角笛が鳴る 19 神の如き業
「≪魔流星≫」
今度は大量の魔力弾が襲いかかってくる。
大衝撃波の次は、綺羅星の如き魔力弾。無属性魔法の最上級に相応しいものだ。
俺めがけて打ち込まれるものを全て避ける。
書宝館内はむごたらしく破壊されているが、構っている暇はない、
「これも避けるのか。気に食わないな」
お次は魔力の球だ。大きさは成人男性の頭部くらいか。
危険すぎる匂い。≪魔弾≫を連射し、撃ち落とす。
「ぐっ!」
弾は炸裂し、室内の物体を吹き飛ばした。旋風が巻き起こり、本や棚が渦を作る。
「お返し! ≪魔衝撃≫!」
「≪魔牙槍≫」
まるで巨大な槍だ。魔力でできた杭が、俺の≪魔衝撃≫の中心を貫く。
だけどこれは目くらましにすぎない。
「≪魔弾≫!」
即座に三連射。防御が間に合うタイミングではない。
「無駄さ」
彼は避けない。三発の魔力弾はアレスティアスさんに当たった、かに見えた。
「なんだいまの」
≪魔弾≫は彼に触れた瞬間、別の方向に飛んでいったのだ。
障壁は発生していない。どういうことだ。
「≪魔流星≫」
迫りくる大量の弾をかわしてかわしてかわしまくる。
「なんなんだ、この違和感は」
さきほどの防御だけが異様すぎて、頭から離れない。
それに、アレスティアスさんは【才能】を見抜く【才能】を持っているのだとばかり思っていた。
しかし実際は魔法の使い手であり、【螺旋念砕】と自分でも言っている。
「くそっ! いまはそんなこと! ≪衝破≫」
魔力弾をかき消し、柱の陰へ移動。そこで急停止し、床に降りる。
「物陰に隠れるのか。小賢しいよ、シント」
アレスティアスさんは棚や柱ごと俺を潰し気なんだろうが、そうはさせない。
狙うのは一瞬。彼が魔法を発動させるまでの、ほんの短い隙間を突く。
≪飛衝≫でのブースト。棚の横に飛び出し、体を横倒しにしながらの――
「≪螺旋魔弾≫」
「!?」
アレスティアスさんは貫通力を高めた魔力弾を手で振り払おうとする。
鮮血が宙を舞った。
彼の左の手のひらには、穴が空いている。
「いまのはさすがに計算できないか」
しげしげと血の流れ出る手を見つめ、つぶやく。
やっとのことで一発いけた。
いけたのと思ったのに、さらなる衝撃が俺を打ちのめす。
彼の手の出血が止まり、みるみる傷がふさがっていく。
信じられないことが起きている。
「それは、まさか回復魔法?」
「いや、そうじゃないよ」
アレスティアスさんは床に降りた。
俺も立ち上がり、彼を見据える。
「これは【超速回復】。僕の持つ【才能】さ」
「……冗談じゃない」
「ああ、シント、いい顔だ。とてもいい間抜け面だよ」
そりゃ間抜け面にもなるだろう。
無属性魔法の最上級【螺旋念砕】を持ち、加えて【超速回復】?
「その絶望、もっっっと増やしてあげるよ。さっき、なんで君の魔法が逸れていったのか、不思議だっただろう?」
あれが明らかにおかしかった。
「【方向転換】。あらゆるものの方向を変えることができる」
「そんな馬鹿な」
「君からしたら……違うな。全ての人間からしても、そんな馬鹿な、と言いたくなると思うよ」
【螺旋念砕】【超速回復】【方向転換】。三つも【才能】を持つ人間なんて……
「とはいえ、かなり癖の強い【才能】でさ。早くて複雑な攻撃は方向を変えられないんだ」
「ありえない。それじゃまるで神の如き力だ」
「でしょう?」
勝てるわけがない。
「おっと、こんなの序の口だよ。僕の【才能】が三つだけだと思うかい?」
三つではない?
だが……もしも……俺が最初に思ったことが真実なら、彼は四つもの【才能】を宿していることになる。
「あなたはてっきり【才能】を見抜く【才能】だと思っていました」
「ああ、合ってる。【才能感知】さ。まあ、これはそこそこだね。ざっくりととしかわからないし」
「【才能】を見抜く【才能】はそれだけでレアなものです」
「もちろん、知っている。そしてもう一つ」
「……」
「【霊子操作】。僕はね、五個の【才能】を持って生まれた」
【霊子操作】だって!? 言葉をそのまま受け取るなら、もはや人のなせる業ではない。二つの【才能】持つものでさえ、まずいないのに、五つも持っているのなら、それは神の寵愛を受けたとしか――っ!?
戦慄が走った。
俺はいま、なにを考えた?
「信じられないのも無理はないよ。少しばかり実演してあげようか」
彼は右手を軽く掲げて、なにかを操作する。
魔法を使ったのはわかるが、意図を読めない。
やがて、どこかへ吹き飛んでいた剣大神官の腐った死体がこちらへ運ばれてきた。
「まだ残っているね。≪掌握≫」
「……ガッ! ハァッ!! グウウウウウウウウウウ……」
死体が動き、声を発する。
「霊子ってさ、死んでもすぐには消えないんだ。少しずつ、緩やかに消えていく。これは哀れな老人の魂の欠片を操っているんだよ」
「アレスティアスさん……」
「死者をいたぶるのはだめだって?」
「そうじゃない。あなたは、もしや」
さきほど脳裏によぎった思いつき。
神の子の話を聞いて変わった態度。
複数の規格外な【才能】。
「神の子……?」
宙に浮いていた老人の遺体が、どさりと落ちた。
「シント……ああ、ほんとうに君が、心底嫌いになってきたよ。君は頭が良すぎるな。ジークの息子だけど、ここで消したいよ」
「否定はしないのですね」
「しないさ」
「ですが、それだとあなたは……六百歳を超えている」
アレスティアスさんは美しい形の口を歪ませて、笑いとも怒りともとれる表情をする。
「君はさ、人間の体がなにでできているか、知っているかな」
「肉と骨と液体でしょう」
「いかにも教科書で習ったような答えだ。面白くない」
しかし実際にそうなのだから、そう言うしかない。
「もっと細かくするんだよ。どこまでも、細かくね」
「細かく?」
「僕は【才能】が好きだ。ずっと【才能】を研究してきた。とうぜん【才能】が備わる肉体もだ。だから調べていくうちに気づいたんだよ。僕たちだけじゃなく、この世に存在するものは、目では見えないほどの極々小さな粒の集合体なんだ」
理解できないわけではないが、なにが言いたいんだ。
「これを僕は細粒と名付けた。人間は生まれると成長するけど、これは細粒が増殖するからなんだよ。子どもが大人になるのは、それが原因さ」
いまここで成長の仕組みを話してなんになる。
「しかし、ある時期を境に増殖は止まる。そしてゆっくりと細粒は減っていくんだ。これが老化……老人になっていくんだよ」
「……あなたはそれを止めていると?」
「まったく……人の話の先をしゃべらないでくれないかな。だが、そんな感じだよ。いま僕は増殖の話をしたけど、それは成長にかぎってのことじゃない。怪我なんかをすると、ちょっとしたものならすぐに治るというような自然治癒力が生き物にはある。これもまた、栄養を糧にして細粒が増殖するから、治るんだ」
だったら【超速回復】はどうなんだ?
回復すればするほど、老いが加速するのではないのか。
「細粒の増殖回数は人によって限界が定められている、と僕は気づいた。たくさん怪我をした人間は寿命が縮む」
「少し変ですよ。それが正しいなら【超速回復】は寿命を縮めることになる」
「ああ、そうだね」
ちょっと待て。
アレスティアスさんには【方向転換】という【才能】もある。
いやしかし、そんな無茶苦茶なことってある?
細粒の増加を早めてしまう【超速回復】を【方向転換】したとでも?
「ある日、ふと気づいたんだ。僕は……老いなかった。結果が先で、究明はあとになってしまったけど、【超速回復】を【方向転換】したことで細粒は増殖しなくなった。解釈の問題なんだ。解釈が広がれば【才能】はより強度を増す。僕は自分でも意識せずに使っていたけれど、気づいてから完璧に調整した。【超速回復】を細粒が増殖も、死滅もしない方向に転換したのさ」
二つの超レアな【才能】が組み合わさった結果、不老不死を実現した……
荒唐無稽にしか聞こえないものが、目の前にある。
嘘だとは少しも思えない。アレスティアスさんは、神の子なのだ。
「アレスティアスさん、そんな力を持っているのなら、外導神なんて必要ないじゃないですか」
「いいや、要るね」
「おかしいですよ。外導神の力は異質そのものだ。反魔法に、邪剣、人のモンスター化……天至だってそうなんでしょう?」
「外導神の核が有していた知識は、現代のはるかに先を行くものだ。人類の技術が進歩すると思うケドね」
「でも、全人類が家畜化されるなら、そんな進歩、なんの意味もない」
「意味って、それ必要?」
俺が見た剣魔大戦の映像では、イリアさんが核を切り取っていた。
アレスティアスさんはそれを見つけたというのか。
「もうやめましょうよ。あなたは外導神の力を全て手に入れることなんてできない」
「なぜだい? 僕はもうすでに三つのパーツを手に入れたけど?」
「危険すぎる」
「そんなことはないよ。【霊子操作】の力で完璧に取り込んでいるんだ。君の短いものさしで図ってほしくないね」
「俺のものさしが短いことは認めますよ。だけど、そうじゃない。俺はすでに二つのパーツを滅ぼした。顔面と左腕です」
「なに?」
アレスティアスさんの顔色が変わる。
「……面白いことを言うね」
「こちらは面白くもなんともありません」
「……いいさ。残りはまだある」
「なんでそこまで」
「君にはわからないだろう。人間の、愚かさと醜さを」
醜さと愚かさ。それを言う彼の口調には、わずかななにかが含まれている。
「ツファイエートでお墓を見ましたよ。その愚かさと醜さには聖母が関係しているのですか?」
「シント、そろそろいい加減にしてくれないかな。さすがの僕も怒るよ」
「俺は……いまだってあなたを説得したいんです。教えてください。なにが……あったんですか」
アレスティアスさんは話が通じない人ではないはずだ。
甘い考えなのはわかりきっている。だけど、話さずにはいられないのだった。




