出して、応急処置に当たっているようだ。
「三人とも、無事か」
「シント……あんたも無事だったようだね」
「待った。リーア、怪我を?」
リーアは怪我をしている。
「傷の具合は?」
「傷は浅いと思います。いちおう毒消しも塗っておきました」
アミールはさすがだ。
「こんなのかすり傷だって。それよりもハイマス、どういうことか教えてよ」
「それは……あたしも聞きたいさね。あのやたらとキラキラした男が饗主だって?」
「わかった。俺も少し考えたいし、一度中に入ろう」
饗団がここへ戻って来ることもないだろう。
アレスティアスさんは、すでに外導神の力を手に入れている。
「って、なにこれぇ!」
「すごいことになっていますね」
魔法をぶっ放された室内は、足の踏み場もないくらいに荒れていた。
「ごめん、ちょっと激しかったから」
「いや、あんなのが相手じゃさ」
カサンドラは同情してくれた。
とりあえず破壊されていない椅子を引っ張り出し、座る。
アレスティアスさんとの話をかいつまんで話す。ついでに初めて出会った時のこともだ。
三人は言葉を失い、頭を抱えていた。
「嘘でしょ……【才能】が五つって」
「そんなの、人間じゃないですよ」
「だから……神の子。はあ……恐ろしすぎるさ」
「無理もないよ。俺だって、いまでも冗談なんじゃないかって思うし」
「違うよ。恐ろしいのはあんたさ。なんでそんなの相手にして生きているのか、そっちが信じられないねえ」
そうかな。
アレスティアスさんは全力じゃなかったし、俺も同じく全力ではない。小手調べみたいなものだ。
「ハイマス、アレも倒すの?」
「そうだね」
「でも、やっばい魔法の【才能】に不老不死でしょ? 勝てるとは思えないんだけど」
リーアはいつもはっきり言う。
「勝てないなら負けないようにするしかないな」
「さすがです! シントさん!」
魔法戦で負けるつもりはさらさらない。それに、不老不死とは言っても、日常での話だ。殺せないと決まったわけでもない。
「神の子に聖母、剣神教団……奇妙な旅人は、アレスティアスさんだった。彼はそれを否定しなかったし、書宝館を探してもいた。場所を知っていたとしても、いままでは入れなかったんじゃないかな」
「急にどうしたんだい?」
「まだいろいろとわからないことがあってさ」
ここが封印されていたのは想像に難くない。おおよそ六百年経っていても、読めるレベルで本が保管されていた。誰もここへ入れなかった証だ。
死んだ剣大神官は、開ける方法を知っていた?
そう考えるのが自然かな。
「しっかし、こんなタイミングよくばったり出くわすなんて、ハイマスってどんだけ不運なわけ?」
「それについてはいい訳できないけど、でも、少し違うかも」
「どういうことだい?」
「アレスティアスさんの言葉の中に、僕のいない一か月の間、っていうのがあったんだ。あの人はここに一か月くらい籠ってたと思うよ」
「一か月も……なんのためにでしょうか」
そこらへんの事情については想像するしかない。
力を取り込むのに時間がかかったのか、門を開けるのに手間取ったのか。どちらかだと思う。
一か月もここにいたのなら、俺たちだけに限らず、誰かがここへ来て鉢合わせとなってもおかしくない。
「なんにせよ、これは良いことだ」
「いやいや……ぜんっぜん良くないけど」
「シント、あんた、頭でも打ったのかい?」
なんてひどいこと言うんだ。
「外導神はまだ復活できていない。時間があるってことだ」
すっきりした。俺たちの知らぬ間に実は外導神が復活していたというパターンがもっとも最悪なものだったのだが、それがないとわかっただけでかなりの朗報だ。
「だけど、失敗したこともある」
「それは……なんでしょうか?」
「大叔父上のことを聞きたかったんだけど、そんな余裕はなかったな」
「そういえばそうよね。でもまあ、しかたないわよ。わたしたち、殺されかかったんだもん」
「そうは言うけど、三人とも見事だったね。また腕を上げたみたいだ」
「あれくらいはやるさ」
「そう簡単には負けないわよ。なんせミスリル級なんだから」
「うん?」
「リーア、自分から言うもんじゃないさ」
「だってさ、ハイマスが戻ってきたから忙しすぎて、わたしら報告できてないじゃん」
「シントさん、姉さんはヒヒイロカネ級冒険者になったんですよ」
「え、マジ?」
「……まあね。でもそんなの、自慢にならないよ。あんたなんてブラックプレートだろ?」
ああ、あれか。
「はあ? ハイマス……それほんとなの? ブラックプレートって、伝説じゃん」
「なんかそうみたい」
「反応薄っ!?」
「そういうところが、やっぱり僕たちのシントさんですよ」
アミールは嬉しそう。
「僕も早く冒険者になりたいです」
「焦ることはないさ。いろんな可能性を探したほうがいいんだ」
「姉さんみたいになりたいんだよ」
「シントみたいに、じゃないのかい?」
「シントさんは唯一無二だよ。女神さまたちを妹か娘みたいに扱えるのはシントさんだけだから」
「それはそうよねー、でも……また会いたいわ」
「ああ、そうさ。そのために戦っているんだからねえ」
三人が俺を見る。
「ありがとう、三人とも。ディジアさんとイリアさんも、きっとみんなに会いたがっているはずだ」
神の子の子孫を探しに来ただけなのに、とんでもないことになってしまった。
アレスティアスさんがどうして饗団の長になり、人類を滅ぼそうとしているのかはまだわからない。
だけど、最後に彼が教えてくれたことは、どうしたって気になる。
聖母は神の子の母ではなく妻。
たしかに俺は他人の過去にずけずけと入り込んだことにはなるんだけど。
「いや、いまはよそう。再び戦うことになるのなら、俺は――」
負けてなるものか。
「帰ろう」
「ああ、そうさね」
「まずは宿に戻りましょ」
こうして俺たちはまた一つの戦いを終え、帰還したのだった。




