角笛が鳴る 17 アレスティアス
アレスティアスさんは、笑みを浮かべながらじろじろと見てくる。
形の良いあごに指を当てて、ときおりうなずいていた。
「ねえ、シント。どうしてここにいるのかな?」
「アレスティアスさん、それを聞く前に、教えてほしい」
「いいよ」
「あなたは……」
聞きたくない。でも、聞かなければならない。
「饗団の長なのですか?」
俺は過去に二度、この人と会っている。変な人だとは思ったが、怪しいとは感じなかった。だけど俺は――やはりバカだ。父さんの友人だと言われた時に、気づくべきだったのだ。
聞かれた彼は小さくうなずき、そうだよ、と言った。
その瞬間、絶望にも似た感情が身を包み込む。
「饗主、と呼ばれているのはいかにも僕だね」
「そうですか……そう……でしたか」
だとしたら、この人といっしょにいたプロメテウスさんも、饗団の一員なのだろうな。
最悪だ。俺はまたなにもかもを台無しにしたのだ。
この人も、あの人も、出会った時に饗団だと気づき、倒していたら、いまどうなっていた?
仮定の話など考えてもしかたがないのに、次から次へと後悔が押し寄せてくる。
「答えた代わりってわけじゃないけど、僕にも教えておくれよ。シント、どうして君はここまで来たんだ?」
「……」
「この場所の存在を知る者は、世界にほとんどいない。僕だって詳細な場所はずっとわからなかったんだ。それを君が知るなんて、どんな運命ならそうなる?」
「……変わった言い方ですね。少しロマンティックだ」
「ははは、僕は詩人じゃないけど、組織の長だ。いかにもな雰囲気を出すことも大事なのさ」
運命か。俺たちがこのタイミングでここへ来たのは、偶然ではないのかもしれない。
「俺は旧帝国時代にいたとされる神の子の子孫を探していたんですよ」
「……神の子、ねえ」
「足跡をたどるうち、この書宝館の存在を知りました。ここに『時空の門』があるかもしれないと思い、足を運んだんです」
「かなりはしょっているね。それじゃだめだ。ちゃんと教えてくれないと」
なんだ? アレスティアスさんの態度が少し変わった?
別に隠すことでもないので、話す。
ガラルの『剣衆』から始まって、ツファイエートという昔の地名を知ったこと、聖母とそのお墓。そして奇妙な旅人……
聞き終えたアレスティアスさんは、これまで見せなかった苛立ちを表に出した。
「まったく、過去をほじくってなにが楽しいんだろうね。そもそも神の子の話なんて、そんなあやふやなものを追ったのかい?」
「アルレエスさんに教えてもらったことなので、重要だと思っただけです」
「アルレエス? アルレエスって、あの? それとも同じ名前なだけ?」
「偉人のアルレエスさんです」
「ははは、彼がまだ生きているとでも?」
「生きてはいません。ゴーストのような存在になっていました」
「……そうかー。まあ、そういうこともあるかもね」
嘘だとは言わないんだな。
「ねえ、シント、もはや君がなぜ『時空の門』のことを知っているのかはどうでもいい。仮にそうだったとして、門をどうするつもりなんだ」
「破壊します」
「なんで?」
「外導神は、殺す」
「……ふうん」
彼は足の爪先をパタパタさせて、髪をかき上げ、美しく高い鼻を撫でた。
「もう一ついいですか?」
「いいよ。なにが聞きたい?」
「プロメテウスさんも、饗団に?」
「なんだい? 彼が気になるのかい?」
「ええ、一度、いっしょに仕事をしたので」
「ああ……そういえばそんなことを言ってたな。プロメテウスは僕の右腕だよ。僕がいない間は、総指揮をとってる」
やはりか。
残念だ。ほんとうに、残念だ。
「シント、いっしょに来てくれるかな? プロメテウスにも会えるよ」
「いいえ、行きません。『時空の門』は破壊します」
「それはできないよ。もう、門は閉じた。外導神もいない」
「いない?」
「そうだよ。とっくに気づいているんじゃないかな? 後ろの三人だって、さっきから震えて動かないし」
ああ、そうだよ。いちおう聞いてみただけ。
「アレスティアスさん、もうやめてくださいよ。神の力を取り込むだなんて、どうやってるかはわかりませんが、危険すぎる」
「危険だからいいんだ。やめるつもりはないよ」
「あなたは外導神がなぜこの世界に来たか、知っているんですか? いえ、知っていたら、力を取り込もうなんて思わないはずだ」
「……続けて」
「外導神は全人類を家畜とするために来たんだ。己の糧とし、力を増すために。あなたはそれでいいんですか?」
これで少しは迷ってくれるはず……という俺の思いは、打ち砕かれた。
「ああ、知ってるよ。その願いは、僕も同じだからね」
「意味がわからない。では……人類を滅ぼすと?」
「そうだね」
「饗団の人間も?」
「そのとおり」
「待ってください。饗団の人間はそれを知っているのですか?」
「知る必要はないよね、それ。彼らは僕と同化できるわけだし、幸福なんじゃないかな」
馬鹿な。なにを言っているんだ、この人は。
「今度は僕の番だ。神の目的をどうやって知ったんだい?」
「アルレエスさんの隠れ家で、過去の映像を見たんですよ。剣魔大戦の記録です」
「それは興味深いな。場所を教えてくれないか」
「教えてもいいですけど、行ってももうアルレエスさんはいませんよ」
「殺したの?」
「彼はもう死んでいます。そういうことではなく、もう現れないと思う」
まるきり嘘ではない。おそらく外導神の力を持つこの人が行っても、たいしたものは得られないだろう。
アレスティアスさんは少しの間、なにかを考えて、近くにあった椅子に座った。座り方も優雅で、目を引く。
「フザン、暇だったでしょう? 彼らの相手をして」
「は。仰せのままに」
ここで仕掛けてくるか。
だけど、話はまだ終わっていないのだ。
「シントは生かして捕らえるように。女二人と少年は殺してかまわないよ」
容赦がないな。
望むところだ。
アレスティアスさんをここで倒せれば、戦争は終わる。
まずは目の前の障害を取り除こう。
「俺は隊長をやるよ。三人はそのほかを」
「……ああ!」
カサンドラ、リーア、アミールが戦闘に入る。
俺はアレスティアスさんから目を離さない。絶対に離したりはしない。
「君は主と知り合いだったのか。ならば、丁重にお相手しなくてはいけません」
フザン、呼ばれた男が見たことのない構えをした。
武器は持っていない。
魔法士か、暗器なのか。どうでもいいけど。
「ヨルムリア」
腰の後ろから【人造神格】が浮遊を開始。俺の周囲を回る。
「奇妙な武器ですね……ふうっ!」
呼吸とともに床を蹴る。しかし、ヨルムリアの一つから発生する≪空断≫を見て、止まった。
「……これはこれは。どうやら、油断ならない若者のようだ」
「いや、もう終わってるよ」
「なんだと?」
「≪魔弾球≫」
生成された魔力球は、フザンの周囲を囲むように現れた。
ヨルムリアを中継地点としての遠隔生成。
ヤツがなにかをする前に≪魔弾≫を二十連射する。
二十の魔力弾は反響し、その軌道を掴ませない。
しかしフザンは素晴らしい体術を発揮してかわし、さばき、いなす。
とてつもない使い手だ。
「くうううううう! 主の前で無様な姿などおおおおおおおお!」
「≪螺旋魔弾≫」
狙いすました一撃は、フザンのどてっぱらを貫いた。
「ブフォ……! な、なんだこれは……」
「≪螺旋魔弾≫」
さらなる追撃は、邪剣に向けてのものだ。またモンスター化されてもかなわないので先に破壊しておく。
柄の辺りを貫通した魔力弾により、邪剣は砕けた。
「な、なんということですか。ばかな! 強すぎる……」
フザンは再び血を吐いて、前のめりに倒れた。びくびくと震え、立ち上がろうとはしない。
悪いけどまともに相手をしている余裕がないんだ。
「アレスティアスさん……」
こうして見ても、彼という存在が信じられない。
外導神の目的を知ってもなお、復活をさせようとするなんて、狂っているとしか思えないのだ。
「シント、いまのはなにかな?」
「見てのとおり、魔法です」
「それはおかしいよ」
なにもおかしくはないだろうに。
「君からは【才能】のきらめきを感じない」
俺にはなんの【才能】もないから、それは合ってる。
「なのにフザンを倒しちゃうのか。びっくりだな」
「次はあなたです」
「いやいや、少し待ってくれ。ちょっと考えたい。君は仲間の加勢でもするといいよ」
なにを言っているんだ。
なんのつもりか、理解ができないぞ。




