ドーン・イン・フォールン 25 天至、そして……
室内を満たしていたむせかえるほどの血臭は、俺の炎によって消された。
いまは肉を焼く嫌な匂いが充満している。
しかし、気にしている余裕はない。
見据えるのは天至。倒す事だけを考える。
「ここは私の城! あなたごときが勝てる道理はありません! 『流々』!」
「≪全方位障壁≫!」
魔法を放つのは、同時。
ヤツはこの場所に存在する全ての血液を集め、数本の尖った水流と化す。
蛇にも似た動きで、尖端が障壁を穿つ。だが、負けない。俺の障壁はそんなくらいじゃ破れない。
「硬いですね……だが、終わりだ」
「なに!?」
尖端が回転を始め、徐々に食い込み始めた。水を支配し、操る魔法か。
障壁を解除すると同時に、前方へダッシュ。水流を置き去りにして、拳を振り上げた。
「ほう? しかし、また触れられるのは気持ちが悪い」
翼をはためかせ、浮きながら下がる。
「『水滴』」
ピュン、と限界まで凝縮された水玉が飛んでくる。
首を曲げて避け、やり過ごした。
かすった頬から血が流れる。
「ますますいいですよ、珍サル君。殺し甲斐があるというもの」
ヤツは俺を見ながら、背後に手をかざす。
血の色をした水流が、壁を全部吹き飛ばした。
太陽の光が差す。
「しかしながら……珍しいとはいえ、サルはサル。研究対象としては申し分ありませんが……私と戦うなど、不遜にすぎます」
「逃げるのか?」
挑発すると、一瞬止まる。
「………………キエエエエエエエエエエエ! おっと、おっと……いけません」
「俺が怖いから逃げるんだろ?」
天至はビクビクと震えた。
「これから始まるのは一方的な虐殺に他なりません……くっふっふっふ、私は天に至る者……天は我らが領域!」
ヤツは浮遊したまま、外に出た。ここは六階だから、とうぜん飛翔の魔法を使っているんだろう。
反撃を受けない場所から一方的に攻撃。
ああ、そうだよな。おまえみたいなヤツなら、そうするだろうよ。
「……≪漆黒ノ翼≫!」
黒き翼を生み出し、全速力で天至に体をぶつける。
「なん……ですとーーーーーーーー!」
「空がおまえたちの独壇場だなんて、誰が決めた!」
「ちいっ! は……なしなさいっ!」
「うるせえ!」
至近距離で顔面を殴り、頭突きをかます。
距離が離れ、空に浮いたまま、にらみ合った。
「黒い翼ですと? まさか……まさか貴様は……眷属!」
「やっと焦ったな。なにが天に至る者だ。戦う力のない者しか狙わないこの卑怯者が」
「かっ……はあっ……ひ、ひ、卑怯、者……?」
「サルだサルだとうるさいんだよ。俺たちがサルなら、おまえたちはゴミだ」
「キエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」
取り乱し、闇雲に『水滴』を放つ。
一発一発が恐ろしい貫通力を持っている魔法だ。
「≪魔弾球≫」
威力も速さもありえないが、一直線にしか飛ばない。そんなものは、俺には効かない。
生成した魔力球を旋回させる。
「おのれ! 汚らしい女神の眷属めが! 許しませんよォォォォ! 貴様のような――」
「≪真魔弾≫」
グオン、と音がして、ヤツの脇腹が削り取られた。
指先から発した≪真魔弾≫は、天至の肉体の一部を消失させる。
「は……? な、なぜ」
ヤツは自分の削り取られた部分を見つめている。なにをされたのか、わからなかったようだ。
「これは……なんでしょう?」
「なんだと思う?」
「…………キエエエエエエエエエエエ! 『浮珠』! 『流々』! 『水魔降誕』!」
次々放たれる魔法に対し、こちらは≪魔弾球≫を使う。
「ディジアさん……ほんの少し、知恵を借ります。≪次元歪曲場≫!!」
腕輪となっている魔空ウラヌスが輝きを放ち、≪魔弾球≫と同期。魔力球がそれぞれに空間を歪め、ヤツの魔法の軌道を変えた。
一つ一つが喰らえば死ぬであろう魔法は、全て俺の脇をかすめ、どこかに消える。
「なぜだ! どうして!」
「おまえたちの特性はだいたいわかっているんだ。おまえもヤツのように、滅する」
「ふふふふふざけるな! どういうことです!」
もう笑えないか。
「すでに一体を殺した。風を使うヤツだよ。『疾烈風槍』だったか?」
「……ありえない。ありえません! ゼフィゾルをやったというのですか!」
ああ、あのゴミはゼフィゾルっていうのか。
「……神より与えられしアバディオクの名において命ずる……来なさい! 『水天衝突穿』!」
掲げられた手に、どこからか杖が現れ、収まる。
武器を召喚したのか。いまさらだ。おまえが消えることは変わらない。
右の人差し指を伸ばし、左手で右手首をがっちりと固定。
魔力を高め、一点集中。
「死ぬがいい! 我が最大のおおおおおおおおおお!」
「≪真魔裂弾≫」
杖の先を向けて突進してくるアバディオクは、魔法を喰らい空中で止まった。
まるで時が止まったかのよう。
ややあって、天至が笑い始める。
「……ふ……ふっくっくっく……どうやら、不発、のようですねえ」
「そうか? よく見ろよ」
「はあ?」
ヤツの首の下には、穴が空いていた。
「少し時間差があるんだ。おまえたちがゆっくりと死んでいくように、調整した」
「なにを……っ!」
空いた穴から鈍い光が漏れる。
「こ、これはああああ!」
光は穴だけではなく、目の部分や、口の部分からも漏れだす。
「クオオオオオオオオオオ! なんたる……なんたることだ! サルめ……サルごときめ……キエエエエエエエエエエエエエエエッ!?」
≪真魔裂弾≫は天至を内部から破壊する。
ヤツは苦しまぎれで、俺に向かい杖を振るおうとした。
「≪真魔弾≫」
腕ごと杖を消す。
「ブオオオオオオオ! アリエヌウウウウウウウ!」
内側から徐々に壊されるのは、苦痛だろう。
アバディオクはもがき苦しみ、全身をかきむしった。
やがて、顔面にひびが入っていく。
苦しめ。そして、死ね。
なにもない虚空へ完全に消え去るがいい。
「ハガアアアアアアアアッ!」
天至アバディオクは消滅した。前は断末魔が聞けなかったから、今回は少しだけ満足する。
ようやく体温が落ち着いてきた。さっきまでは燃えるように暑かったから、汗がすごい。
「それにしても」
あの光での攻撃がなかった。撃ってくるのではないかと考えていたが、なんのつもりだ。
「行くか」
下では激しい戦いが続いている。しかし、ざっと見るかぎりでは負けていない。いや、むしろ数で押しているように見える。
きっと、逃げた人が再び勇気を奮い立たせ、戻ってきたのだろう。
「俺がやることは、一つだ」
もうあの大光線は撃たせない。
飛翔の魔法を保ったまま、行政府施設の最上階へと向かう。
壁を≪発破≫の魔法で壊し、穴を作る。
そのまま中へと侵入。
ここは市長やその他の高官が仕事をする階層のはずだ。
いまは無人。
聞こえるのは、地上で戦う人々が出す音だけ。
引き寄せられるように、足を進める。大光線が放たれた大本はどこだろうか。何者かがいるのは間違いないのだ。
魔法を構えつつ、行く。
慎重に足を進めたが、ここにも人の気配はない。
順に部屋を確認するも、無人だった。だとすると、大光線を撃ったヤツが要る場所は一つだと思う。
「ここだな」
市長室、とでかいプレートが掲げられた場所に到着する。
両開きの大きなドアの前に立ち、≪透視≫を使う。
中は見えない。いろいろなものが邪魔をして、見通すことはできなかった。
いや、ここまで来たんだ。行かないということはない。
天至は倒した。もう、好きにはさせない。
ドアを開けた。
攻撃はない。静かなものだ。
初めて市長室に入ったが、かなり広い。おそらく会議室も兼ねているんだろう。
だが、この場に似つかわしくない物が、ある。
市長が使う立派なデスクへいざなうように、右側には札束の山。それが三つ。一山十億アーサルはあるだろう。
左側には金銀財宝の山。それが二つ。指輪、ネックレス、古い金貨に銀貨。そしてインゴット。きらびやかさが、逆に不気味だった。
「おーい、ノックぐらいしたらどうだ?」
デスクの向こう側にある幅広いソファー。ソレに寝そべる男が一人。
「……」
しゃべる気にはなれない。さっきの天至といい、こいつらはどこまで人を嘲るつもりなんだ。
なにもかもが気に食わない。
「どうした? 用があるから来たんだろ?」
男は二十代後半から三十そこそこといったところだろう。どちらかと言えばがっちりとした体格で、異質な魔力を放つ。短く刈り込んだ髪の両脇に小さな三つ編みがあって、一見すれば愛嬌のある顔立ちに見える。
だが、そんなものはどうでもよくなる。
問題は、こいつが座っているソファーと、床に突き立てられた槍だ。
もうため息しか出ない。
それとともに、どす黒い感情が足元から昇ってくる。
大広場を襲ったあの光線の正体がわかった。
ひどく見覚えのある槍。
それはここにあるはずのない、【神格】神槍ゲイボルグだった――




