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33話 ツー・ステップ 慟哭



    村山きつしの章



 前を見た。


 硝煙を上げる銃。にやにやする赤ん坊。砂のついたおむつ。ブニブニの腕と足。


 目の前にいるのは、悪魔だ。赤ん坊の皮を被った、何か。


 きつしは、悶えた。ココロの中で。奥深くで。苦しんだ。ゴッドファーザーPART IIIのワンシーンをまた思い出した。マイケルコルレオーネが叫ぶ場面。娘を失って叫ぶ場面。

 最初、音のない映像だけが流れて、その後に叫び声が戻ってくる場面。


 土星人のジェットで見たあの映画。


 善人の死と自分の子供が人を殺したという事実。しかも他人を。何の罪も犯したことのない、平穏の中に生きていた人を。虹色の気配を持っていた人を。


 銃口はまだ自分に向いている。


 止めないと。この悪魔を止めないと。


 体が動かなかった。動かなくなかった。


 赤ん坊は近づいてくる。それでも、無理だ。絶望と拒絶で、体が動かない。むしろ倒れた。右に。震えている。こんなのは初めてだった。精神的なショックで体が麻痺していく。過呼吸になっている。小さな足音は確実のこちらに近づいてくるというのに。体が、動かないんだ。  


 銃が目の前まで迫った。


 赤ん坊は笑っている。にやにやにやにやにやにやと。無邪気に、笑っている。晴れやかだ。とても、楽しそうだ。


 体をよじると右のポケットから、おしゃぶりが転がった。


 おむつはすっかり黒くなっている。砂で、汚れている。それだけ、撃ったのだ。


 息子に殺される。そうじゃない。それが嫌なんじゃない。むしろそれでもいいと思っている。許せないのは、自分を殺せば次は鈴音だということだ。そして他にも無実の人を殺すだろうことだ。この二つだけは、許せない。でももう、どうすることもできない。


 もうどうの言った通りだ。子育ては並大抵の覚悟でできるものじゃない。今まで世の中の、ネグレクトや育児放棄に憤りを感じてきた。だが今は、ある意味理解を示している。全てが終わる。何もかも。


 良きことも悪しきことも。もう、終わりなのだ。


 銃が下がった。それが、そういうことだ。もう、それは、終わったということなのだ。 目の前から、下がっていく。


 だけど、感覚が、あった。歯が震える感覚。日差しを感じる肌の感覚。絶望に振れるココロの感覚。 


 生きる、生きること。それを、まだ、していた。赤ん坊は、どこに。銃が落ちている。


 考えるより、早く、希望を、見るより早く、拾い上げてホルスターにしまった。


 なにがおこったか。


 おしゃぶり。右のポケットから落ちたおしゃぶり。かつしは、おしゃぶりを拾い上げて、手で弄っている。


 家から走ってくる鈴音の姿が見えた。きちゃだめだ。まだ。 


 かつしを見た。地面に這いつくばって、ブニブニの指でおしゃぶりを触る。


 あわ、あわ、という赤ん坊らしい声を出して、笑っていることに変わりはないが、さっきまでの銃を持っていた時の感じはなかった。無邪気で、純粋な、赤ん坊らしい、笑顔。


 鈴音は濡れている。どういうわけだか、分からないが。


 どんなだ。


 二人は、じっくりと、我が子を見つめた。これから何が起こるかを見極めた。


 道路は、静かだった。車も、自転車も通らない。人も、誰一人として通らない。まるでこの空間だけくり抜かれたみたいに。それだけで生きてるみたいに。


 ごろり。


 かつしはおしゃぶりをくわえると、そのまま静かになった。

 どういうわけだか。理屈ではなかった。

 赤ん坊らしいものを見たり触れたりすると凶暴さがなくなるのか。それも自分たちの要素の一つだというのか、受け継いだ要素の一つである。そういうことのだけなのか。


 うんざりだった。そういう遺伝やら要素やら。そういうものが自分たちの中にあると、そういやがおうでも突きつけられているのと同じことだ。この赤ん坊と同じなんだと。自分たちは。そう言われているのと同じことなのだ。


 動き出さない。かつしは、もう安全だった。直感でそう分かった。もう誰のことも傷つけない。ただし、おしゃぶりをしている間だけだ。とってはいけない。


「どうする?」


 鈴音は、か細い声でそう尋ねた。


 考えるまでもなかった。


「も、も、も、も、もうどうのところにつれていこう。もうどうの言う通りだよ……。僕たちに子育てなんかできるはずがなかった。二人の愛情を深めるだなんて、そんなことに一役買えるはずがなかった。だって……。もういいさ。僕らは大丈夫だ。何を恐れて、そんな風に考えたのかは、もう、お、お、お、お、お、思い出せないけど、とにかく、もう無理だ」


 家はそのままにしておいた。泥棒が入るとか、迷惑だとかは、考えれらなかった。とにかく、毛布でかつしをくるんで、間違ってもおしゃぶりがとれないように、そっと、そっと、車に乗せた。





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