アーティフィシャル・ディヴァイン 1 アルス・ミュラーからの依頼
フォールンの夜が明けた。
支配されていた巨大都市は市民たちの手に戻され、どこも安堵の息で満たされていると思う。
一般人には手を出さない、という饗団の掲げた約束は嘘にまみれていた。
捕まった者達や逃げられなかった兵たちは猛烈な復讐に遭うだろう。
それを止める権利を持つ者は誰もいない。
戦争はやるか、やられるか。アークスの解放から始まった今回の大仕事ではそれを思い知った。
特にヴィクトリア、アルクルス王子とともに行った大河上空から船を狙う魔法での攻撃――『空爆』は一方的かつ多大な戦果となる。
王子は『戦争が変わった』などと言っていた。
大げさだと思いつつ、やられた方からすれば悪夢でしかないとも思う。
叔父上や叔母上、おじい様がなぜ恐れられているのかをようやく理解できた。魔法系【神格】は、空から一方的に大魔法で攻撃できるのだ。
しかし、いまはまだ飛翔の魔法を使える者が少ない。王子の言うようなことになるのはずっと先の話だろう。
「おっと、考え事ばかりしているわけにはいかない」
ただいま大掃除中。みんなで大忙し。
取り戻した新本部へと移行して一日。
中を片付けて、みんなで掃除もして、綺麗にする。
なかなかの大仕事だったが、なんとか成功。
みんなで食事をして、まったりと過ごす。
フォールンはこれから復興を始めると同時に、近隣の市町村を解放に動くだろう。
新たに暫定市長となったアルフォンス長官は冒険者に依頼を出し、人を集めて軍隊を編成する手筈だ。
だが、これについてはあまりお勧めできない。饗団の軍を刺激しすぎてしまう。
「あ、そういえば」
ふと思い出した。
昨日、アルフォンス長官からもらった新しいブラックプレートを取り出す。
「ミューズさん、これなんですけど」
「うん?」
見せたら、固まった。
ぜんぜん動かない。
「どうしたのさ」
「……なに?」
「ライセンス?」
カサンドラ、アリステラ、ラナも見て固まる。
「なんで固まるんだ?」
少しして、ミューズさんが震える手で俺のライセンスを取った。
「ブラックプレート……なの?」
「アルフォンス長官はそう言ってました」
「信じられないわ」
「……幻じゃなかったんだねえ」
「なにげにオリハル級トリプルになってるねー」
「……ガチやば」
四人の反応がおかしい。幻ってどういうことだろうか。
「まさか、この目で見られるなんて思わなかったわよ」
「そんなにすごいんですか?」
「すごいなんてものじゃないから。そうね、例えばこれを冒険者庁で提示したら、豪華な貴賓室で宿泊しほうだいだったり、食堂も無料で使えるはず。最優先で依頼も受けられるんだから」
宿代タダで食事代もタダか。たしかにものすごい。
だけど、ブラックプレートのことなんて、ぜんぜん聞いたことがなかった。
「冒険者ガイドラインには書かれてませんでしたが、もしかして新しい制度ですか?」
「違うわ。ブラックプレートの情報は秘匿されてるの。知ってても人に言っちゃだめなのよ。だから冒険者ガイドラインには書けなかったわけ」
冒険者ガイドラインはミューズさんが著した本で、いまではフォールンで広く出版されている書籍だ。
「隠されているのか」
「そっ。恩恵がすごいから不正して取得しようとする人も出てくるし、だからすごく大きな功績を上げた人に、長官クラスの人から打診されて初めて取得の権利を得られるってことなの」
やっぱりすごいみたいだ。しかしこのご時世ではさして有益なものじゃないような気がする。
「噂では聞いてたさ。けど、見たことはなかったね」
「わたしもあるらしいって聞いたけど、誰が持ってるかなんてわかんないし、ただの噂だとばっかり」
「……でもここに実物がある。たぶん、頂点」
「もしかしていま所持してる冒険者って、シントだけかもよ。それに――」
と、ミューズさんはやや早口で説明してくれた。
要点をまとめると、オリハル級以上の冒険者にしか打診されず、少なくともフォールンには持ってる人がいないという。
「はー、なるほど」
「感動薄すぎだから」
嬉しいことは嬉しいが、半年以上も寝ていたせいで、少しも喜べない。
とりあえず使える時があれば、使用してみようと思うのだった。
「少し出かけてきます」
「どこに行くの?」
「タタラズさんのところと、ミュラーさんの店ですね」
二人の職人におねがいしたいことがあるのだ。
できればフォールンを出立する前までに片をつけたい。
タタラズさんはしばらく工房にいるという話だったので、まずはミュラーさんの元へ行く。彼もしばらくは休むだろうし、お店にいるだろう。
ということでさっそく向かう。
★★★★★★
ミュラー魔導具店がある繁華街は被害が少なかった。
ここでのさばっていた裏社会の組織は饗団にだいたいが潰されたりしたため、平和が続くだろうと思う。
お店の周りには誰もいない。静かなものだ。
開いたままの玄関をくぐって入ると、鈴が鳴った。
「アーナズか」
「はい。お邪魔します」
ミュラーさんは作業をしておらず、板のようなものを拭いていた。
彼はそれをカウンターの上に置き、俺に顔を向ける。
「前に言っていた注文のことか?」
「ええ。おねがいできますでしょうか」
「もちろんだ……と言いたいところだがな」
なにか予定があるのかな。
「しばらくは営業を停止しようと考えている」
「それは、なぜ?」
思わず聞き返してしまった。
「……つい最近のことだ。ある情報を得た」
声のトーンが低くなる。
「歴史上、かの偉人アルレエスだけが確認した神器。【神格】魔空ウラヌスだ」
あー、なるほど。
「一年以上前に南方のとある山が一夜にして消えた。そこは禁足地で、さまざまな噂のあるところだったようだ」
うん、知ってますね。
「聞き捨てならないのが、そこから【神格】が持ち出された、という話でな」
「たしかに」
「山が消える直前に調査団が派遣されていたとの情報もある。とすれば、なにかとてつもないことがあったと考えるのがとうぜんだ。さらに、山を消すなど、それこそ空間を歪めでもないかぎり不可能だろう」
それには深い事情がありまして。
「どうだ? 俺からの依頼を請けてみないか? 調査に協力してくれると助かる」
ミュラーさんには、ビッグウッド山のことを話していない。
魔空ウラヌスをすでに身に着けている、と言う前に一つ聞いておこう。
「依頼を請ける前にまず聞きたいのですが、どうして魔空ウラヌスを欲しているのですか?」
「ああ……君には前にも言ったが、俺はこの世界で生まれた者ではない」
んん?
なんの話か、よくわかんない。
「こちらに来てから五年……魔空ウラヌスは探し求めていたモノだ。元の世界へ帰るために必要だと考えている」
「すみません。なにがなんだか」
「どういうことだ?」
「いえ、さっぱり」
「以前、話したが」
まるで記憶がない。どういうことなのか、俺が聞きたいくらいだ。
「いつ……ですか?」
「モンスターウォーズの時だ。鍋料理を食べただろう」
え、うそ。ぜんぜん聞いてなかった。
やばい。恥ずかしさで消え入りそうだ。あの時はなべ料理がうますぎて夢中になっていた。
「憶えていないのか。しかし、あの鍋には記憶を忘却させる素材など入れていなかったが」
それじゃまるで記憶を消せる食材があるみたいな言い方なんですけど。
食べるのに夢中で聞いていなかったことを説明すると、ミュラーさんは呆れたようだった。
「ほんとにすみません。それで、できれば詳しい事情をおうかがいしたいのですが」
「それは、依頼を請けてくれる、という前提で構わないか?」
「はい、そうです」
「ありがたいことだ。ならば話そう」
彼は無表情のまま、さきほど磨いていた板を回転させた。
そこには写真が収まっており、一人の女性が写っている。
白いワンピース姿で微笑む彼女は、とても綺麗な人だ。銀髪で瞳はグリーン。そうとうな美人だと思う。姿かたちからして、優しさがにじみ出ているようだった。まるで絵物語に出てくるヒロインみたいだ。
歳は二十歳前といったところだろうか。もしかすると、奥さんの写真かな。
それにしては若すぎる気もするが。あるいは、娘さん?
「妻のアルテミシアだ」
奥さんだったか。いや待て。魔映写機は近年になってようやく普及し始めたものだ。これって、いつの写真なのだろう。ミュラーさんはおそらく三十代半ばといったところだし、歳の差カップルなのかも。
「お若くて綺麗な方ですね」
「ああ、いまはな」
……いまは?
妙な言い方だ。
だめだな。頭がこんがらがってきた。
まずは話を聞こうと思う。




