角笛が鳴る 16 なぜここにいる
わずかに残る痕跡を追い、進む。途中から足跡はすでに消えているが、今度は別の邪悪な力を感じた。
「邪剣……? 饗団が来ているというのか?」
「アミール、油断するんじゃないよ。あんたももう守られる男じゃないってところを見せな」
「わかってる」
アミールはすでにアークス、フォールンと戦闘に加わってきた。主に補佐だけど、手には長剣、腰にはナイフが二つ、左の手甲には弾力のあるひもが取りつけられ、スリングショットとして使うことができる。
「いつもみたいにわたしと姐さんに呼吸を合わせて、アミール」
「はい、そうします」
緊張はしているようだが、力みはない。
お互いにうなずき合い、先へと進む。
饗団が来ているのだったら、ここに『時空の門』があるのはほぼ確定。
問題は外導神のパーツがどうなったのか、だ。
解き放たれているとしたら、そうとうまずい事態になるだろう。
だが……あの時と同じだとは思わないことだ。もしもまた遭遇するのなら、一片も残さずに消滅させてやる。
やがて、俺たちは切り立った岩壁にぱっくりと開いた入り口を見つけた。
破壊の跡が見える。無理やりこじ開けたのだろう。
ここが書宝館の入り口だとは思うが、すさまじく嫌な感じがして足が進まない。
「シントさん、ここが……」
「ああ、書宝館だと思う。入り口は隠されていたんだ」
「ハイマス、行く?」
「ああ、ここまで来て引き返せない。三人とも、やれる?」
「言われるまでもないさ」
「ええ、行くわよ」
「僕も……やります」
いい返事だ。
警戒を最大にしつつ、開いた入り口に体を滑り込ませる。
意外にも広い。そして、明かりがついている。
「まるで神殿って感じね……」
「旧帝国時代によく見られる社殿様式……それにこの本の量。書宝館とはよく言ったものですよ。でも……だいぶ朽ちているようです」
「アミール、もっと声を低くしな」
「うん、ごめん」
どこまでも本棚が広がっているような錯覚を感じるほど、奥行きがすごい。
歩くたびにホコリが舞うのは、数百年も放置された結果だ。
「これだけの量……しかもまだ読めそうだ」
あまりにも貴重な資料がここに眠っていた。失われたはずの旧剣神教団、あるいは旧帝国の記録。そして【神格】をはじめとした知られざる知識。
だが、構っている余裕はないだろう。
俺たちは導かれるように奥へと引き込まれ、そこで足を止める。
鼻をつくひどい異臭。何度嗅いでも慣れない。
「死体みたいだねえ」
「うっ……」
うつぶせに倒れている人物。合間に見える肉体は半ば白骨化しており、黒い虫が出たり入ったり。
右腕をどこかに伸ばした体勢で、力尽きたのだと思われる。
足先からは血の痕がずっと続いている。
俺はそばまで近寄り、その様子を観察した。
肉の部分は虫に食われたのだろうが、ひどい死にざまだ。死後からかなり時間が経っていると思う。
紅に染まった絹のローブ。金や銀の刺繡が施されており、頭についた丈の高い帽子も同様に高価なものだ。
身分が高い人間なのは明らか。しかし、これは誰で、なぜ死んでいるのだろうか。
「シントさん、この人たぶん……剣神教団の偉い人なんじゃ」
「なんだって?」
「この服……新聞で見た覚えがあります。色まではわかりませんでしたが、その帽子の装飾は、剣十字と翼……おそらくですが、剣大神官じゃないかと」
剣大神官? それって現剣神教団のトップだろう。
意味がわからない。なぜそんな人がここに?
考えれば考えるほど、わからない。どういう――
「おやあ? ここになにかご用ですかな?」
突然、俺の顔の脇にぬるりとした気配が出てきた。
ぞわりとした感覚とともに、下がる。
カサンドラたちも同様に、飛び下がった。
なんだ、いまのは。
直前までなにも感じなかった。警戒もしていたはずなのに。
辺りには誰もいない。
右手人差し指を伸ばし、左手で右の手首を固定。いつでも撃てる構えにする。
「ここは一般人が立ち入れる場所ではない……旅人にも見えませんし、漁り屋とも思えない……冒険者、が妥当なところですか」
声だけが聞こえる。
返事はしない。代わりに≪心意ノ波形≫を発動。俺を中心とした半径五十メートルを索敵する。
浮かび上がる像。その中で人間は四人か。
威嚇のつもりで柱に一発≪魔弾≫。
魔力弾が石の柱に穴を空け、がらがらと崩れる。
「居場所がわかりますか……魔法士さん?」
「おまえは誰だ?」
「そのセリフはこちらのものですよ」
笑みをたたえた巻き毛の男。頬はこけていて、目には生気がない。
しかし、口元の笑いがアンバランスさを生み出し、不気味さを強調していた。
筋肉の線が浮かび上がる黒いボディスーツ。腰に差した禍々しい柄を持つ剣。
「こいつ……なんなの?」
「……強いねえ。かなりのものさ」
一目見ただけでも異様だとわかる。外見ではなく、中身の恐ろしさをだ。
「ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ。さっさと帰っていただきたい」
「無事に帰してくれるような雰囲気じゃないんだけど」
「なに、お名前と家と、家族のことを書いていただければ、帰しましょう」
結局のところ、それは殺されるのと同じだ。
「そこに倒れているのは誰だ?」
「愚か者、とだけ言っておきましょうか」
妙な感覚だ。いまにも戦いが始まりそうなのに、別のことに気を取られている。
あの遺体は、死んでから時間が経っているはずだ。昨日今日に殺されたものではない。
俺たちがここに来るまでの間、こいつらはずっとここにいたのか?
だとしたら、希望はあるかも。こいつらはまだ、『時空の門』を見つけられていないのかもしれない。
「ここに『時空の門』があるって聞いたんだけど」
「……ほう」
「案内してくると助かるな」
男はパチンと指を鳴らした。
音もなく現れる三人の戦士。黒いボディスーツと頭全体を覆うマスク。手には大振りのナイフだったり、手斧だったり、カタナだったりと、微塵も油断ができない。
「申し訳ないのですが、お引き取りいただこうか。あの世に、ね」
「言っとくけど、おまえたちにやられるほど、こっちはヤワじゃない」
「自信がおありのようだ」
男の目がすっと細くなる。
しかし、その時、足音が聞こえてきた。
同時に、息が止まるほどの異様な力が室内を覆う。
饗団の戦士たちは、その場でひざまずいた。
一方で俺たちは動けないでいる。
「えーと、なにこれ? 一か月ぶりに出てみれば、妙なことになってるね」
嘘だ。
これはなにかの間違いだろう。
なんで、この人がここにいるんだ。
「シント? シントなのかい?」
「……ええ、そうです」
帝国風紳士服はそのままに、輝ける金髪と、左右で色の違う瞳。ただそこにいるだけであらゆる人間の目を奪う美貌。
「アレスティアス、さん」
「久しぶりだね。元気だった?」
「はい。あなたも」
「僕はいつも通りさ」
いつも通りなんかじゃ、ない。
前は綺羅綺羅していて、まぶしかった。でもいまは、この世のものとは思えない力を発し、それを隠しもしない。
「さて、いろいろと聞きたいところなんだけど」
彼は優雅な足取りで、ひざまずく男たちの元へ行く。
「フザン、僕が籠っていた間、変わりはないかい?」
「はは……おおよそは予定通りかと」
「おおよそ?」
「帝国南部にて、抵抗勢力が息を吹き返しつつあるとの由」
「ふうん。けっこうしぶといね」
抵抗勢力ってのは、ダメオン軍のことだな。
「シント、あれは誰さ」
「カサンドラ、リーア、構えは解かないように」
アレスティアスさんから目が離せない。
さっきから鳥肌が止まらないんだ。
饗団の上級戦士がひざまずくほどの人物。『時空の門』があるとされる場所で、なにかをしていた。そしてこの……言い難い巨大な力。
彼はくるりと振り向いて、俺のそばにやってきた。
笑顔はあいかわらずだが、彼の中に内包する力を感じて、息が止まりそうだ。
「どうしてそんなに緊張しているんだい? それとも、僕が怖い?」
「怖いのは、あなたにじゃない」
「じゃあなにが?」
「いま考えていることが……真実だとわかるのが怖いんです」
アレスティアスさんは、にやりとした。
俺はその顔を見て、別人のようだと、そう思うのだった。




