ドーン・イン・フォールン 23 決戦はすぐに
饗団側についた冒険者たちとの戦闘も、ようやく終わりが見えつつある。
『メルディアンマスクズ』『ワーカーズ』『エターナルズ』という三つの大手ギルドがいっせいに乱入し、危うくやられるところだった。
彼らは冒険者だ。自由な戦い方は先が読めず恐ろしい。だが、裏を返せば連携を取れないということでもある。
今回はそれに助けられた、と言っておこう。
残るは立派な鎧を身に着けた色男だけだ。バルジャン卿、と呼ばれていたが、何者だ?
「あとはあなた一人だ」
「……」
彼は剣を捨てた。愛想笑いを浮かべ、両手を挙げる。
「待ってくれ、私は雇われただけの男だよ」
「こっちの命を狙ってきたんだ。いまさらですね」
ヴィクトリアが、がるる、とすごんだ。
「いやいや、それはさ、ほら、やらないとこっちもまずいし。わかるだろ?」
「わからないんだけど」
「私はこう見えてもバルジャン子爵家の三男だ。いまではヒヒイロカネ級冒険者で、兄たちなんかより力と金を持っている。協力できないかな。私の力を利用したらどうだい?」
よく口の回る男だ。
「つまり、こちら側につくと?」
「そうそう。私は純粋な人間だ。強い人間に惹かれる。君はとても強い。それこそ【神格】の所有者とも思えるくらいにね。そしてリーダーシップにも優れている。もしかして君があの最強ギルド『Sword and Magic of Time』のマスターじゃないかい?」
ニッコリと笑って美辞麗句を並べる。
ある意味すごい男だ。必死すぎるだろ。
「バルジャン家の本拠は?」
「帝都だよ! 帝都! そうだ! 戦が終わったら我が家へ来ないか? 食事をしよう。父にも紹介する」
「ではバルジャン家全体が饗団を敵に回すということでいいですね?」
「うん? あ、ああ、それでいい。おそらく父は帝都で饗団と戦っているだろうし、問題はないはずだ。たぶん」
よくもまあぺらぺらと。しかしどうしてか憎めなくなってきた。一周回って感心する。
「家名を出した以上、もう後戻りはできませんよ。二言はありませんね?」
「もちろんだ! 私は曲がりなりにも帝国貴族。このフレート・バルジャン。家名に誓って君たちに味方しよう」
饗団にもどうせ似たようなことを言っているんだろう。調子のいい人だ。
だが、利用価値はあるかもしれない。
ちょっと面白いことを考えたぞ。
最前線に来たってことは、どのみちこの人は使い捨ての駒にすぎない。
「わかりました」
「ほっ……」
「今からダメオン侯爵が戦っているパラメイズ港へ送ります。彼に味方してください。シント・アーナズがフレート・バルジャン卿をスカウトしたと、侯爵にちゃんと言うのですよ?」
「ん? いや、待ってくれ。なにを言っているのか」
「どうせこのままフォールンにいたら、あなたは殺されます」
「そ、それは……そうだが」
「あと、ちゃんと働いているかどうか、しっかりと確認しますので、裏切ったら」
「うう裏切らない! 裏切らないよ!」
「それでは侯爵によろしく言っておいてください」
「へ?」
≪空間ノ跳躍≫でパラメイズ港の臨時本部へと送る。
バルジャン卿は姿を消した。魔法は成功だ。
「シント、ほんとうに良かったのかい?」
振り向くと、ウチのメンバーたちが俺を見ている。戦いはとっくに終わったらしい。
「……軽薄極まりない男」
「あんなの信用できるの?」
みんな似たような印象を抱いたみたいだ。
思わず笑ってしまった。
「どっちだとしても、利用できる。マスクバロンも監視してくれるだろうし、使い道はありそうだ」
「シント君……? とっても悪い顔してますう」
「シントさんったら、そういう顔もするんですね~」
シスター・セレーネとアクエリナさんが変なことを言う。
俺の顔はいつも通りだ。だけど、少々意地悪だったのは認めよう。
「ヒヒイロカネ級冒険者をただ倒すのはもったいないよ。これから先もよさげな人材がいたらダメオン侯爵に送ろうっと」
「……」
「……うーん、侯爵さま、いまごろどんな顔してるんだろうなあ……」
アミールが言うとおり、侯爵の顔を想像したら、さらにおかしくなった。
「さあ、ここはもう終わりだ。第四地区へ向かおう」
冒険者たちは懸念したとおり、厄介な戦力だった。しかし、最大の規模だったワーカーズはもう余力がないはず。エターナルズも全滅だし、乗り越えられたのは幸運だった。
「気を引き締めよう。おそらく、ここからが本番だ」
「ああ、わかってるさ」
「憲兵と合流しましょう、ハイマスター」
俺たちは第五地区を後にし、新たな戦場へと向かう。
★★★★★★
隣の第四地区では、到着した時、すでに勝鬨が上がっていた。
魂を込めた雄叫びを上げているのは、憲兵たち。そして副長官だ。
第四地区は広い。それを短時間で制圧してくれた。恐れ入るばかりである。
「アーナズ君! 来たか!」
「ええ、やってくれたみたいですね」
「なに、君の前準備があったおかげだ」
昨夜、ミュラーさん……じゃなかった。ブラックルーラーとの隠密作戦で多くの部隊長クラスを事前に倒している。役に立ってなによりだと思う。
「そちらはどうだ?」
「なんとか第七、第六、第五地区を制圧しました」
「さすがだな……半年たってようやく安心感を得られたよ」
気持ちはわかる。しかし、まだ終わっていない。
「ここからは厳しい戦いが待っているでしょう。敵主力はおそらく商業区か、中央区の集結していると考えられます」
「ああ、そうだな」
それと、副長官には先に言っておかなければならないことがある。
「すみません、副長官。先に謝っておきたいのですが」
「どうした? なにか……浮かない顔をしているが」
「ええ、陽動のために憲兵本部を壊してしまいまして」
彼は驚いたように固まった。
「ま、まあ、多少はしかたあるまい。正義は場所で決まるものではないし、謝る必要はないだろう」
多少ではないのだけれど、それはあとにしようかな。
「ともかく、勇気ある街人たちも続々と加わっている。数はすぐに何万とふくれ上がるだろう。この勢いを止めたくはない」
「では行きましょう」
「ああ! みな喜ぶのはそのへんにしておけ! これから商業区へ場を移すぞ!」
副長官の勇ましい声が、憲兵たちの顔を引き締めた。
街の約半分は制圧できた。こちらの味方も増えている。
このまま行くしかない。ウチのメンバーたちとも顔を見合わせ、うなずき合うのだった。
★★★★★★
商業区へとつながる大通りを、埋め尽くさんばかりの数の人間たちが歩く。
先頭はフォールン憲兵隊副長官、ヘンリー・ボークラーク卿。
いかつい顔と肉体は騒ぎを聞きつけてきた人々を勇気づけている。
商業区は東西南北に巨大な通りを有し、街のみならず帝国の商業における中心地でもある。
待ち受けるのは、とうぜん饗団の軍だ。他にも冒険者や傭兵といった者達も混じっているのが見えた。
敵の数は間違いなく一万以上。俺たちが制圧した地区には精鋭がほとんどおらず、その分ここに集まっていると思う。
こちらはおそらく一万から一万五千はいる。職業軍人は少ないものの、勢いは圧倒的。
そして、やってくるのは俺たちだけじゃない。
南側の大通りからも、街人で構成された隊が列をなして歩いてくる。
そちらも一万人以上はいそうだ。
ここまでくれば、形勢は五分以上に思える。
フォールンの人口は三百万人。もちろん全員が戦えるわけじゃないけど、いざとなれば味方になる、と思えばこれほど心強いことはないのだ。
「全隊、止まれ!」
副長官が手を挙げる。
一定の距離をとったまま、饗団の軍とにらみ合った。
フォールン商業区の中央にあり、象徴でもある初代市長を奉った英雄像がそびえ立つ場所で、互いがいままさに戦おうとしていた。
この場所は数十万人が詰めかけても問題ないほどに広い。戦場としては申し分ないだろう。
「アーナズ」
と、ここですっと隣に来る男性がいた。俺をアーナズと呼ぶのはミュラーさんだ。
「仕込みは済んだ。これを」
黒い棒状の魔導具を渡される。これは、マイク、と呼ばれるもので、声をより大きく、遠くまで届かせるものだ。
ミュラーさんには朝からこれを用意してもらっていた。
「ありがとうございます」
「いや、いい。予定は順調のようだな」
「ここまでは、です」
「ああ、いまからが本番だな」
仕事を遂行してくれたことに感謝だ。ミュラーさんはこのまま戦線に加わる。
俺は、受け取ったマイクを副長官へ手渡した。
「これは?」
「魔導具です。これを使って話すと、街のほぼ全域に声を届けることができますので」
「なんと!」
最初は戸惑う副長官だったが、すぐに表情を厳しくして、マイクを使用した。
『聞け! フォールンに住む市民たちよ!』
空気がびりびりと震える。とてつもない音に、敵味方がびくりと震えた。
ミュラーさんの仕事は完璧に作動している。
『私は憲兵隊副長官ヘンリー・ボークラーク! すでに街の半分を解放した! もはや恐れることはない! 立ち上がり、我らを虐げた饗団を倒そう!』
歓声が生まれる。
怒涛の勢いだ。
いやがおうにも期待が高まっていく。
だが……
どうしてだ。
ここまでやって、ここまで来て、いまこの瞬間に、あまりにも恐ろしい感覚に襲われる。
思わず上を見た。
空にはなにもない。
「シント? どうしたの?」
「どこを……見てるんだい?」
この感覚……間違いじゃない。魔力がどんどん高まっているのがわかる。
「ミュラーさん、なにか感じますか?」
「……妙な気配がする」
いったいどこからだ。周りが騒がしくて、集中できない。
「違う! これは!」
いま、きらりと光が見えた。
発生源は、中央区にそびえる行政府施設、その最上階!
「≪魔障壁≫・五十連!!!!!」
障壁を張るのと同時に、身を焦がすような煌めく光が撃ちだされる――




