ドーン・イン・フォールン 20 ブラックルーラーは闇と消える
饗団の軍がついに動き出した。
その報がマスクバロンからもたらされる。
二万五千人という規模がフォールンを離れ、南部での戦に加わるはずだ。
予定通りではあるが、周辺の市町村から穴埋めの援軍が来るという話だし、油断はできない。
派兵された連中が十分に街から離れるまで待つ。
この時間はかなりもどかしい。だが、準備をできる時間でもある。
そして、決行日前日の夜――
俺は第四地区でもっとも高い建物、『ユーヴェリア聖堂』と呼ばれる施設の屋根に立っている。
ここはかつて剣神教団の聖堂であり、いまは第四地区の役所として使用されているのだった。
旧帝国時代に隆盛を誇った剣神教団は、一度解体され、いまはもう見る影もない。聖堂が役所として使われていても、文句すら言えない状況なのだ。
と、こうして頭の中でいろいろ自分に説明しているわけだが、ちゃんと理由がある。
それは――
「……」
「……」
隣に立つ男性となにを話していいかわからないからだ。
お互いに黒いスーツ。そして黒のフルフェイス兜。さらには黒のマントをなびかせ、下を見ている。
「ミュラーさん」
「……コードネームを使ってほしいのだが?」
「じゃあ、えーと、『黒ノ王魔』さん」
「それは異名だ。ブラックルーラーが暗号名となる」
ぶ、ぶらっくるーらー……?
「すごい……名前ですね」
「普通だろう」
どこが普通なんだ。
「しかし驚いたぞ。君もそのようなスーツを持っていたとは。前に言っていた、ラグナで使用したものか」
「ええ、その通りです」
「手伝いを申し出てきた時は不安だったが、それなら問題はない」
ミュラーさんは第四地区での敵戦力を削る提案してきた。
それは、前日の夜に第四地区を仕切る軍の指揮官を狙って倒す、というものだ。
「一つ、聞きたいのですが」
「どうした。すでに作戦については話したはず」
「あなたはいつもこのようなことを?」
「いつもではない。若い頃に少し、な」
ほんとに少しか? 怪しいんですけど。
「妻に……いや、当時はまだ交際もしていなかったが、怒られた。それ以来、あまりやらないようにしていた」
奥さんには弱いらしい。たびたび話に出てくる奥さんは、どんな人なんだろう。かなり気になる。魔導具店では見かけてないし、フォールンに別の自宅があるってことかな。
「ちょうどいい時間だ。行くか」
颯爽と飛び、別の屋根へと移る。
無駄のない動作で、目的地へと向かった。
かなり速い。飛翔なしではついていくのが精いっぱいだ。
「最初はあそこだ」
まだ明かりのついた広い家だ。
「行くぞ」
「え、ええ」
窓を開けて、侵入。彼はずんずん進んで、隠れることもしない。
リビングにたどり着くと、そこでは兵士たちが酒盛りをしていた。
「標的を発見した。他を頼む」
黒いマントをひるがえし、床を蹴る。
「なんだおまえ! ががふっ!」
グラスを持ったまま、隊長格の男が強烈な蹴りで倒される。
「て、敵襲!?」
「くそ! なんなんだこいつら!」
慌てて武器を持とうとする兵士たちに≪魔弾≫を撃つ。その全ては急所にヒット。意識を刈り取った。
「片付いたか」
「こっちはオーケーです」
「早業だな」
と、彼は苦しげなうめき声を上げる隊長の襟をつかみ、片手で持ち上がる。
「てめえら……ぐうっ……いきなり……」
「いきなり、なんだ?」
ミュラーさんはフルフェイス兜を、男の顔面にくっつけた。
近い。近すぎる。
「ひ……ひぃ!?」
「【縛鎖鉄縄】」
「ぐわああああああ!」
彼が右手に持つ円盤状の魔導具が動き出し、隊長をぐるぐる巻きにする。
きつく締められたことで、男は気絶した。
「風呂場にでも閉じ込めておこう」
「わかりました」
これで一か所目は終わりだ。あと何人だっけ? ミュラーさんがいろいろ衝撃的すぎて、作戦が思い出せなくなってきた。
明かりを消し、次なる場所へ。
俺は飛翔の魔法があるから、見つからずに行ける。ミュラーさん――ブラックルーラーは壁に貼り付き、まるで蜘蛛のようにすいすいと移動した。
手足に魔導具を仕込んでいるのは明らか。
心配する必要はなさそうだ。
次の標的はすぐそこだ。
隊長格のほとんどは第四地区の中にある立派な家を接収し、利用しているようだった。
ふざけたやつらだ。手加減はいらないだろう。
二人目は大剣の戦士だった。が、柄を握った瞬間、稲妻が炸裂。
「んだてめえ! 怪しいかっこ――あばばばばばばばばば!」
「【地雷盤】だ。よく味わうといい」
そして三人目は、弓兵隊長。彼は女性とベッドに入ろうとした瞬間だった。
「ちょっ……なんだおまえ! グオオオオオオオオオオオ!」
「【衝撃掌】」
掌底での一撃は、衝撃波を生み出し、矢を取ろうとした男を昏倒させる。
下着姿の女性が悲鳴を上げようとするが、ミュラーさんは目にも止まらぬ動きで口をふさぎ、またしてもフルフェイス兜を彼女の顔に超接近させた。
無言。
怖い。
俺は俺で、裸の男を縛り上げ、連れて行く。
とりあえず物置に放り込んで、戻る。女性は気絶していた。
「ミュラーさん?」
「恐怖で意識を閉じたのだろう。このまま眠らせておくのがいい」
「はあ」
なんかかわいそうな気もするが。
「では次だ」
「ええ、行きましょう」
それからまた、不意打ちを再開する。
ミュラーさんは恐ろしく手際がいい。若い頃に少し、などと言っていたが、たぶんそれ嘘だろう。
本格的な作戦開始までは、まだ時間がある。
俺は考えることをやめた。いまはミュラーさんについていこう。
そうして次々と狩る。
なんとか予定通りに終えた俺たちは、撤退を開始。
だが、止まる。
ミュラーさんも俺と同じものを見ていた。
「さっさと来ないか! 愚図め!」
第四地区の大通りに耳障りな声を響かせて歩く男がいる。装備からして、将軍かそれに近い階級だろう。
兵たちを従わせ、笑いすら浮かべている。
彼らの後ろを歩いているのは、鎖と首輪をつけられた男性が二人。
饗団は一般人に手を出さない、と聞いたのだが、これが実情なのだろうか。
ボロボロの服を着た二人の男性は、体格が良く、鍛えられていそうだ。
だとすると、饗団に捕まった憲兵か、冒険者か、そのどちらかだろう。
「どうする?」
「片付けましょう」
「予定にはないが、いいのか?」
「あのにやけた面を見過ごすのは、『夜ノ騎士』じゃない」
「なに?」
空から降り、ぶちかます。
夜は一般人が外出禁止になっているから、目撃者はいない。だから、遠慮なくやれる。
俺に続き、ミュラーさんも降りる。彼は鎖と首輪を即外し、男性二人を解放した。
なんて早業。感心するしかない。
「おまえたちは行け。潜伏しろ」
「ああ、感謝する」
「この恩はいずれ!」
男性たちは足早に去った。護衛の兵士数人は俺たちを見てうろたえ、武器を抜くのが遅くなっている。
魔法を込めた拳と、ミュラーさんの魔導具が閃光を放ち、ダウン。残るは一人だけ。
「あとはおまえだけだ」
「ちいっ! てめえは『夜ノ騎士』! しかももう一人だと!」
おっと、こいつは俺を見たことがあるらしい。
「おまえはゲースの手下か」
「……てめえの首を将軍に献上してやるぜ」
剣を抜き、構える。
たしかに雰囲気はある。【才能】には自信がありそうだ。
「おまえの正義はなんだ?」
「……なに言ってやがる」
「おまえは生まれついての悪人なのか?」
「いきなりなんだ。気でも狂ってんかあ? ああ?」
狂ってはいない。ただ聞きたい。それだけだ。
「おまえにもいるはずだ。父や母や、兄弟や恋人……いまのおまえを見て、彼らが喜ぶのか」
「黙れよ……貴族どもだって同じことしてたんだろうが。今度はこっちの番なんだよ! おらあ!」
剣を振りかぶる男に対し、がら空きの胴に拳を叩きつける。
「ぐうう!」
「ゲースの伝えろ。おまえを倒すのは『夜ノ騎士』だと」
「なっ……!」
「≪魔衝発破≫!」
対人用のぶっ飛ばし魔法が炸裂する。
男はゲース将軍がいるであろう第一地区の方角に飛んでいった。
「引くぞ」
「ええ、潮時ですね」
用は済んだ。さっさと退散だ。
★★★★★★
移動は一瞬。黒をまとう俺たちは、古街へと帰還する。
作戦は成功だ。第四地区の指揮系統は乱せるだろう。
「ミュラーさん、いえ、ブラックルーラー。お疲れさまでした」
「……」
なんだか黙っている。
「ブラックルーラー?」
「ふっ」
なんか笑ってるみたいだ。
「『夜ノ騎士』、いい名だ。気高さを感じる上、敵には恐怖を与えるだろう。君が考案したのか?」
俺じゃないけど。ウチのアンヘルさんが考案したものだ。
と、言いかけたところに言葉がかぶさる。
「君は魔法のみならずネーミングセンスにも優れているようだ。俺はもう完全に引退してもよさそうだな」
なんの話!?
「夜を駆ける者は一人ではない。『黒ノ王魔』は『夜ノ騎士』に託し、闇と消える」
だからなんの話なの!?
「今宵はいい月だ。もう少し眺めていたいが、休まなくては。明日こそが本番なのだから」
「それは……そうですね」
釈然としない。
でも、ミュラーさんはとんでもない人だ。過去を詮索するのはぶしつけだからしないけど、どんな人生を送ってきたんだろう。
見たことなのない魔導具を駆使し、卓越した身体能力に戦闘力。敵でないことを幸運に思うばかりだ。
「では明日」
「ええ」
彼は黒のマントをなびかせ、去っていく。
……俺ももう休もう。やっぱり釈然としないけど。




