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3話 スウィート・ドリーム 甘美な夢

 帰りはやたら車が揺れた。

 きつしは話し出す気にもなれずずっとダッシュボードの右端を見ていたが


「こ、こ、子供が欲しいんだ」


 なぜ言ったのかは、分からない。もっと適したタイミングはあったはずだ。それでも沈黙を破りたかったしとっとと言ってしまおうと思ったのもあった。これ以上引き延ばしておくと完全に機会を逸するような気がしたのだ。

 もうどうは鼻を鳴らした。


「子供だ? 何言ってやがる。女ならいるじゃねぇか。子供が欲しけりゃ相手の両親を殺して」


「そ、そういうやり方をしたいんじゃないんだ。なにせ、彼女はそういう知識はな、な、な、ないからね」


 きつしは、しお花鈴音ばなすずねの顔を思い浮かべた。地球に帰ってきて学校に通うようになって出会った女の子だ。彼女も他の生徒と同様上品な金持ちに生まれた。金や品に惹かれたわけではない。彼女の普遍的な雰囲気に、ふわふわとした感じが大好きなのだ。


「へー。それで俺にどうしろと。お前らのDNAを抽出して培養液にぶち込んで化学物質漬けにして人間を作れっていうのか。断る」


「ど、どうしてだい」


「意味ねぇからに決まってるだろうが! 何が子供を作りたいだ。お前、自分で何言ってるのか分かってるのか? それにあのクソ出っ歯は賛成したのかよ」


「ああ、したさ」


「また、どうしてそんな風に思い立ったんだよ。前々からお前の倫理観は多少人とは違うところがあるとは思ってたがその片鱗がそんな風に現れるとはな」


「も、も、もっと、愛を育みたいと思ったんだ。ほら、ぼ、僕はこの三年君と一緒にずっと根無草の生活をしてきただろ。多様性二百パーセントの宇宙でさ。存在してる、が、概念や無限とも言える時間の流れの中では、い、い、意味のあることは一つもないだろ? 人との関わりだって、そうさ。だけど、地球に滞在して気付いた。や、やっぱり関わりは大事だ。人間は、みな『行きつけ』を作って安定すべきなんだ。だ、だから、もっと結びつくために、こ、こ子供を持とうと決めたんだ」


「あたまおかしいね。病気だよ、おめぇは」


「き、き、き、きみにだけは言われたくないね」


「まあ病気だって言うのは認めるが俺は子供を作ろうとしたりしないからな。頭を冷やせ。あの女にうつつを抜かして、仕事に手抜かりをしてるうちは子供なんか作るんじゃねえよ。お前自分のこと何歳だと思ってるんだよ」


 もうどうはハンドルを殴る。


「そもそもあの女も頭おかしいんじゃねぇか。だって、子供作るんだぞ。どうしてそんなことに同意したんだ。意味分かってねんじゃねえのか」


「鈴音と二人で決めたことなんだよ。もっと、関係を深いものにしたいんだ。か、彼女はきちんと意味を理解しているよ。ただ、出産はリスクが大きいから、き、君に作ってもらうことに決めたんだ」


「そんなこと訊いてるんじゃねぇえよ。どうしてどうするに至ったかと訊いてるんだ」


「ぼ、僕が言い出したんだ。時間がたって二人の存在が当たり前になっていくにつれて、愛が薄れていくき、き、気がしたんだ。それで、二人が共通して大事にできるものがあればいいなって、それで子供を持とうって。僕は家族から愛を教わらなかったが、鈴音に教えてもらった。だから」


「なるほどな。二人が永遠に別れられないように赤ん坊という鎖を作ることを思いついたわけか。名案じゃねぇか。別れを切り出す方には罪悪感も残るし束縛からの解放よりも現状維持を望むように仕向けられるし」


「す、鈴音は僕にとっての沙織なんだよ」


 もうどうが体を硬くしたのが分かった。


「愛なんぞくだらん。どれだけ楽しくてどれだけ美しい関係でも、理由もなくある日、爆風に連れ去られる」


「ご、ごめん」きつしは低く言葉を選んだ。


「あの男、俺にそっくりなあの男を見つけ出して必ず殺す。地獄の苦しみに泣かせてやる。そのための仕事だろ」


 きつしは静かに頷いた。


「まあとにかく断る。仕事が失敗した後だし。取引相手をほぼ皆殺しにしたんだ。これからどうするか考えなくちゃいけない。クソみたいなことを頼み込む前にドン・フェンネルに何て説明するか考えなきゃなな。今回の客はあの人の紹介だからな。今回の失敗は尾を引くぜ」


「でも、す、少しぐらい僕の頼みを聞いてくれたっていいだろ。いつも自分のことばっかり。今朝だって勝手に消えて。僕は、い、今まで君の無茶苦茶に文句も言わずに協力してきたのに、僕が、たたたた、頼み事をしたらそれはクソだゴミだといって、ひ、ひ、否定するのかい」


「ほう。次は俺を責めるか」


「だ、だ、第一、僕は君が学校に来ない間も教室で教師のいびりに、た、た、耐えてたんだぞ。それに、べ、べ、別にどうでもいいことにだって、いちいち反応して、共感してあげてる、少しぐらい」


「分かった、分かった、分かった。もう黙れ。帰ったら小さい出っ歯のラブドールを買ってやる」


 大きなため息をつく。


「だ、だ、だ、だめだっていうなら、無理にでも作ってやる」


「てめぇ何言ってるか分かってるのか。それは無理矢理するってことなのか」


「だからそういうやり方じゃないってい、い、言ってるだろ」


「じゃあどういうやり方で? 俺の頭をスキャンして作り方を知ろうってか? 好きにすればいいが俺の脳はレベル4の危機を察知すると危機を排除するウイルスが作動するようになってる。分かる? レベル4。脳のスキャンってことだよ」


「じゃあどうすれば良いのさ」


「諦めろ」


「あ、あ、あ、あかちゃんはかわいいから君も抱いてみれば癒しになるよ」


「いらねぇよ。それに俺は自分が赤子の時の写真を見たことがないし、今さらくそったれの両親に赤ん坊の時の話を訊こうとも思わない。だから赤ん坊がかわいいという意見に対してどう言うこともできない」


 意外にもきつしは少し驚いた。発言の汚さにではなく両親の話をしたことだ。もうどうが今までで両親の話をしたのはこれが二回目だった。一度目は簡単な概略だけ。仲が悪いことや家出をしていること。絶対に戻るつもりはないことなどを言われた。


 きつしはため息をついて、窓から外を見た。


 きっと何か些細な行き違いがあったのだろうと勝手に想像していた。もうどうの天才が故の感性が家族との確執の原因になっていたのだろうと考えていた。そうではなさそうだ。


「くそったれの両親」まるで両親に非があるような言い方。完全な他責だ。何があったのか踏み込む気はなかった。


 ただ、引っかかったのだ。きつしの知る限りもうどうは二度変わった。一度は家を出た時、一度は沙織が死んだ時。性格、というか思考そのものが変わってしまった。


 車は勢いよく大気圏を抜けて日本列島へ突き進んで行った。学校の上にくると、もうどうはドアスイッチで車庫の屋根を開けた。

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