再会〜限界突破の看病
数千、数万の魔物の軍勢が、俺たった一人の放つ閃光によって、一瞬にして光の塵へと変えられ、 掻き消えていく。
静寂が戻った谷底で、俺は力尽き、仰向けに倒れ込んだ。
視界は自分の血で真っ赤に染まり、息をするたびに肺が焼けるように痛む。もう、指一本動かせない。これが、俺の最期か。
だが、遠く上空から、狂ったように崖を駆け降りてくる、激しい足音が聞こえた。
鎧を擦れ合わせ、岩を砕き、俺の名を何度も、何度も、声を枯らして叫びながら、必死にこちらへ向かってくる、愛しい男の足音が――。
「聖……っ! 聖!! 頼む、目を開けてくれ!!」
岩場を転げるようにして降りてきたレオンが、血の海の中に横たわる俺を見つけるなり、その場に膝から崩れ落ちた。
あの冷徹で、鉄面皮だった男が、今は見る影もなく涙で顔を歪ませ、震える手で俺の身体を抱き起す。
「すまない、俺が、俺がもっと早くお前を……っ! お前が『聖』だと、最初から分かっていたのに……!」
「……じゃあ、なんで、あんなに……冷たく……」
「信じるのが、怖かったんだ! 15年前、俺のせいで、お前をこの谷に落とした……。もしまた俺のせいで、お前を失ったら、今度こそ俺は狂うと思った! だから、遠ざけることしか……っ」
レオンの身体が、子供のように激しく震えている。
冷徹な態度の裏にあったのは、狂おしいほどの後悔と、あまりにも歪で、不器用な愛情。
「ばか……。俺は、生きてるよ……。泣くな、俺の、騎士様……」
俺は残された最後の力で彼の頬に手を添えた。
魔物を殲滅した俺の『真の聖人』の力が、今度は俺の命を繋ぎ止めるように、内側からゆっくりと傷を癒やし始める。
15年の歳月を経て、俺たちは血と硝煙の奈落の底で、ようやく本当の再会を果たした。
「聖……っ? 聖、おい、嘘だろ……目を開けてくれ!!」
レオンの悲痛な叫びが、静寂の戻った谷底に木霊する。
だが、彼の腕の中で、俺の身体は急速に冷たくなっていった。
『真の聖人』の力で魔物を殲滅した代償は、あまりにも大きすぎた。全魔力を放出し尽くした俺の身体は、背中の重傷を修復するだけのエネルギーを残していなかったのだ。
トクン……と、胸の奥で心臓が頼りなく跳ね、そして――静かにその脈動を止めた。
「聖―――ッ!!!」
レオンの絶叫が奈落を震わせる。
彼の琥珀色の瞳から、大粒の涙が俺の血塗れの頬へとこぼれ落ちた。
15年前、無力な新人騎士だった彼は、ただ泣き崩れて俺を見送ることしかできなかった。だが、今の彼は違う。大陸最強と恐れられる聖騎士団長であり、その身に強大な『聖騎士の加護』を宿す最高位の魔力保持者だ。
「二度も、お前を連れ去らせるものか……! 神が許さなくとも、俺の命に変えても、お前を地獄から引きずり戻す!」
レオンは俺の身体を強く抱き締めると、狂気すら孕んだ目で自身の胸へと手を当てた。
そして、ためらうことなく己の胸に手を突き立て、自身の心臓に宿る限界以上の聖魔力を強引に引きずり出した。彼の口からも、過負荷による血が溢れる。だが、その顔に躊躇はない。
レオンは俺の顎をすくい上げると、血塗れの唇を、俺の冷たくなった唇へと力任せに重ね合わせた。
(――ん……、ぅ、あ……っ!)
意識の無い俺の喉の奥へと、レオンの命そのものである濃密な純白の魔力が、 濁流となって流れ込んでくる。
それは、通常の魔力譲渡などという生易しいものではなかった。魂の境界線を破壊し、強引に二人の生命力を結合させる『禁忌』の限界突破。
「ガはっ……! ぁ、……聖、頼む……還ってきてくれ……!」
レオンは激しく吐血しながらも、唇を離さない。何度も、何度も、自身の命を抉り取るようにして、俺の空っぽの身体へと魔力を注ぎ込み続ける。
彼の髪が、過度な魔力消費によって一瞬で数房、白銀へと染まっていく。
その狂気的なまでの執着と命の輝きが、暗闇に沈んでいた俺の魂を、 奈落の底から強引に引っ張り上げた。
ドクン――ッ!!
俺の胸の奥で、再び心臓が力強く脈打ち始める。
レオンから流れ込んできた膨大な魔力が、俺の『真の聖人』としての本能を刺激し、背中の致命傷を急速に塞ぎ、細胞を再生させていく。
「は、ぁっ……げほっ、……レ、オン……?」
俺がうっすらと目を開けると、そこには、口元を血で染め、息を荒くしながら、 狂喜と安堵で涙を流すレオンの顔があった。
「聖……! ああ、聖……っ!!」
レオンは俺の首筋に顔を埋め、 壊れ物を扱うように、けれど二度と離さないという強い力で、俺の身体をきつく、きつく抱き締めた。
彼の身体はまだ激しく震えており、自身の命を限界まで削ったせいで、その肌は酷く青白い。
「バカ、だよ、お前は……。そんなことしたら、お前まで死ぬところだったんだぞ……」
「お前のいない世界に、俺の命など何の意味もない。……生きていてくれて、ありがとう、聖……」
血と硝煙が漂う奈落の底で、レオンは俺の髪に、何度も愛おしそうに誓いの口づけを落とす。
己の命を削ってまで俺を繋ぎ止めた、レオンの狂気的なまでの愛の重さ。俺はその温もりに包まれながら、今度こそ彼と生涯を共にするのだと、心に深く刻み込んだ。




