る
――6月8日――
奈海の家に着いた。
まずは持たされた荷物を廊下に捨て置き、買ってきたジュースを一気に飲みほす。
そして、冷房ガンガンの部屋で僕らはひとときのあいだくつろいだ。
「いろはちゃんのいうように、もしも柳士が転生しちゃったらね、こっちでの生活はどうなるんだろう。そのあいだの学校はずっとお休みするのかな? それはそれで困っちゃうのよねえ」
「奈海は僕がいないと始まらないもんな」
「馬鹿ね。そういう意味じゃなくてあんたが勉強に遅れをとるってことよ。先週の国語の小テストなんか、二組で赤点だったのあんただけじゃない」
「あれはああいう問題を作った先生が悪いんだよ。僕はちゃんと山を張ってたんだ。それを外したくらいで馬鹿呼ばわりされる筋合いはないね」
「解けもしないのにいばらないのー。それに山を張ってるんなら、そのかしょだけでも勉強しなさいよ! テスト直前にちらっとみたくらいで山を張ってるなんてよくもいえるわね?」
「奈海はなーんもわかってねえのな。いいか? テストってのはな、今の実力をはかるもんなんだよ。だから勉強で実力をかさ増しするのは卑怯者のやることだ」
「ね? いろはちゃんわかる? こんくらい馬鹿なの柳士って。だからね、ほいそれと柳士を見送れないのよ」
「あはは……。でも安心してください。転生してるあいだは、二つの世界をつなげてる次元の特異点で私が時間の調整を行います。ですから、例えば柳士さんがむこうで数か月の期間を過ごしてても、ここの世界の過ぎゆく時間はほんの数秒だけなのです」
「んーと、よくわからないけど、いろはちゃんを救って帰ってくるのに一日もかからないってことね?」
「そうです!」
「それなら柳士が困ることもないわね……。うん、いいわ。私が許可する。柳士をつれてってもいいよ、いろはちゃん!」
「ほんとですか~! ああ! 奈海ちゃんはほんとに優しくて頼もしいです~!」
ぎゅっと、いろはは奈海に抱きつく。
おいおい、当事者の僕はおいてけぼりか?
「勝手に話を進めんなよな」
というか奈海はいつまでこいつのお遊びに付きあう気なんだよ。
「いろはちゃん、その代わりね……」
抱きつくいろはに奈海は耳打ちをする。
内容は聞き取れない。
「いいですよ~! たくさん話します!」
「ほんとに!? ありがと! ……それじゃあ柳士! そういうことだからいろはちゃんを助けてあげてね!」
だからさあ、そういうことってどういうことなんだよ……!
◇◇◇
「えっと、まずは最初に契約だったよね。ほら! さっさと準備する! 柳士!」
準備って何をだよ……。
ほんとこいつらのノリがめんどくさい。
嫌だね、といえばまた奈海がキレるだけ。
だからしぶしぶ僕も合わせる。
奈海もそれがわかってるかのようにニコニコとしている。
くそだりい。
「もうそれでいいよ」
「わ~! 二人ともありがと~! それじゃあ契約のしるしをつけないとね! ……奈海ちゃん、あのマジックペン借りてもいい?」
「いいわよ」
「ありがと」
いろははマジックペンを手にとる。
「それじゃあ柳士さん、きき腕をだしてください」
「……ああ」
僕は右腕を前にだす。
「ねえいろはちゃん! その契約は私にもできるの?」
「んーと……」
いろはは少し考える。
癖なのか、いろはは考え込むとき、人差し指を口にあてている。
「契約だけなら問題ないよね……うん! できますよ~! 奈海ちゃんも一緒に契約してみますか?」
「するする~!」
奈海も右腕を前に出した。
いろははマジックのキャップを外す。僕らの手首の内側にそれぞれ十円玉ほどの丸をかき、それを黒く塗りつぶした。
「……これが契約のしるしか?」
「そうですよ~!」
いろはは微笑んだ。
もはやおままごとだろこれ?
洗い落とす身にもなれよ。
「これでよしっと。それじゃあ最後におまじないをかけるね」
いろはは両手をのばしてそれぞれの黒い丸に手のひらをかざす。
そして目をつむると、力を込めるかのようにうなった。
むうう!……じゃねえんだよなあ。
別に何にも起きてねえし。
こいつ……何のアニメかゲームか知らないけどさ、ここまで影響されてるって相当コアなファンなんだな。
逆に尊敬するわ。
「ふう……これで契約は無事に完了しました! 二人とも、ほんとにありがと!」
いろはは微笑んだ。
はあ……。
ガキの遊びに付きあわされる大人の気分ってまさにこういう感じなのかもな。
「あとは、明日のこの時間になれば、しるしの刻印も終わることでしょう」
……明日のこの時間?
「明日って何? おいまさか、これに続きがあんのか!?」
「いえ! 契約は一応これで終わりです! ただ、刻印の出来上がりを待たないといけなくて……」
「刻印?」
「はい。実は、しるしはこのあと一日かけて作られていきますが、生成中に観測されるとしるしは完成しなくなっちゃうのです……。なので保険としてマジックで隠しておきました! そのマジックだけは明日のこの時間まで消さないようにしてくださいね!」
ああそうですか。
今日だけのつもりだったのに、明日も付きあわされるのか。
いっそ帰ったら消すか? ていうかこういう落書き系は奈海、嫌うんじゃねえの?
「なあ、奈海は消す――」
振り向くと、奈海は驚いた表情でがくがくと身体を震わせていた。
そのただ事じゃない雰囲気に僕は言葉をつまらせた。
「す、すごい……! 今の見た柳士!? いろはちゃんが白く燃え上がってたよ!? ねえ、すごくなかった!?」
え?
どういうこと?
「それにじんわりと手首が温かいの。ねえ! いろはちゃん! すごいよこのマジック! 魔法みたい! どういう仕組みなのか気になるね、柳士!」
奈海の目をきらきらとしていた。
何をいってるんだ?
別に何も起きてなかったけど……。
もしかして、奈海のやつ、どこまでもこいつに合わせようとしてるのか?
そんな必要ないぞ。
というより、そもそも奈海ってこんなに健気だったっけ?
次のパートでやっとあらすじの回収です。
必要以上に膨らませすぎたと反省してます。




