34話 エリザベス・テイラー 一生物のこいわずらひ
小林もうどうの章
今か今かと待ち焦がれる時が最も辛い。自分に物事の期待を委ねることに慣れていなかった。
仕事ではそんな風には思わない。むしろじれったく言葉を荒めて催促する奴輩には嫌悪感を抱く。
もうどうは教卓に座って、たばこをくゆらしていた。たばこといっても地球のものではない。宇宙で流通している未成年でも吸えるたばこだ。見た目は普通のたばこと変わらないが煙は青い。味はソーダだ。オレンジ味がないから仕方なくソーダ味で我慢している。
ここからだとクラスメイトの顔がよく見える。女も男もそうでないのもアホ面アホ面の千秋楽。フォアグラを作るように先公が知識を詰め込んでくれるのを待っている。
しかもその知識は間違っているときている。こっちを見てくるやつはいるが目を合わせてやると大体はすぐにそらす。利恵菜は目が合ったら嬉しそうにするが。
裏切り者たちの始末を終えてすぐに迎えにいった。利恵菜は五限目こそ出席しそこなったが命には変えられない。体はすっかり良くなっているはずだ。渡してやった薬を一日二回、朝と夜に飲めば傷口が化膿することもないだろう。学校にいる奴らは利恵菜がさらわれたなんて知りもしない。
裏切り者はいなくなったしもっと大きな組織とのつながりも手に入った。解体したフェンネルの組織を再利用するにはもう少し時間がかかるだろう。技術者が持っていた情報は全て手に入ったし金も贅沢品も金庫も手中だ。銀行の貸金庫にいくつか、鍵があった。
特殊な形状のもので今まで見たことがないものだった。それの解明もしなければならないがフェンネルの遺品を漁る以上に、物流倉庫や不動産などの持ち物を精査したり離れていった人員をかき集めて使えそうなのを見極めたりもしなければならない。
これから大変だ。もっと仕事が増えるし、組織はもっとでかくなる。力もつくだろう。戦争も激化する。自分の仕事が捗るというのはそういうことだ。今は、別に気にしない。
「ちょっと」
いつもは気弱な地理の教師が睨んできた。
新卒の若い女だ。ショートカット、黒っぽい化粧でいつまでたってもリクルートスーツを着ている。他の若い教師のようにスタンドカラーシャツにカーディガンなんかを合わせてみたりもしない。「フォーマル」ではない「堅苦しい」「とっつきにくい」授業をまともに受けていないもうどうでもそう思うのだからきっと他の生徒はなおさら敬遠してることだろう。かといって地味ではない。
メガネもかけていないし不細工でもない。目鼻立ちが整っているから余計たちが悪い。
大学生に毛が生えたような奴が一丁前の授業ができるのか。
「なんだよ」
「なんだよって……。授業中に教卓の上に座ってたばこ吸ってたら声のひとつぐらいかけるでしょ」
格好とは違って言葉遣いはラフなんだな。
「分かった分かった、ほらよ」
もうどうはポケットからたばこのケースを取り出して差し出した。
「ふざけてるの?」
「いいや、大真面目だよ。ほら、欲しいんだろ? とれよ」
泣き出すまで数秒ないだろうな。親に怒られた時のように、その女は上目遣いで睨んできた。言葉も行動もなしに。たばこと自分の目を行き来する。
くるぞ。泣くぞ。
教室のドアががらりと開いた。
ボロボロになったきつしと出っ歯の鈴音。それにおくるみされた赤ん坊。くるぞくるぞと期待してはいたがお前らじゃない。泣くぞ泣くぞと期待してたが赤ん坊じゃない。しかも泣いていない。
「どうしたきつし。しけたつらだなぁ! クラスメイト一人一人の顔面を見てみろ。将来への期待と知識を得られる喜びに満ち溢れてるだろうよ。実際はそうでなくとも、学校ではそうあれって教えるんだよな」
最後のところで教師の方を見てやった。
きつしは笑わない。髪がボサボサだ。何かあったことは分かる。出っ歯は水浸しだ。制服のスカートから水が滴っている。
きつしはおくるみされた赤ん坊を机の上に置いて広げた。おしゃぶりをくわえた乳幼児があらわになる。
もうどうは教卓から飛び降りた。一番前の席の横にかけてあるかばんに足がぶつかったが意に介さずきつしに近づく。
たばこをゴミ箱に投げる。入らずに床に落ちて青い粉末が散らばった。
「で? 父親母親ごっこはどうだったよ」
「君、わざとやったのか」




