ドーン・イン・フォールン 32 頂点へと
ビョー子爵、アルフォンス長官、憲兵隊副長官ボークラーク卿が俺をまっすぐに見つめてくる。
いったいなんの話をするつもりなのか。
「君が来るまで話していたことでもあるし、ことのあらましを聞いて私は確信したんだ」
「アルフォンス長官の言う通りだよ……ごほ。君に市長をしてほしい」
市長だって?
んなバカな。てっきり、フォールンの軍の指揮をとれ、とか言われるものと思っていた。
「フォールンを取り戻したとはいえ、情勢はよくないと思う。強い指導者が必要なんだよ」
「私としても異論はない。あのような化け物を倒せる男ならば、まさに正義」
さすがにできないことだ。
帝国において、ある程度の規模を持つ都市の市長は、帝室からの命を受けるか、名士の他薦だったり、立候補した貴族の中から選挙で決まったりする。
要は俺などに資格はないってこと。そしてなにより、やれない理由があるのだ。
「俺たちはフォールンを離れます。市長はできません」
「離れる!?」
「そんな!」
驚いている。
「本拠地を移すと?」
「いいえ、ここが本拠地に変わりはありませんが、しばらくは戻れないでしょう」
行くところがあるから、市長はできない。行くところがなくとも、やらないけど。
「どこに行くつもりかね……ごほ」
「ガラル、ラグナ、帝都です」
「……!」
「そ、それは、まさか!」
「その全てを救う……?」
それこそまさかだ。そんなつもりはない。
俺たちの目的は、帝国ではないのだ。
「遠からず、帝国南部はダメオン侯爵の手によって解放されるでしょう。フォールンはだいじょうぶですよ。それまではここをお三方におねがいします」
多くの貴族がいなくなった中、この三人が最高位だろうし、問題はない。
「……説得はできない、か。君ならばと思ったが」
「副長官のお言葉は忘れません。俺は貴族でもなんでもないのに、そう言ってくれるのですから」
「いや、君は帝室か、それに連なるもののはずだ。無用な詮索はしないが、そうなのだろう?」
副長官は男くさいウインクをしてくれた。
違うけど、ハズレということでもない。
ビョー子爵は俺の出自を知っているが、なにも言わなかった。
「ご想像にお任せします。ただはっきりと言えるのは、俺はシント・アーナズ。一市民です」
「アーナズ君はもう一市民などと言えないよ! 最年少でオリハル級! ギルドもAランクで……私にとってはそれが君だ!」
アルフォンス長官は興奮しすぎじゃないかな。だけど、嬉しいことを言ってくれた。
「とどまれないというなら、せめてこれを持っていってくれないか」
差し出される一枚のプレート。
そこには俺の情報が書かれている。
「新しいライセンスですか? 前のがありますけど」
冒険者ライセンスは異次元の穴にしまってある。
「これはブラックプレートだよ」
ほんとだ。黒い縁取りがされているし、様式が少し違う。
「勝手なことをしてすまないが、作っておいた。半年前にね」
「半年前?」
「君はオリハル級トリプルに昇格しているんだ。だが、行方不明になっていたし……」
「ええ、ご心配をおかけしました」
しかし昇格だけならライセンスを新たに作らなくてもいいだろう。
「ブラックプレートは特別なものなんだ。それがあれば冒険者に関する公的施設を最大限使用可能。そしてなにより、アンティマータ級への審査申し込みができる」
え、うそ。それほんと?
アンティマータ級は生前にはなれないと聞いた。
冒険者の等級が定められてから百年あまり。現在、アンティマータ級に認定された人物は三人しかおらず、しかも死後に贈られたものだ。
アンティマータ級は世界に対して他に類を見ない功績を上げないと昇格できないはず。
実際、アンティマータ級の三人は生涯でモンスターを数万匹倒したりだとか、恐ろしい疫病の特効薬を作ったりだとか、偉人にしかなれない。
「こんなご時世だから昇級の申請はできないだろうけど、受け取ってほしい」
「ありがとうございます。ちょっとびっくりですけど」
「なにを言っているんだ。大穴事件にモンスターウォーズ、それでなくとも数々の大事件を解決しているわけだし、遅いくらいだよ。それに加えて……アークスとフォールンの解放だって? ああ、私は生きていてよかった……ほんとうによかった……」
アルフォンス長官がまた感極まっている。
「ま、まあ、アルフォンス長官のことはさておいて、いずれまた戻るのだろう?」
「もちろんですよ。ここはウチのホームです」
「それを聞けただけでも嬉しいものだ……ごほ。また会おう」
「ええ」
三人と握手を交わし、外に出た。
夕方までいろいろと見回り、憲兵本部を破壊した岩巨人を解体。
そしてロレーヌ伯の邸宅を訪ねた。
土産が持参できないのは申し訳ないところだ。
すでにロレーヌ伯とタタラズさん、ジュールズ社長がいて、俺を待っていてくれた。
「すみません、遅れました」
「いや、いま来たところだよ」
「おう! 先に一杯だけもらっちまったがな!」
「食事も用意してある。存分に食べてくれたまえ」
ロレーヌ伯の手作りなの? すごい意外なんだが。
でも食べる。とてもおいしい。質素ではあるが、十分だ。
「それでだ、君や彼女たちはどこでどうしていたのだね」
「ずっと心配していたよ」
「まあな……さすがに半年も姿を見せねえし、大けがでもしてんじゃねえかってよ」
怪我と言えば怪我かも。
一度深呼吸をしてから、話す。
彼らには全てをだ。剣魔大戦、アルレエスさん、ディジアさんとイリアさんのことも。
ついさっきまで楽しかった席は、沈黙に包まれる。
ごくり、と息を呑んだは誰だろうか。
「……私は……剣神と魔神自らに……救われた……?」
ロレーヌ伯が青ざめている。
「い、いや……たしかにあのような力……納得できるが、しかし」
彼はイリアさんの剣魔法で、呪いから解かれた。実感があるはずだ。
「たまげたなあ……たまげすぎて、頭が真っ白になっちまったぜ」
「……あの子たちが……普通の人間ではないと思っていたけど……じゃあアーナズ君は、ずっと一緒に? 生まれた時から?」
「いえ、二人は拾いました」
「拾った!? 神をかい!?」
だって、そう言うしかないんだもの。
「おい、二人とも酒が止まってんぞ。こういう時は飲むのがいいんだ」
「うーん……そうしたいんだけど」
「あの嬢ちゃんたちが神だったしたら、なおさら嬉しいじゃねえの。おれんとこに来て菓子をねだってよう。ははっ! しかも坊主には内緒だなんて言うし、かわいいじゃねえか!」
ディジアさんとイリアさん、そんなことしてたのか。さすがにあとで言っておこう。
「店を手伝ってくれたこともある。おれっちの武具店は剣神と魔神の御墨付ってことだあな! がーはっはっは!」
タタラズさんがそんな風に言うから、俺はもう溢れる涙を止められなかった。
「アーナズ君……いや、そうだね。知らず知らずのうちに、私の店も加護を受けていたかもしれない。不思議な気持ちだ。二年前から業績が上がりまくったのもそのせい……?」
それは普通にジュールズ社長の腕がいいからだろうと思う。
「驚いてすまなかった、シント君。私はなにより先に感謝すべきだというのに」
「驚いてとうぜんです」
「いまここで誓おう。女神たちがなにか薬を必要とするなら……私が生涯をかけて、作ってみせる」
神様って病気になるのかな? いつか聞いてみよう。
「神とはいっても、過去の話ですよ。いまはもうディジアさんとイリアさん。それだけです」
二人は一度滅んでいる。だからこそ、二度と滅亡させはしない。
饗団も外導神もブッ倒して、日常を取り戻す。
それが、それだけが、俺の望みなんだ。
「お三方にも協力してほしい」
「協力しないわけがない」
「もちろんだぜ!」
「私にもできることがあるなら、言ってほしいね」
思えば、この三人とは付き合いが長い。
出会いはまさに宝だ。
彼らは乾杯をして、笑い合う。
無事でなによりだったと、また思った。
フォールンを取り戻すことはできたが、まだ道半ばだろう。
心が晴れるのはいつになるのか、わからない。
だけど、諦めるという選択肢は存在しないのだ。
ディジアさんとイリアさんが眠るカバンを触る。
会いたいと、心から願った――




