28話 セイ・グッドバイ さよならは引っ込めて
「まあ座れよ」
もうどうが言うとフェンネルは顔を引きつらせないようにしながらゆっくりとベッドに座る。
「お前は銃を捨てて立ってろ」
そう言ったのに、ファブリシオはもうどうを睨んで銃を構えたまま。立ち尽くしている。
「おいおい、頭の悪いお前でもさっきと今の言葉ぐらいは分かるだろ。お前が撃てばその弾丸はお前に当たるんぜ。だから銃を捨てろ」
「ファブリシオ、やつの言う通りにしろ」
フェンネルが低く言うと、ようやく銃を床に置いて下がった。
「両手は見えるように上げておくんだぜ」
これも言う通りにした。
もうどうはフェンネルに銃を向ける。「あんたもだよ」ファンネルはゆっくりと両手を上げる。
もうどうは銃を下ろしてテーブルのそばの椅子に座った。フェンネルに向き合ってテーブルの上の瓶を物色する。オレンジジュースがない。一気に疲れが体にきた。もうどうは銃でグラスを叩く。チッチッという音とマッサージの女が血を流す音だけが響く。
「それで? これからどういう予定なんだ?もうどう」
ねばっこい口調で、フェンネルは訊いてくる。
「そうだな。とりあえずはうだうだとしゃべった後であんたら二人を処刑する」
「どうしてだね」
「どうして? なるほどな。すっとぼけるとは。まあしかし一度冤罪で殺しているから。きちんと説明してやろう。まず」
背筋を伸ばして、足を組む。
「俺を裏切っていたのはあんただ。俺の評判を落とす噂を流させた」
フェンネルはもうどうの目をじっと見つめた。もうどうも視線を合わせる。何を考えてる。まるっきり分からない。これからどうなるか。分かっていないんじゃないか。いや、確信が故の沈黙か。ある意味の達観。この老人ならそういうことでも納得はできる。
「まあそんな目をせずに聞きなよ。全部説明してやるから」
もうどうは銃をグラスに当てながら言う。フェンネルは依然黙ったまま、ぼーっとしている。
「最初俺はあんたから渡された通信相手のリストに意味があると思っていた。しかしあれはミスリードだ。俺を間違った方向へ誘導するための小道具だよ。実際はこうし座の担当者に金を渡して俺の部下であるワイオミング・スターツベルクを調べ上げて雇い、情報を流させた。しかしこれだけで終わらない。ファイルをすり替えたな。ワイオミングが今まで受けた仕事をファイリングしていると知ると不利な情報を流す仕事をあたかもベッツィが依頼したかのように見せかけたな」
フェンネルは目をそらさない。もうどうもそらさない。時々ファブリシオの動きをチェックしながらもフェンネルを睨み続ける。
「あんたはベッツィと敵対してた。あいつが消えてくれればもっと大きな利益が出せると思ってた。だから俺に始末させた。殺させるよりも裏切り者として処刑された方が都合が良かったんだろう」
フェンネルは一つあくびをした。早く殺せという意味ならそう焦るな。
「しかし考えたな。俺が自分の組織の人員を疑うと知っていてわざわざワイオミングを裏切らせるとは。しかも俺がワイオミングを消すところまで読んでいた。そこでファイルを見つけさせて俺にベッツィを始末させる。俺は裏切り者を消すことができたと満足し、あんたは邪魔者を排除できる。さすがはあんただ」
なぜか急に風が吹いた。生暖かい風だ。
「サンボーンとの会食で俺たちに報復しないように釘を刺したんだろう? しかしあの馬鹿野郎は俺の身近にいる女を襲った。あんたは分かってたんだ。裏切り者の始末を終えた後で新たなトラブルがあれば俺が疑わないはずがないとね。その疑いが閃きに変わればあんたは追い詰められる。だから保険をかけた。残念だったな。サンボーンさえ言うことを聞いていればあんたは逃げ切れたろうに。実際俺は閃いたわけだがな。自分の組織の人員の金を調べたがうまくいかなかった。答えは意外なところに隠れてた。あんたの組織の人員の金を調べたら、五人も怪しいのがヒットした。一人ずつ調べていったらこうし座の担当者があんたに頼まれたと吐いたわけさ。しかし甘く見られたもんだな……」
フェンネルは両の口角をくっと上げてみせた。
これがこの男のやり方だ。相手をいらつかせて揺さぶるのだ。そうして少しずつ自分のペースに持っていく。組織を破壊して金も人も使えなくしたとしてもまだ諦めていないはずだ。
「……君を甘く見たことなどないよ」
フェンネルはようやく開口した。
「周りの者も心配している。君が市場を独占したせいで、他のところの利益が急激に落ちた」
「対策をした。南側と北側を統合して関係する業者に利益と仕事を分配してる」
「覚えているよ。私の提案だからな。本当に、君のことは気に入っている。しかし今年に入ってから一回の取引につき君らの取り分は七十四パーセント」
「他の組織への分配が九パー。仲介役の手数料が二パー。あんたへの上がりは十五パー。文句はないはずだ」
「私の手元に十五パーセントが渡っても、そのまま残るわけではない。私の元請けにもライセンス料として八パーセント支払っている。仲介役への手数料が四パーセントだ。私のところに残るのはたったの三パーセント」
「上がりの少なさで俺を裏切ったのか……。情けない、情けないよ、ドン・フェンネル」
「そうじゃない。君の横暴さに皆が、正直怯えている。これまではうまく均衡を保ってきた。全ての組織やファミリーの間に形式的な上下関係があっても主従関係があるわけではなかった。みなが対等に仕事をができたし、そもそも一人の業者に飽和するほど仕事が集まるなんてことはなかった。しかし君が現れてからはどうだ。君の天才的な科学技術をもってして作られた武器や設備はまさに一級品だった。今まで流通していたものはゴミに見えた。戦争も激化していたから、みな君の武器にとびついた。私もそのうちの一人だった。私は君たちを市場に参入させて有名にした。君たちがいなければ回らない仕組みを作り上げた。その分武器が売れて金が儲かるからだ。だからこの市場の独占状態は私の責任でもある。だから責任をとったまでだ」
「俺の評判を落として仕事を失わせようとしたのか」
「いいや。平均値にしようとしたまでだ」
「俺のおかげで儲かったくせにな。三パーと言っても、母体が大きいんだぞ。それだけで一生遊んで暮らせる金だ」
「だから言っているだろう。問題は金ではない」
「じゃああんたは怖かったんだ。いつか俺に寝首をかかれるんじゃないかってね。あんたなんか生きてたって俺の仕事には何の支障もないのに」
「私は君たちを守ったんだ。私がやらなければ他の組織が、もっと恐ろしくて残忍な組織がやっていたまでだ。私の元請けとかがな」
「ああ、その件だが」
もうどうは銃を膝の上に寝かせてフェンネルを狙った。フェンネルは銃に一瞥をくれてもうどうの方に向き直った。ファブリシオはフェンネルを見ていた。
「あんたの元請けとも話をつけた。今後はあんたと仕事をする気はないそうだ。代わりに俺に全ての利権と金を預けてくれた。あんたが持っていて、彼らが管理していた分だ。すごいだろ?」
フェンネルは何も言わなかった。
「あんたは組織を失ったんだ。幹部連中やイエスマンも全員殺した。おっと、法律担当と相談役は他の奴らに頼んだ。遠くてね。だから俺の判断で爆弾を使ったなんて思わないでくれよ」
「クリスタレは爆殺されたのか」
「法律担当のことか? いや、爆殺されたのは相談役の方さ。何度でもいうが爆弾は嫌いなんだ。くれぐれも俺の判断で使ったと思わないでくれよ。他の奴がやったんだからな」
フェンネルは少しずつ現実を見てきたようだった。さきほどから瞬きの数が多い。鼻をすする回数も。
「それだけじゃない。財産やデータ、取引や契約の記録、送受金の履歴は全部俺が握ってる。今まで百何十年分かのな。全てを失ったことなんて初めてだろう。だけど俺はすでに経験してる。大事なものを失ってるんだ。その点で言えば俺の方が先輩だぜ? ドン・フェンネル」
「それはどうかなもうどう。私を殺した時が君が破滅する時だ」
「いいや、やっぱりあんたは分かってないよ」




