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ドーン・イン・フォールン 29 夢を見ていたのかも

 フォールンでの仕事は、これで終わった。

 饗団の軍は追い立てられ、今度はこちらが追う番になる。


「ついにやったな。アーナズ君」


 俺の元へやってきた副長官は笑顔だ。しかし満身創痍。立っているのがやっとだろうと思う。


「君は……ほんとうにとてつもない。あんな化け物を倒すのだから」

「俺は俺の役目をまっとうしただけです」

「あんなのを倒すのが役目だと? まったく……だが、ありがとう。ほんとうに、ありがとう」


 彼は頭を下げた。


「やめてくださいよ。勝てたのは、ここにいる全員のおかげなんですから」

「……いや、それは違う。君が舞い戻り、全てが変わった。君以外の誰かでは決して成し遂げられなかったことだ」


 差し出された手を掴む。


「俺はただの冒険者だ。一市民として街を取り戻した。それだけです」

「わかった。君がそういうなら」


 副長官はこれから生き残った憲兵たちをまとめ、治安の回復を行う。

 またあとで会う約束をし、いったん別れることとなった。


「シント、あたしらはどうするのさ」

「まだ帰れないかな」

「って、血だらけじゃないですか! 手!」


 シスター・セレーネが俺の左手を掴む。たしかに痛い。


「穴空いてますう! ≪リジネ≫!」


 暖かい魔力に包まれ、急に力が抜けてきた。


「まだ残党がいるかもしれない。最後にもう一仕事だ」


 おそらく逃げ散っただろうが、確認するまでは安心できない。

 

「みんなも外に出てきたみたいね」

「嬉しそうですよ」


 リーアとアミールも嬉しそう。

 戦いから避難していた人々も外に出て、勝利を分かち合っている。

 ずっと耐えてきたんだ。喜んで当たり前だろう。


「ですが、全員を守護することはできませんでした」


 アテナは悔しそうだ。

 気持ちはわかる。多くの味方が倒れた。

 それを思うと、どうしようもない苛立ちを覚えてしまう。


「第一地区へ向かう」


 異論はなかった。みんな同じ気持ちだ。

 ミューズさんだけを送り返し、俺たちは敵が拠点としていた場へ足を進める。


 すでに日は落ちかけ、そろそろ夜になる。

 ほんとうに長い一日だったが、あと少しで終わりだ。

 途中、ミッド少尉率いる部隊と合流し、第一地区へ到着。


 予想通りの無人で、饗団の生き残りはいない。

 物資は置きっぱなしだから、急いで逃げたとみえる。


「シントさん、敵はもういないみたいです」

「ああ、帰ろう。終わりだ」


 メンバーたちが喜びを分かち合う。みんな勝鬨を我慢していたから、感情を爆発させていた。特にフォールンで半年間戦い続けたメンバーは涙を浮かべている。


 帰る場所は取り戻した。

 自分たちの手でそれができたことをいまは喜ぼう。

 


 ★★★★★★



 古街へと帰還したころにはすっかり夜になっていて、空気も冷えている。

 待機していたみんなとも戦いの終わりを喜び、抱き合った。


「シント、食事にしましょ。すぐに出来上がるわ」

「最高です」


 食事、と聞き、全身から力がなくなった。

 ソファーに座り、大きく息を吐く。

 隣にはカサンドラが腰を下ろし、天井を見上げた。

 それを見て、全員が床に座ったり、寝転んだりする。

 

「もう限界ですぅ」

「さすがに、疲れ、ました……」

「ほんとうに勝ったんだよねえ、あたしたちはさ」


 カサンドラが聞いてくる。

 答えようと思ったが、口がうまく動かない。


「シント、どうした」


 ひたすらに眠い。ガディスさんの問いには答えられそうになかった。


「ハイマスター?」

「……あ、いえ、眠くて」

「先に寝たらいいんじゃん?」

「でも、食事が」


 できれば食ってから寝たい。

 だけど、力が入らなかった。

 わずかに意識が飛び、体が倒れてしまう。


「シント!?」


 顔に弾力のあるものが当たる。暖かくて、気持ちがいい。

 これはなんだろう。


「うひっ!?」


 顔を動かすと、カサンドラが変な声を出した。

 なるほど。太ももだったようだ。


「あんた、いきなりなにを」

「まあまあ、姉さん。そのままにしてあげようよ」

「アミール!」

「じゃあわたしもー」


 誰かが逆隣から俺に倒れ込んでくる。ラナだろう。


「……もう疲れた」

「アリステラ、おもーい」

「……わたしは重くない」

「アリステラ姐さんまで。こんなの滅多にないわね」

「あ、でも一番最初はこんな感じだったかも」


 アミールの言葉で少し思い出した。

 ギルドを立ち上げたすぐのころだ。夜通し戦って、こうやってソファーにぐだーっとしてたっけ。


「こういう姿は年相応だがな」

「おとーさん、ミコもやるー」


 ミコちゃんが俺の上に跳び乗ってくる。ごふっと息が漏れた。

 しばらくそのまま、会話らしい会話もなく、時間が過ぎる。

 やがて、おいしそうな香りが漂ってきた。

 料理ができたらしい。


「さあ、みなさん。少し場所を空けてくださーい」


 ルーナちゃんやメリアムさん、ミューズさんやクロエさんが料理を運んでくる。

 

「あ、ハイマスが起きた」

「いますごい早さだったんだぞ。戦ってる時よりもすごいんだぞ」

「ヴィクトリアに呆れられるって相当よ」


 こんなにほっとする食事は久しぶりだと思う。

 みんなでよく食べ、よく飲む。


「私抜きでお楽しみを始めるとは、ひどいじゃないか」


 このタイミングでマスクバロンが戻って来た。いまの彼は戦う力がないから、古街で待機をおねがいしていたが、どこかに行っていたようだ。


「今までどこに行ってたんですか?」

「行政府施設を調査していたよ」


 食べる手が止まる。


「なぜ、調査など」

「ん? どうした、シント少年。怒っているのか?」


 俺たちのやりとりを聞き、全員が食事を制止してしまった。

 だめだな。とてもじゃないが、いま話せることではない。


「いえ、俺のことはいいです。続きを」

「ふむ……私はあのような乱戦だと役に立てないからね。避難ついでに少し中を調べてみたわけだ」


 そんなわけない。おおかた天至と『一桁ディジット』を見たかっただけだろう。あわよくば力を取り戻すヒントでもないかと考えたに決まってる。


「まあ、たいしたものはなかったがね。せいぜいが人体の――」

「マスクバロン」


 さすがに止める。その先を言わせるつもりはない。


「わかった、わかったよ。()()()()()()()


 みんな唖然としている。


「ところで、君が空で戦っていたモノは天至かい?」

「ええ、そうです」

「倒したのだな」

「天至アバディオクはこの世から消滅しましたよ」

「シント、詳しく聞かせてくれ」

「僕もです! 詳細を!」


 クロードさんが手帳を広げる。しかし、隣に座るクロエさんが無言でその手帳を取り上げた。


「クロード?」

「……そ、そんな殺生な! クロエさん! この話だけは……」

「ク・ロ・オ・ド?」

「……」


 クロードさんは黙った。青ざめている。

 なんか面白くて笑いそうになってしまった。


「そういうのは後にするニャ。まずは食べて、寝て、休むニャ。やっと……取り戻したんだから」


 これには全員がなにも言えない。

 そうして食事を続けたのだが、気づけば俺は自分のベッドの上で目を覚ますことになった。


 いったい何日たったのか。まさか三日だの五日だのたっていないか、ものすごく不安になる。

 

 寝癖もそのままに、起きてソファーへ座る。ギルド内はがらんとしていて、誰もいなかった。もしかして俺、置き去りにされたのだろうか。

 でもなんだか頭がぼーっとしている。


「シント、どうしたのですか?」


 ディジアさんが心配そうに見てくる。


「もー、寝癖ひどすぎだし」


 イリアさんが髪を直してくれた。


「すみません、少し……なんだか、疲れているのかも。アークスもパラメイズ港も……フォールンだって取り戻したのに……仲間もたくさんいますし、新しい人だって。だけど……なぜでしょう。俺はどうすればいいのか」


 やるべきことも、行くべきところもわかっているのに、どうしても心が晴れないんだ。


「シント?」


 ミューズさんの声がする。


「どうしたの? なんだか……悲しそうな顔をしてるけど」

「ああ……ちょっと、夢をみていたのかも」

「夢?」

「ええ、ただなんの夢だか、憶えていなくて」

「まあ、夢だしね」


 目を開けて、彼女を見た。


「みんなは?」

「新本部だったり、街の様子を見に行ったりしてるわ」

「俺、何日寝ていました?」

「一日半ってところね」


 密かに安堵する。あれだけ戦って、一日半ですんだのは幸運だ。

 

「あなたが寝ている間にいろいろ進めておいたわ」

「助かります」


 ミューズさんがいてほんとうによかった。


「それと報告もあるんだけど、聞く? それとも後にする?」

「いいえ、聞きましょう」


 一呼吸して、眠気を追いやる。

 やっと次に進めるんだから、気を取り直そう。

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