4話 ヒューマン・ネイチャー 性だと言えばいいさ
車から降りる。渡すはずだった武器は、トランクにしまいっぱなしにしておく。なんとなく片付ける気分にならなかったのだ。きっともうどうもそうだろう。教室に戻る。
地球に戻る時は言い争いをしているせいで見えていなかった。だがこの様子だと隕石はすでに衝突秒読み段階に入っているらしい。
間に合って良かった。
「もうどう」
「次はなんだ。兄弟が欲しいか?」
「そ、そ、そんなこと言うわけないだろ。隕石だよ。な、なんとかしてよ」
教師の目を逸らして教室から抜け出すためにもうどうが使い捨ての隕石を作って地球に向けていたのだった。
「ああ、そうだったな」
二人は教室に入る。
「天にまします神様。まもなく我らに降りかかる厄災から我らをお守りください。人種差別に地球温暖化。よく分からないタレント上がりの女を総理大臣に選んだこと。修学旅行費を盗んで職員室のコーヒーメーカーを新調し、あまつさえ紛失を生徒たちの管理不足のせいにしたこと誘拐事件の緊急通報を無視したことを反省します。どうかあなた様の大地にしがみつく小さな生き物に寛大なココロをお示しください」
教師は教卓の上で正座をしながら手を合わせている。生徒はたった二人を除いてみな机の上で正座している。鈴音と国又利恵菜は一切動揺していない。きっときつしやもうどうが何とかすると思っているのだろう。
きつしは携帯でニュースを開いてみる。「人類滅亡」と題された大きな見出しの下で若い女性のニュースキャスターが嗚咽しながら何かを読み上げている。世界終末の絶望はすっかり地球を覆っているようだ。
「え? あ、アメリカの大統領がやけになってロシアにミサイル発射?」
「いいことじゃないか」
「『ロシア野郎のケツから出るキノコ雲を冥土の土産にしよう』って言ったらしい」
「ははは、あのおっさんならやりかねない。しばらくこのままでもいいかもな」
「何言ってんだよ。は、は、は、早く隕石を破壊してよ」
「はいはい」
もうどう机からタブレットを取り出すとわざと液晶に爪を立てる。
「天にまします神よ。環境汚染と地球温暖化を反省します。多様性を認めると言っておきながら同性愛の生徒の成績を下げました。なんなら三者面談の時に知っていると思ってご両親の前でばらしてしまいました。障害者差別はだめだとパワーポイントでスライドを作っておきながら車椅子の生徒が邪魔だから真冬に廊下で授業を受けさせました。何もかも反省します。ですからどうぞご慈悲を」
教師が罪の告白を終えたところで隕石は内側から爆発して粉々になった。教師も生徒も、数秒そのまま固まった。
飽きてしまったように生徒は皆席に座り直した。教師は我に帰ったように首をキョロキョロと回すとゆっくりと教卓を降りて、何事もなかったかのように授業を再開した。
きつしの携帯が震え、ニュースサイトが更新された。
「あー、も、もうどう。隕石の破片がミラノとコートダジュールに墜落して壊滅的な被害だってさ……」
「なんだと?」
「あー、それとロシアにミサイルが着弾して政治中枢が壊滅した。アメリカへの敵対意思を表明して、ゲリラ軍が出発したってさ」
「アメリカの大統領はなんて言ってる」
「……じ、じ、自殺した……」
「まあ、いいじゃねぇか。な? 地球の掃除だと思えばさ」
「ろ、ろ、ロシアとと、あ、あ、あ、アメリカの大統領はまだ分かるとしてミラノとコートダジュールはどうなるの」
「科学は万能じゃない。何かが生まれれば何かが死ぬんだ。完璧なことなんてない」
いつも通り「はいはい」と言おうとすると、きつしは生徒や教師の訝しげな目がこちらに向いているのに気付いた。
「なんだ、なんだ。お前らこのクソ教師が告白したことを聞いてたのか。同性愛差別に障害者差別。修学旅行の金をくすねてコーヒーメーカーを買ったそうだぞ? 責めるのは俺じゃなくそっちだろうがよ」
「何か問題かね」
「うおっ。びっくりするなあ」
もうどうときつしはシワがれた妙に高い声に、ぱっと飛び退いた。
「どうした、二人とも。そんなに驚いて。私だよ」
「ドン・フェンネル。来るなら一本ぐらい電話いれてくださいよ」
クラスのみんなは、大きな頭のボディガードに守られている、オレンジの肌で頭が大きくて、目元がしわだらけの宇宙人が教室の入り口にいることではなくもうどうが敬語を使ったことに対して驚いているようだった。その宇宙人が黄金色の着物を着ているにしても、そんなことは気にならないようだった。
もうどうはボデイガードの一人に軽く顎をしゃくった。ファブリシオという名前の乱暴者だ。
「きつし、久しぶりだな」
「ご、ご無沙汰しております」
「そんなにかしこまらんでもいい。ああ、それはそうと。この前はすまなかったな。木星でのパーティで、このファブリシオが酔って、君の左目を殴ってしまった。これは、ほんの気持ちだ。すまなかったな。火星人が地下で蒸留した酒の入ったチョコレートだ。ガールフレンドと食べなさい」
「き、気にしてません。ありがとうございます」
きつしは金箔のはってある紙袋を受け取って、ちらっと鈴音の方を見た。そのあとフェンネルの後ろのファブリシオを見た。
「あのファブリシオを始末する時は俺に言ってくださいよ」
もうどうは声を低くしてフェンネルの耳元に顔を近づけた。ファブリシオは少しく目つきを鋭くしてこちらを見た。
「まあまあそう血走らんと。これから大変だからな。聞いたぞ。取引相手をサンボーン以外皆殺しにしたそうじゃないか」
「ドン・フェンネル。その話は仕事場でしましょうよ。ここはアホで向上心のない凡人がたくさんいる。もしあなたのことを他に漏らしたらたまったもんじゃありませんよ」
もうどうは小声でそう主張した。
「いいや、気にせんよ。入ってもいいかな」
「ええ、それは、いいですけど。本当にここで大丈夫なんですか」
フェンネルは太い足を重たそうに持ち上げて教室に入った。ボディガードも二人、ついてくる。
「いや、君たちはそこで待っていてくれ。彼は信頼できる友人だから」
フェンネルはゆっくりと言って、もうどうの隣に寄る。ファブリシオは浅く頷いた。教師や生徒は、二年生が始まって十二回目の宇宙人来訪にまだ慣れていない様子だ。
きつしはいつもしているように、もうどうの少し後ろで前で手を組んで直立不動になった。
「こちらが提示した取引の手順を守らなかったんで仕方なく」
「いや、それは問題じゃない。取引の手順を守ったとか守らなかったとか。そういうことが問題なんじゃないんだよ。分かるか、もうどう。全ては損得勘定なんだ。あっちを始末してこっちが得するならそれはそれで構わない。しかし今回あっちを始末してこっちは得をしたか?」
「いえ、まったくですよ。仲介業者に払う手数料はカットできますがね」
「そういう冗談は嫌いじゃない。が、しかしだ。私は君らが初めてこの市場に参入した時から知っている。一番初めの仕事を手当してやったのも私だし君たちの物流ラインの設立に一役も二役も買ったのもこの私だ」
「それはありがたく思ってますよ」
「じゃあなぜ奴らを始末した」
「メンツを守るためです。例外を作って、送金が終わっていないのに武器を試させてはなめられます。我々がなめられるということはつまりあなたがなめられるということだ。ドン・フェンネルのしまで商売してる我々が甘く見られるってことはあなたが甘く見られるってことに他ならないからですよ」
「話は分かる。君たちも私の組織の一員だから、君たちが独自に持っている組織やネットワーク上で行われるビジネスは私のビジネスでもあるというんだろう? そしてその逆もまた然りだというんだろう。まさにその通りだ。しかし私にも商売がある。私にも元請けがいる。君らが参入するまで、宇宙一の武器を扱うのは私の元請けだった。しかし三年前君の作った武器は他の武器をゴミに変えた。だから私は君たちをとりたてた。多少無茶をしても大目に見てきた。それでも今回の結果は受け入れ難い」
「悪いと思ってますよ」
もうどうは少し不機嫌そうに首を傾けた。
「それは当然だ。しかも問題はそれだけじゃない。君らはまだ宇宙の地下社会に参入して日が浅い。にも関わらず市場をほとんど独占している。それをよく思わない連中の存在は知っているだろう。今回の事件が知れれば彼らは勢いづく。君を追い出そうとするかもしれん。勢力を失いかねないぞ? 特にサンボーンのしまがある北側で」
「あなたの元請けや他の組織とは合意があります。攻撃するようなことはしてこないはずです」
「それは知ってる。確か他の組織や業者に仕事と金を分配するというようなものだったか。だがそれにも問題はある。今やこの戦争に参加していない犯罪組織はない。まあなんだ、彼らは不満なんだよ。若造から武器や金や仕事をもらわなければいけないだけでなく、君の武器がないと勝てないということにね」
「それこそ俺の知ったことじゃありませんよ。嫌なら俺から武器を買わなければいい。一丁前に戦争に一枚噛むからには俺の武器が必要だ。俺を敵に回すということは戦争で不利になるということですよ」
「まあそうだろう。だが安心しろ。元請けも説得した。ベッツィ以外は皆納得しているし私は怒ってはいない。サンボーンの連中が失礼だっていうのには賛成だからな。取引作法をわきまえていないというのも事実だ。私はこれからサンボーンと食事をする。組織間での話し合いだよ。できれば君にも出席してほしいんだが」
「遠慮しますよ。ベッツィは納得していないんですか」
「ああ。パッツィオ・ファミリーのドン・ベッツィとは犬猿の仲だ。昔からな。先の選挙で奴は当選した。組織の合法化を図っているが私への邪魔立てはやめない。一度大きな戦争もしたが、まだ懲りないと見える」
「……クソ野郎ですよ。俺にも寝返らないかと打診してきた。礼として営業所を三つ吹っ飛ばしてやりました」
フェンネルは笑った。
「まあまあ、それはいい。それより君の組織にもを相談役を入れたほうがいいぞ? 良い組織の共通点は、相談役が有能なこと、そして長の人柄が良いことだ。私の組織の相談役は宇宙一だ。そして私の人柄も宇宙一だ」
フェンネルが笑うのにつられてもうどうも笑った。愛想笑いだろうときつしは思った。
「ああ……。それとだね」
フェンネルはもうどうの耳元に首を近づける。
「今回の件だが、少し妙な点が浮上した」
「妙と言うと?」
「ああ。サンボーンの連中に、君たちの噂を吹き込んだ連中がいるらしい。しかもたちの悪いことに取引を決めた後にだ。そしてもっとたちの悪いことに、それは君の組織内の誰かだ」
きつしは視線をフェンネルに向けた。
「……どんな噂です?」
「なんと言ったらいいかな…………。君たちが、例外を認めるというような……そういう甘い業者であると。そういうことだよ」
「ドン・フェンネル。はっきりと言ってくださいよ」
もうどうが噛みついた。
「ああ、だからだね……。君たちが相手を選んで商売をするといった内容の噂だよ。相手によっては、例外を認めて、送金が終わる前に武器を試させてくれると、逆に言えばその程度の業者だとね。分かるだろう。例外を認めると言うことの意味が。きっちりと体系化された手順がない業者だと、甘く見られているのだよ」
「俺たちの組織の誰かが俺たちの評判を落とそうとしてるってことですか」
「私たちの評判だ。それで、サンボーンが取引を決めてから連絡した相手を調べた。通信は完全に暗号化されているが、君なら簡単に解くことができる」
フェンネルは着物の裾から折り畳まれた、一枚の紙をもうどうに手渡した。
「これが、サンボーンの連絡した相手のリストだよ」
「待ってくださいよ。裏切り者を探せと? どうして俺たちの組織にいると分かるんです」
「起こり方が妙だ。他の組織の仕業ならもっと直接的なはずだ。しかし回りくどいとは思わないか? わざわざ評判を落とそうだなんて。内側の、中枢にいる者にしかできない」
「……裏切り者ですか……」
「そうだ。君の組織の、ひいては私の組織の危機だ。もっと言えば私の元請けの組織の危機でもある。情報漏れがあり、誰かが評判を落とすような噂をささやいているとしたら早急に対応せねばならない。もうどう、もうどう。頼むぞ。探す方法は問わない。君のやり方で、いつも通りやってくれればいい」
語尾を暗くして言い終えると、フェンネルはボディーガードにつきそわれて消えた。
もうどうはしばしそのまま考えるようにして立ち尽くしていた。何を考えているかを想像することは簡単だが、どう思っているか想像するのは難しかった。もうどうは単純な男ではない。裏切り者がいることを知って始末する方法やコストなどを考える反面、少し違った感情もあったに違いない。誰が、どうやってどうして。傷ついたココロにさらなる刃が降りかかることは残酷だ。もうどうの組織は自分の組織だ。二人で作り上げたネットワークにビジネスに。何もかもが自分たちのやってきたことの結果なのだ。今それが崩れようとしている。
「あなたたち、退学になる寸前だって分かってる?」
教師が声をあげた。
「なんだと?」
もうどうは教師を睨む。
「換気ダクトでの麻薬爆発に宇宙ペストの伝染、常軌を逸した出来事、生徒たちの命に関わる出来事が全てあなた方のせいなんだから教員で何度も会議をしてる」
もうどうはクラスの方に向き直る。視線は尚も自分たちに向けられている。
もうどうは長い指で教師を指した。
「お前俺がさも異常者みたいな感じで見てるけどお前の方がやばいからな。俺は有能と無能を区別しても差別はしない。宇宙ではマイノリティやらメジャーやらなんて概念はない。なぜなら一人一人が個性を持った有機体だと考えられているからだ。地球のような劣った考え方はしない。不安を消すために集団を作ってそれ以外の奴らを排除しようとするなんて火あぶりものだぞ。調子に乗るなよ」
生徒たちはまだ訝しげな目を向ける。怯えも混じっていた。
「だから、何なんだよその目はよ。修学旅行費を盗んでコーヒーメーカー買ったって自白したんだぞ、どう見たってそっちの方がやばいだろ」
依然変わりなく、視線は二人を攻撃する。




