ドーン・イン・フォールン 26 ラッキーセブン
「で、なんだよ。なにを黙ってんだ?」
男は笑顔だ。俺は笑顔になど、絶対になれない。
「さっきの地上を狙った攻撃は、おまえだな?」
「せめて、さん、くらいつけてくれよ」
「いやだね」
彼は呆れたように両手を軽く挙げる。
寝そべっていた姿勢をやめ、人の骨でできたソファーに座り直した。
「あの光線は、敵も味方も関係なく撃ちだされたものだ。そしてそのソファーも、この部屋も……なにもかもがふざけてる」
「おまえさん、そんなつまらねえことを言うためにわざわざ来たのか?」
わざとらしいため息だ。
「なにがつまらないと?」
いつでも撃てるよう、魔法を密かに準備する。
「戦場を抜けて一人で来やがったからよ、さぞイカれてんだろうと期待したんだがな。このイカしたソファーのよさはわからねえみてえだし、金や財宝のこともどうせ勘違いしてんだろ」
「悪いが、話に付き合うつもりはない」
「悪ぃが、付き合ってもらう。まともに話せんのは久々だからなぁ」
男は立ち上がった。
「このソファーはカス貴族どもの骨で作らせた」
「だから、なんだ」
「面白いだろうが。こいつらはよ、ここに集めた金銀財宝を見て、こう言いやがった。返せ、ってな」
男に隙はない。
いますぐにでも打ち倒したいのに、経験が警鐘を鳴らす。
おそらくこいつは、先ほどの天至よりも、強い。
「返せってなんだよ。もともとそいつらの金じゃねえだろ。奪ったもんだろ。なあ?」
怒り、ではない。喜び、いや、愉悦か。出会って数分だがわかる。この男はまともな人間じゃない。
「でもよ、殺そうとしたら、命乞いを始めた。命だけは助けてくれ。なんでも差し出すってな。おいおい、返せって言っといて今度は差し出す? どっちなんだよ」
男の独演会は続いた。
「だからそいつらの骨で椅子を作った。死んでからも奪われた財を見続ける。ああ、スカッとするね。楽しいだろ? ええ、おい」
「ああ、楽しいよ。おまえがアホ面でくだらない話をぺらぺら喋っているのがな。あまりに滑稽だ」
「なんてひでえこと言いやがる。おまえさんには人の心がねえのかよ」
槍はまだ床に突き立ったままだ。
魔法で弾くか、速攻で取りに行くか。どちらにせよ分は悪そうだ。
「そういや、さっきの質問に答えてなかった。たしかにアレを撃ったのはおれ様だよ。なんか下がうるさくってな。おちおち昼寝もできねえ。ちと黙らせようと思ったのさ」
そんな理由で撃ったのか? どこまでもふざけてる。
「そうだったか。じゃあ昼寝を続けたらいい。その間に神槍ゲイボルグを返してもらう」
「はあ? おまえさん、話聞いてた? 返せってなんだよ」
男の表情が曇る。
「これは別におまえさんの物じゃねえはずだ。前の所有者はレオ・グレンザー。もしかして、知り合いか? それともグレンザー家の人間か?」
ここに【神格】があるということは、すなわちグレンザー伯はもうこの世の人間ではなくなったことを意味する。
彼はやられたのか。残念でならない。
「いいから返せ。おまえが触っていいものじゃない」
「……急にムカついて来たぜ。欲張りさんよ。だが……くだらねえと言ったことは撤回だ。おまえさん……やっぱイカれてんな。このゲイボルグしか見てねえ。街の人間がどんな扱いを受けてたと知っても、なにも感じてねえな?」
よく喋る。そんなこと、いまは関係ないだろうに。
「返せ、と言っている」
「そんなに【神格】が欲しいのか? これがあればおれに勝てるとでも? それともなんだ。この槍に思い出でもあんのかよ」
「違う。【神格】は所有物なんかじゃない。女神の欠片は、あるべきところに帰すんだ」
「ああ? 女神……だと?」
男の禍々しい魔力が一気にふくれ上がる。
「剣神が女神だって知ってんのは……ほとんどいねえはずだが?」
「おまえらの事情なんて知るかよ。どうせ俺に興味なんてないだろう」
「そんなことはないぜえ? なぜ知っているのか、是非にでも聞きてえとこだ」
男が真横に腕を伸ばす。
すると神槍ゲイボルグがひとりでに動きはじめ、男に手に収まってしまった。
やられた。引き寄せることができるなんて、気づけなかった。
「おまえさん、名は?」
「シント・アーナズ」
「シント・アーナズ……聞かねえ名だ。おれは『ラッキーセブン』。フォールンを統べる王」
「ラッキーセブン? そうか、おまえは『一桁』なのか」
「おいおい、これはますます……吐かせねえとなあ!」
一直線に突進してくる。神槍ゲイボルグの輝く穂先が迫ってきた。
俺はその場で後ろに倒れ込む。
鼻先をかする槍をやり過ごし、真下から、撃つ。
「≪螺旋魔弾≫」
「ちっ!」
魔力弾はラッキーセブンの顔脇をえぐり、血を舞わせた。
ヤツが急停止したのと、俺が跳び上がったのは同時。
「≪魔衝撃≫!」
「うおらああっ!!」
魔法は気合いの一撃で消された。
次いで迫りくる槍先から逃げるように、大きく後ろへと下がる。
「へえ、やるな」
魔法でつけた顔の傷はすぐになくなった。極めて高い回復力だが、驚きはしない。
「おまえはなぜ、その槍を使えるんだ」
【神格】は邪悪な者が触れた時、災いが起こるはずだ。
ラッキーセブンを名乗る男は邪悪の塊。使えるわけがない。
「普通のヤツならそうだろうぜ。だがおれは饗団の最強戦士よ。槍なんざ屈服させるのはわけねえ」
「ああ、そうかよ。聞いてよかった。これでもう、遠慮する必要がなくなった」
「おまえさん、調子に乗るヤツってよく言われるだろ? ああ?」
返事の代わりに≪魔弾≫を連射。
ヤツは槍を回転させ、魔力弾を弾く。
こちらは次いで≪衝破≫、≪魔衝撃≫とつなげて、わずかにできた余裕を使い、≪魔弾球≫を発動した。
室内に暴風が吹き荒れ、札束が宙を舞う。骨のソファーは完全に破壊され、もはやガラクタ。しかし、ラッキーセブンはそれらを意に介することもなく、激烈な攻撃をしかけてくる。
「そりゃそりゃそりゃそりゃあ!」
ゲイボルグの穂先が俺の頬や肩をかすった。
さすがに速いな。嫌な間合いだ。
これだから槍は苦手なんだよ。もっとも厄介な距離で突いてくる。
しかしながらそうも言っていられない。
≪魔弾球≫を操り、同期を強める。
配置は完了。まずは――
「≪光輝弾≫」
俺の背後に配置した二つの球からまばゆい光を放つ。
ラッキーセブンは、顔を腕で隠し、すんでのところで目が灼かれるのを防ぐ。
「目くらましなんぞ!」
「≪漆黒之迅雷≫≪真空之刃≫≪螺旋魔弾≫≪水之砲≫≪燃焼之火≫」
発動が早い順から次々魔法を撃つ。
≪魔弾球≫を使った遠隔魔法撃は、その全てがラッキーセブンにヒット。
電撃はわずかな麻痺を起こし、風刃が斬り、魔力弾が貫き、水砲が叩き、炎が焼く。
「ぬううおおおおおおおお! ど、どうなってんだーーーーーー!」
≪魔弾球≫が配置を終えた時点で、有利は取った。
残った最後の一つをヤツの足元に置き、最後の一発を放つ。
「≪魔弾≫」
「どこ狙って――ぐうおあ!」
魔力弾は球に当たって方向を変え、ほぼ真下からヤツのあごを跳ね上げる。
決まった、かに思われたが、ラッキーセブンは倒れなかった。
すさまじい耐久力だ。
「まだ手放さないか」
「てんめえ……やってくれる」
神槍ゲイボルグさえ取り戻せればいいのだが、簡単にはいかないようだ。
「隠密使って戦場を抜けて来たわけじゃあなさそうだな、シント・アーナズ」
「勝手に想像して決めつけるな。おまえらごときが」
「言うねえ……どうにも……ぶち殺したくなってきた!」
ぎらついた目で、攻撃をしかけてくる。
その間合いに付き合う気はない。さらに下がって、距離を空けた。
「いいのか? その距離はよお!」
ヤツはニヤリとして力を放った。
神槍ゲイボルグの穂先から出るこぼれ出る光。
いいのかって? いいんだよ。それを待ってたんだから。
「≪飛衝≫」
急停止からの前方加速。光線が放たれる瞬間までの間に距離を詰める。
光線は俺の右耳のすぐ近くを過ぎていく。
だが、こちらはもう槍の間合いの内側に入った。
「≪魔衝拳≫」
魔法で包んだ拳を、胸のど真ん中へ打ち込む。
「……ぐうううう! マジでやるじゃねえか!」
ラッキーセブンは俺の襟を掴んだ。なんのつもりだ。
「死ぬかと思ったがな。捕まえたぜ」
「汚い手を放せ」
「いいや! 死ね!」
ヤツは口をがばりと開けて、俺の首に噛みつこうとした。
それを左腕で、さえぎる。
激しい痛み。腕の肉が噛み千切られてしまった。
もう関係ない。距離をとらないなら、このままやらせてもらう!
「≪魔衝烈覇拳≫!!」
「てめえ!」
右腕に集まった魔力が炸裂を引き起こす。爆発する拳がラッキーセブンの顔面をとらえた。
回転し、財宝の山に突っ込む。飛び散らかる財宝がじゃらじゃらと音を鳴らした。
札束の次は金銀の雨か。じゃあその次は血の雨を降らす。
「グオオオオオオオ……ナニモンだ、てめえ」
立ち上がるラッキーセブンの顔は奇妙な形にひしゃげていた。
「くそが。アバディオクのやつはなにしてやがる……」
もう余裕はなさそうだ。さっさと倒し切りたいが。
「こりゃもう全力で狩り殺すしかねえようだな」
「喋ってないでさっさと来い。いい加減おまえの口数にはうんざりだ」
「……今度はマジでムカついてきたぜえ。いいだろう、真の姿を見せてやる」
魔力ではない、恐ろしい力が集まっていく。
「≪螺旋魔弾≫!!」
みすみす許すつもりはない。
放たれた魔力弾はヤツの額を撃ち抜いた。
が、死なない。
「勝負は……これからだぜーーーーーーーー! 神力解放っ!」
爆発が起こる――




