ドーン・イン・フォールン 24 現れる災厄
大都市全体を覆いかねないあまりに巨大な光。
それは束ねられ、太すぎる光線となり、地上にいる俺たちを撃つ。
展開した魔法のシールドは間に合った。
だが、完全には防ぎきれない。
障壁とぶつかった光線は消えた。しかし、余波が大広場を襲い、多くの人々を吹き飛ばす。
「アテナ! 俺とシールドだ!」
「はい! マスター!」
二射目を考慮し、二重で障壁を展開。
だが、攻撃はこない。
遅れて悲鳴が轟く。このままではまずい。パニックになる。
「副長官! みんなを落ち着かせてください!」
「あ、ああ!」
副長官が落ち着けと言っても、聞く者は少なかった。
「シント! いまのはなんだ!」
「わかりません! ですが気をつけて! 混乱に巻き込まれないよう!」
気休めだけど、そう言うしかない。
「ミュラーさん、いまのがなんだかわかりましたか?」
「あのような魔法は、そう撃てるものではない。属性は光。威力は【神格】級だろう。発射位置は……行政府だ」
彼は目を鋭くする。
「それはいい。問題は、敵味方を関係なく撃てるその冷徹さだ」
同感だ。あんなのが着弾していたら、饗団の兵も丸ごと吹き飛んだ可能性が高い。
事実、彼らもまた動けないでいる。前列の兵たちは見るからに狼狽していた。
いったいなんのつもりだ。ありえない。
「もうこれは……収拾がつかない」
誰も彼もが混乱をきたしている。
そこへ、最悪なものが投入された。
中央区に通じる道から兵団が姿を現す。
横一列に並ぶ機械兵。その数はおよそ十体。さらに脇を固める白いボディスーツの兵士たち。饗団の上級戦士『番号士』だ。
「き、き、き、来た! あれは……剣神機!」
「なんだってあんな数……」
憲兵たちが恐怖で震えている。
『うろたえるな! あれこそが主力だ! あれを叩けば、終わる!』
副長官は必死だ。いまここで繋ぎ留めなくては、負ける。
集まっていた饗団兵も武器を構えだした。やるしかない。
「みんな、構えて。あれをやる」
無言だが、ウチのメンバーたちはわかっている。こっちは問題ない。
だが、逃げる街人たちは止められなかった。この場に残る者のほうが少ないだろう。
魔法を構える。いつでも撃てるよう、集中を開始。
しかし、突然頭がおかしくなりそうになった。
「くっふっふっふ……」
奇妙な声が聞こえる。
そしてその声は短く、『水滴』と唱えた。
「危ない!」
異様な気配を感じ、副長官を突き飛ばす。
伸ばした俺の左手甲になにかが突き抜けた。
くっそ! 手に穴空いた! 穴は小さいけど痛い!
「どこだ! どこにいる!」
「シント! やつらが来るさ!」
「全員、戦闘開始! 俺は……いまの奴を仕留める!」
俺の手を貫いた魔法は、ありえないものだ。
弾速、威力、精度、全てが極めて高いレベル。それこそ、人間業とは思えない。
「副長官! みんなをまとめて、対処を!」
「くっ……わかった!」
彼は立ち上がり、武器を掲げて突進を開始。それに憲兵たちが続く。
ウチのメンバーたちも一塊になって戦いを始めた。
「ふっくっくっく……」
まただ。またあの声が聞こえる。
いったいどこにいるというのだ。
頭がこんがらがりそうになる。だけど、正気を保たなければやられるだろう。
「ダイアナ! サナトゥスはなるべく温存! でもやばかったらぶっ放して!」
「う、うん!」
「シスター・セレーネは≪リバースリジネ≫で機械兵のシールドを破れ! アイリーンはその隙に斬るんだ! アテナはシスターとアイリーンを守ってくれ!」
「はいですぅ!」
「マスター、無理はいけません!」
いいや、行く。アレを野放しにすれば、死だ。
それに、さきほどの行政府施設から放たれた恐ろしい光。アレも止めなくてはならない。
逃げゆく人々を避け、声がしたかもしれない方向へ走る。
一瞬だけ感じた気味の悪い力は、勘違いじゃない。
人の波をかき分けて、無理やり進む。
戦場はもう乱戦。展開は一切が読めない。
気を散らすな、シント。必ず、やり遂げるんだ。
「くっふっふっふ……」
まただ。また聞こえる。
そして見つけた。見つけたが、足が動かない。
なんだ、こいつは。
「ふっくっくっく……」
行政府施設に近い場所の建物だ。
ソレは柱から顔の半分だけを出し、俺を見ている。
表情はない。それは金属の仮面で覆われているからだ。
少しだけ見えるのは白の外套。
雰囲気も、感じる魔力も、なにもかもが人間とは違う。
「おまえは……天至!」
「おお……珍しいサル君。いかにも私は天に至る者」
「俺の手によくも穴を空けてくれたものだな」
「狙ったのは大柄なサルです。良い素材になると思ったのですが、残念」
笑っているのか? 気味が悪いぞ。
「殺す」
魔法を構える。
だが、ヤツは笑い続けた。
「不遜ですが、珍しいサルです。いいでしょう、招待させていただきましょうか……『浮珠』」
短い詠唱が、魔法を発動させる。
俺の周囲に現れる五つの球。それは水だ。水でできた球が生成されたのだ。
「さあ、おいでなさい。珍しいサル……少し言いにくいですね。珍サル君、と呼びましょう」
「ふざけるな! ≪螺旋魔弾≫!」
魔力弾が射線上にあった二つの水球を貫き、霧散させる。
「おお? これはこれは……キエエエエエエエエエエエエ!」
突如として飛びかかってくる。目にも留まらぬ速さ、とはこのことだ。
俺の襟首を掴み、浮上。一気にスピードを加速させ、行政府施設に突っ込む。
「なにをする気だ! 放せ!」
「くっふっふっふ……招待すると、言ったでしょう」
掴まれたまま壁を突き破り、中へと放り出される。
ここは六階か? いちおう、見覚えはあるところだ。
「くっ……この穴、ふさがるのか?」
左手の平には穴が空いたまま。そでの一部を引きちぎり、手をぐるぐる巻きにする。止血はもうこれでいい。
「ヤツはどこだ……どこに行った! 出て来い!」
返事はない。ただ、笑い声だけが聞こえる。
どこまでもふざけたヤツ。絶対に滅ぼす。
声をたどり、薄暗い廊下を歩く。
荒らされた部屋の数々には、血痕も見えた。
しかし、なぜ無人なんだ。饗団の兵が潜んでいると思ったが、誰かがいる気配はない。
やがて、鼻に突き刺さる匂いを感じた。
血の匂い……いや、もっとひどい、死臭だ。
「な……」
言葉を失う。
壁が取り払われた広い部屋にたどり着き、めまいを覚えた。
なんなんだ、これは。
「こんな……ことが」
寝台が並べられ、床には血が広がっている。
寝かされている人々はみな一様に恐怖で歪んだ顔をしており、とうぜんのように死んでいた。
「バカな! ふざ……けるなああ!」
寝かされている男性も、天井からフックで吊られた女性も、切り刻まれている。
臓腑はなく、取り出された形跡。
体が震える。
悪夢以外のなんだと言うんだ、これは。
「ふっくっくっく……ようこそ」
天至が姿を現す。
さっきはなかった翼を広げ、祈るように手を合わせている。
羽根の数は四枚。一つ一つが白く輝き、おぞましさを増上させていた。
「この場所はなんのつもりだ?」
「検証……? 実験……そんなものです」
「なんだと?」
「私はサルに興味があるのです。非常に、と付け加えておきましょう」
興味? だめだ、目の前が真っ赤に染まっていく。
「これが実験だと? こんな……なんてことを!」
「おや、なぜ……怒るのか。サルとて生物をしっかりと把握するために解剖をするのでしょう? それと同じことですよ、ええ、同じです」
「黙れ! ≪螺旋魔弾≫!!」
「おっと」
狙いが逸れて、壁に穴を空ける。
「うおおおおおおお……! せめて……せめてえええええええ! ≪極之焔≫!」
黒き炎を生み出し、放つ。
もう見ていられない。耐えられない。せめて人の手で、燃やす。
「燃やす気ですか? なんたる愚かさよ。これだからサルは……キエエエエエエエエエエエエ!!」
天至が突っ込んでくる。
知るか。全部燃やす。
黒炎を素手で握り、ヤツの顔面に拳を叩きつける。
カウンターの形で決まったが、こっちの拳が砕けそうだ。いいさ、この痛みが正気を保たせてくれる。
「私の顔を……殴ったというのですか! なんという不遜、なんという身の程知らず……だが……面白い……珍サル君、新しい検体となりなさい!」
ねっとりと湿った魔力が立ち昇る。
来い。いまからおまえを、跡形もなく消滅させてやる。




