40話 ハマー・トゥ・ザ・ハート 物語は続く
「刺客がサンボーンからだと分かって、直感的に終わってない、と思った。そこでふとフェンネルの組織を調べることに決めた」
もうどうは静かに言った。
「そ、そ、それがビンゴだったの」
「そうだ。数人、直近で口座に金の増えたものがいた。それも複雑に暗号化されてな。クリーンなら普通に送金するはずだ。全員を尋問すると、こうし座の物流倉庫を担当してた奴が黒だった」
「ほ、ほ、他のやつは」
「カモフラージュだ。本人たちは手違いだと思っていたらしい。まあ、手違いでもそういうことは上司に報告するもんだ。黙ってるような人間は雇いたくないもんだな」
もうどうはオレンジジュースを飲み干した。
「じ、じ、じ、尋問して全て吐いたのかい」
「ああ。フェンネルが噂を流すように頼み、そいつがワイオミングを買収した。そしてそれをベッツィの仕業に見せかけた」
「ど、ど、ど、ど、どうやって」
「俺も知らなかったことだが、ワイオミングは今まで受けた裏の仕事を全部記録していたんだ。普通のファイルにな。もちろんあいつはフェンネルの手先から受けた仕事のことも記録する。そのファイルごとすり替えたんだ。奴がどっかで酒でも飲んでるうちに盗んでコピーをとったんだろう。いい加減な奴だからファイルが変わったことにはまず気がつかない」
「……それで、ベッツィを殺したのかい」
「ああ」
「き、き、君が言ってた組織がでかくなるっていうのは、フェンネルさんの組織をの、の、の、のっとったからかい」
「そうだ。奴の組織の根幹に関わる者を皆殺しにして財産を奪った。金庫番、相談役、法律担当、業務の責任者、技術者。最後はフェンネルの元請けとも話をつけた」
「ふぇ、ふぇ、フェンネルさんの元請け?」
「そうだ。奴らも一枚噛んでたようだな。俺が市場を独占するからと……」
「は、は、話をつけたって、どういうことだよ」
「今回のことは水に流すから二度と逆らうなってな。あんたらのために金を稼いでやるから好きにさせろっって」
「そ、そ、そんなのやつらが聞くと思うのかい」
「いいや。だからこそ泳がせるんだ。いずれは俺たちが全てをいただくんだからな。それに俺はフェンネルを追い詰めたんだ。あいつらも相当びびってるだろうさ」
「さ、サンボーンはどうしんだい。利恵菜をさらわれて君が放っておく思えないけど」
「月の営業所を襲撃して皆殺しにした」
もうどうは今までで一番、冷たく言った。
「べ、ベッツィはとんだとばっちりだね。きっと、ふぇ、ふぇ、フェンネルさんと敵対してるから選ばれたんだろうね」
「そうだ。ほんと、あのフェンネルは抜け目のないクソジジイだ。しかしこうし座の担当者さえ始末しておけばばれなかったのに、どうして生かしておいたんだろうな」
もうどうは空になったグラスの底を眺めた。失った者を見つけようとするかのように目を細めた。そこにはガラスと刻印とオレンジジュースの残り香しかないだろうに。時々一輪のオレンジが視界をかすめたって結局は何もないのに。
きつしはミルクセーキのコップに触れた。 まだ暖かい。
「……ふぇ、ふぇ、フェンネルさんは、どこか君に、ばれてほしかったんじゃないかい」
「そんなはずがあるか。狡猾に、抜け目なく、非情にやってきたからこそ今まで生き残ってきたんだ。俺にばれればどうなるかは分かっていたはずだ」
もうどうは指を組み替えた。声はどこか悲しげで、低かった。視線はいつのまにか床に落ちていた。営業番組だけが空気を読まずにまくしたて続ける。
「あの人は、ぼくらを裏切って後悔してたんだよ。だけど、やるしかなかったんだよ。元請けからプレッシャーをかけられていたんだろう。当然さ。ぼくらの仕事がうまくいくのを良く思わない連中の存在は知ってたろ? それに君が裏切られたままであっさり終わるはずがないと分かっていたはずだ。それでも彼は裏切り通した。この件に関して無実の者も大勢まきこんで、それはどうしてか。君に殺されたかったんだ。他に知らない誰かから殺されるよりも、弟子同然の君を裏切って、暴かれて、始末されることを選んだんだ」
もうどうは首を右に傾けた。
何かを感じ取ろうとしているように見えた。沙織を失ってから何も感じることのできなくなった目で、何か、冷たいものでも暖かいものでも、掴みとろうとしているように見えた。
「彼は、最期、満足だったはずだよ。君がもし真実に辿り着かなかったら期待はずれと思ったはずだ。しかし君はきた。彼の元に、彼の命を終わらせに。それが彼の望んだことだったんだ」
寒い。なぜか、寒い。どうしてか、もうどうのココロに触れたような感じになった。どうしようもなく冷たかった。死ぬほど、冷たかった。ココロそのものが冷たいわけじゃない。暖かいものを一切拒む、その姿勢が冷たいのだ。
「フェンネルは何の痕跡も残してなかったからな。流石に驚いたぜ」
もうどうは二回まばたいた。もう一度グラスを手に取って、オレンジを抜いた。口に放り込んで噛み砕いた。
「ほ、ほ、本当の完全犯罪には伏線はないんだよ。何も痕跡がない。だからばれない。でも君は、彼を追い詰めた。君が彼と同じ思考をしているからだ」
「どうだっていいぜ。あんなやつのこと。物語はまだ進む。どれだけ悲惨な起承転を見たとしても結がまだある。それに期待しようじゃないか。沙織を殺した男の手がかりを得たんだ。思いがけなかったことだがそれだけでも今回の裏切りには価値があった」
「ほ、ほ、ほんとなのか?」
「フェンネルの金庫を調べてたんだ。そこで一枚の写真を見つけた」
もうどうはポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出した。
きつしは徐に開く。
「それはコピーだが」
きつしは目を凝らしてその写真を見た。もうどうにそっくりな、あの男がどこかに座っている。周りには銃を持った生物が息巻いている。
「裏を見ろ」
きつしは言われたとおりにする。
雑な日本語で書かれている。
「白うさぎは言った。遅刻だと」
背筋が震えるのを感じる。
「これって」
「そうだ。沙織の最後の言葉だ」
頭がぐわぐわと揺れている。思わず頭をソファにもたれさせる。
「どうしてこの言葉がこの写真の裏に書かれていたの。そ、そ、それにどうしてフェンネルさんの金庫に」
「分からない。だが金庫の中にはもっと色々なものが入っていた。鍵とかな。それも含めてグリップルに調べさせている。解析が終わったら連絡してくる手はずだ」
「じ、じ、自分ではやらないのかい」
「賢い者は自分の分をわきまえている。何を自分でして、何を他人に任せるべきか。巨大な組織を運営していくのにも同じことが言える。外注とはいわば信頼関係の上にのみ成り立つビジネスだ。外注することで、信頼を示す。そうしてビジネスを回していく」
「なるほどね……」
「さて。仕事は入ってないか?」
きつしは携帯を確認した。受信箱を開いて確認する。
「あー。七大組織が、か、か、会談したいって言ってるよ」
「快い返事をしてやれ。だがまずは『アバッキョ・ファミリー』に確認しろ。これからは奴らが俺たちの元請けだ」
「アバッキョ・ファミリー。この宇宙で一番の犯罪組織じゃないか。ぼ、ぼ、僕がいない間に百年ぐらい歴史進んだんじゃない」
「子育てなんてしてるお前が悪いんだろうが。仕事ではお前にいてもらわないと調子が狂うんだよ」
「今日はちょ、ちょ、調子が狂ってたのかい」
「いいや」
このモードに入ると、反応する方が負けなのだ。「どっちだよ」と言うのは簡単だがこれから意味不明なやりとりを続けるのはごめんだ。もうどうは立ち上がってm65ジャケットを脱いで扉の側のコート掛けにかける。シャツの袖のボタンを外してまくる。腕を動かすたびにタグホイヤーが上下する。ホルスターは外さずに、もう一度座る。
相変わらずテレビはうるさく営業番組を放送し続けている。本当にうるさいと思っていればスイッチを切ればいいだけだ。だがきつしももうどうもしようとしない。
しばらくピザ人間の営業文句に文句をつけたり製品を評価したりして友人同士らしくしてすごした。
カマホリ電球のおひたしが紹介され終えたところで、ドアがノックされた。きつしのエクスプローラーIIは四時四十二分を表していた。




