38話 ブラッド・オン・マイ・ネーム 血塗られた名刺
六限目を自習として緊急的に会議を行なっているらしいからグラウンドで幅跳びのテストが行われているなんてことはない。
太陽が元気に地面を照らして、眩しいくらいだったがそんなことは誰も気にしていないようだった。校長と教員たちはみなもうどうの言う釈明がどんなものかと期待しているようだ。ほとんどは嫌味な期待だろうが。
南側のフェンスで遮られた日光が穴あきの影を作って無尽蔵な砂の上に落ちている。
中央あたりに緑の防球ネットが集まっていた。中心にあるものを隠すようにして配置されている。
ネットの前にたどりつくともうどうはきつしにアイコンタクトした。どかせという意味らしい。きつしは言われた通りにネットをどける。
「きゃっ」という数学教師の悲鳴を皮切りに次々に動揺の声が上がった。
「これは……?」
校長は訝しげにもうどうを見た。
「この学校に潜伏していたエイリアンの死体です」
きつしはずらりと横に並べられた死体を見た。優に十は超えるだろう。何の感情もなかったわけではないが、どこか冷めていた。事実の重さのせいかもしれない。この死体が意味するものは自分たちのさらなる勢力の拡大。大いなる力の証明。
「説明しても?」
もうどうは馬鹿丁寧に言った。
「お願い……」
校長は吐き気を抑えてなんとか言葉を捻り出したという感じだった。
「まず、彼らの身元を紹介しておきたい。左から順に」
「ラバイヨーネ・ズドヴィッチ。仲間からは『フェンネル』と呼ばれていました」
貯留槽でこれらの死体を見てすぐに悟った。裏切っていたのはドン・フェンネルだったのだ。それ以上の説明もそれ以下の動揺を見せることもなく、もうどうは淡々と作戦の説明をした。
顔馴染みの死体もあった。技術者のワイオミング。それにファブリシオ。左目を撃ち抜かれていた。
その隣はパッツィオファミリーのドン・ベッツィ。取引が失敗したサンボーンまで。他にも名前の知らない者たちがずらりと並んでいた。みな、身体中に穴がある。
「その隣がファブリシオ・フランキスタ。グライド・ベッツィ、アーミテイジ・サンボーン、ワイオミング・スターツベルク、クリスタレ・パワーズ、以下略」
教師は目元をひくつかせて口を歪めて手を震わせた。当然だ。宇宙人を見ているのだ。全員、すぐに目を逸らした。顔ごと。
みな肌の色や目の数、身長、腕の生えている位置が違う本物の宇宙人だ。まずこれだけで教員たちは自分たちの話が嘘ではないと分かったはずだ。
「こ、こ、この人たちは……いや、この宇宙人たちは、みな、死んでるのか」
担任が訊いた。
「そうです」
「お、お前が……や、やったのか……」
「そうです」
数学と現代文の教師は失神して倒れた。今日はやけに失神する女性が多い。他の教師が何人か気にする。
「説明しても?」
もうどうは校長の顔を窺った。
「……お願い……」
さすがの校長もクールな目元を歪ませている。もうどうは校長が動揺しているのを確認するとにっこりと笑った。他の教師陣の狼狽はどうでもよく、校長が怯えるところを見たかったようだ。
「彼らはそれぞれ宇宙で名うての犯罪組織の一員でした。ラバイヨーネ・ズドヴィッチはリーダー格の男です。彼が手下に命令してこの学校を調べさせていた」
「この学校を……?」
「そうです。我々が通うよりもずっと前からこの学校についてあれこれ調べていた」
「どうして……?」
もうどうは下唇を突き出して首を左右に揺らした。
「こうなってしまってはもう分からない」
校長と教師たちは恐る恐る死体を見た。
「彼らはそうして良からぬことを企んでいた。だから我々が察知してこの学校に通学し、始末するチャンスを虎視眈々と狙っていたわけだ。つまり、この学校に通うあんたらと生徒を守るためだったんだ。それだけのことです。宇宙エイズや宇宙ペストも、彼らが持ち込んだものだ。しかし真実を教えるとあなた方は動揺して外に漏らしかねない。だから我々が罪を被っていた。さも我々が、特に自分が、実験の過程でウイルスを流行させたかのように見せかけていた。納得いただけたかな?」
納得、というよりは一応理解したような感じで校長は目を深く閉じると
「分かりました……。事情は、よく分かりました……」
と言って失神せずに立っている教師の方を見た。教師たちは険しい顔をして小刻みに頷いた。もうどうはそんな彼らを見ると満足そうに顎を撫でた。
「まあ、一連の脅威は一旦排除されたわけだが、またいつ狙われるか分からない。理由もはっきりとしないままだし。だから俺たちが退学になってこの学校にこなくなるともう誰もあんたらを守れない。まあとはいえ俺たちは迷惑をかけたし、潔く、なぁ? きつし」
きつしはこっくりと頷いた。
「いえ、退学は」
もうどうが目を見開いて首を傾ける。
「……なしとするので……」
校長は両手を振り乱した。
「じゃあ、通学し続けてもいいんですか?」
「……はい、ただ、銃の乱射など生徒たちに危険が及ぶようなことになれば、その時はきちんとした処分を下します」
校長は苦虫を噛み下したような顔で捻り出した。
「授業妨害した時もな」
後ろで縮こまっていた教師たちが息巻いた。
「そうです。授業妨害も、これからは許しません」
「了解ですよ。我々はこの学校を守る代わりに、通学して時には仕事のために抜け出しても良いんですよね?」
「授業には、ちゃんと出ろ」
「待ちなさい」
校長は担任の怒声を左手でぴしゃりと静止した。ゆっくりと手を下ろして自分より四十センチほども高いであろうもうどうをじっくりと見た。
「……あなた方の仕事や、科学実験がそのような脅威からこの学校を守るために必要なのであれば、それが授業中であろうとも許可します……。ただし、明らかに授業妨害行為とみなされるようであればその時は処分を下します」
「上等です」
「いいですか?」
「もちろん。なあきつし」
きつしは頷く。
校長は肩を回して息をつくと、踵を返した。教師たちは無様に背中を丸めてそのあとをついていった。倒れた女の教師を抱き抱えて帰っていった。担任は恨みがましくもうどうの方を見たが、もうどうは嫌味たっぷりの笑いで返していた。
校長たちの姿が見えなくなるともうどうは死体に向き合った。
「せ、せ、説明してくれてもいいんじゃないか」
低く言ってみると、もうどうはジャケットのポケットから宇宙たばこを取り出した。お子様用だ。
一本くわえると
「まあ、色々大変だったわな」
たばこをくわえているせいで聞き取りにくかったが、大体の意味は分かった。




