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27話 ムーブス・ライク・ジャガー 時には豹のように



    小林もうどうの章




「そうそう、その辺だ。ああ、そうそう、そこだ」


 フェンネルはベッドの上に寝そべって自分の足をもんでいる女のマッサージ師の頭を見た。


 綺麗な形をしている。もうどうと同じ種族だ。人間だ。地球人ではないが綺麗な人間だ。


「ファブリシオ、ファブリシオ、飲み物をくれ」


 ベッドの側に立っていたうすらでかいファブリシオはのっそりと体を動かすとテーブルの上のコセ・ドゥ・ア・マランをグラスに注いだ。


 金星の黄緑ワインは極上だ。


「ありがとう」


 年齢を重ねるのは嫌ではないが声がしわがれるのだけは我慢ならない。


 グラスを受け取り、唇をつける。いちごとメロンの混ざったような香りが鼻腔を一気に突き抜ける。重さやコクはそこまでではないのだがなめらかさは別格だ。このワインの愉しさは単に香りや味だけでなく風味がいつまでも残ることだ。


 一杯飲むだけで口の中にいつまでもドゥ・ア・マランが踊っている。二杯目三杯目と飲んでいるうちに味が変わる。それも愉しい。


 そしてもっとも良い点は酔いが回りにくい。ファブリシオはテーブルの上を物色している。自分も何か飲もうと思ったらしい。


「六十年製のバーバラ・ビスコッチを試してみろ。今朝港についたものだ。上等だぞ」


「いただきます」


 スラム街の喧嘩自慢出身らしい使い慣れない敬語だ。


 ファブリシオは人身売買業者に囚われていた。三十年前の奴隷カーニバルの時に引き取って育ててやったのだ。子供の頃から腕っぷしが強く、組織でもずいぶんかわいがられたものだ。将来最強の軍人となることは誰の目から見ても明らかだった。


 ずっと彼は軍人になるものだと思っていたしそのために支援をしてきた。


 体が大きくなってくると、入隊した時に有利だと思って激化しつつあった紛争に参加させたりもした。


 銃の扱いを教えていなかったのにも関わらず無傷で生き残った。


 組織の者とは基本的に仲が良かったが、同じ頃組織に加入した法律担当のクリスタレのことは兄のように慕っている。


 クリスタレには幼い頃スラム街で暮らしていた時に餓死した弟がいた。その弟を思ってか、ファブリシオには他の者よりも一層愛情を持って接していた。


 彼が軍隊塾学校に入塾できる年になると皆が別れを惜しんだが、ファブリシオは当たり前のように組織に残ると言った。そう、軍人になる気なんぞなかったのだ。


 自分たちが早とちりをしていただけで。今までと同じようにドン・フェンネルのボディガードでいるんだ、と言った。皆呆れながらも笑って喜んだものだ。


 それからの活躍は見事なものだ。持ち前の戦闘スキルと体の大きさを駆使して戦場では英雄と言われ、取引の場では睨みを利かせてこちらの利するようにことを運んだ。


 怪我をしたことは五本の指で数えられるほどしかない。


 しかしファブリシオには一つだけ弱点があった。


 喧嘩っぱやいことだ。腕っぷしだけで成り上がった者の行き着く先は大体ここで、全てをパワーで解決しようとする。ビジネスに必要なのは損得勘定だ。


 大切なのは感情よりも理論だ。酒を飲むと簡単に手を上げることもある。実際食事の席でもうどうの相棒のきつしを殴った。左目を。


 今となってはどうでもいいが。


 とはいえ良い人員に恵まれた。


 組織の者たちには仕事仲間としてではなく友人として仕事を頼めるし、みな家族だ。若手の参入で多少厳しくはなってきたが彼らともうまくやっている。


 生物は進化の初期段階で競争を覚えるが糖尿になるほどの砂糖を与えられれば争わないという思考が働きだす。莫大な金と引き換えに若手の持っている技術を買ってやれば自分たちに牙をむくことはない。


 電話が鳴った。ファブリシオが取る。


「ああ、なに? そうだ。わかった。伝えておく」


 

    *



 建物の外、霧の立ち込める路上。ホテルほど豪華でなくとも旅館ほどつつしんでもいない。


 手袋はめて、ジャケットのポケットから金属の装置を取り出す。


 側面のネジをドライバーで緩めると生暖かい蒸気が漏れる。この装置の影響範囲は半径四十二メートル。これではだめだ。こんなに広範囲に設定していては足がつく。


 ダイヤルを左に回す。このビルだけに影響すればそれでいい。たった一つの、部屋に限定できればもっと良い。



    *



「どうした」


 ファブリシオは青い顔を一層青くしている。


 何かトラブルだろうか。だとしても大したことはないだろう。こっちには金も人も資源もたっぷりとある。


「こうし座の物流倉庫の担当者が死にました。撃たれて、殺されたようです」


「なら、別の者を送れ。損失があれば取引先に連絡して事情を説明しろ」


「…………」


「どうした」


「…………金庫番も殺されました。物流と密輸の責任者も、IT部門の技術者も相談役も……法律担当の、クリスタレもです……」


 体を起こす。マッサージをしていた女がゆっくり手を離す。


「いつだ」


「先ほど全員、死体で発見されています」


「金はどうなった?」


「消えました……。全部です。金庫番に預けていた分は全部。つまり、全財産が……」



    *



 ダイヤルを直径二十五メートルに合わせて高さを九十四メートルに設定する。


 ここからだ。今のままではビル全体に影響してしまう。四分位範囲だ。ディスプレイに映る間取り図を参考にして第一四分位数をターゲットの部屋の入り口の壁に合わせる。


 第三四分位数を部屋の反対側の壁に合わせる。二つの数値の差が四分位範囲。差の数値を直径の範囲に設定する。

 


    *



「…………代わりの者を派遣して銀行に向かわせろ。金を探させるんだ」


「無理です。二重の意味で。まず銀行が倒産しました。何者かが、金を任せていた常務と我々の関係を示す新たな情報をリークしたようです。先ほど銀行に政府の職員と特殊部隊が突入しました。二つ目に、相談役が死んだことで契約していた人員が皆離れました。代わりの者は派遣できません」


「では銀行のデータベースを調べてなんとかしろ」


「それも無理です……。IT部門の技術者が死んで組織の全データとコンピューターにアクセスできなくなりました。緊急コードも変えられていたそうです……」


「ではここを離れてセーフハウスに身を移す。情報を照会してくれ」


「…………」


「どうした、早くしろ!」


「法律担当のクリスタレが死んで……。持っていた不動産と移動手段が使えなくなりました。全て彼が買う手続きをしているので。場所が分かりません……」


「……では貨物船で移動するまでだ」


「だめですよ、ドン・フェンネル。だめなんですよ。物流と密輸の責任者が殺されたので全ての港、ルート貨物船が使えなくなりました」



    *



 四分位範囲はデータを小さい順に並べた時中央のデータがどの程度散らばっているかを示す値だ。


 部屋の大体の位置を割り出してその平均に照準を合わせる。


 それが結局部屋の位置なのだ。これだけではまだ足りない。部屋の半分より奥。奴らがいる位置にまで絞り込む。ディスプレイに映る間取り図にはベッドがある。


 踏み込めば奴らはベッドより前には絶対に出てこない。ベッドの位置まで第一四分位数を下げる。これでスイッチを入れ直す。



    *




「……では、どうすることもできないというのか?」


「それだけじゃありません。金庫番には金以外にも鍵や絵画や金庫などの貴重品も預けていた。もうないんですよ。物流と密輸の責任者が管理していたネットワークがつぶれたことでどこの港にも入れません。取引が遅れて、損失が出ます。激怒した顧客から追われるかもしれません。IT部門の技術者に管理させていた契約や取引、人員情報にアクセスできないとなると二度と商売ができない。クリスタレが担当してた取引や契約の最終決定と書面での証明書。様々な保証書が消えると我々を守るものは何もなくなる」


「もういい!」 


 フェンネルはいつしか肩で息をするようになっていた。


「もっと重要な問題があります。こうし座の物流倉庫の担当者が死んだんですよ……。ただ死んだんじゃない。殺されたんだ……。頭を一発、きっちり一発だけ撃たれて……。誰の仕業か分かってるでしょう。我々はその担当者に金を払ってコバヤシもうどうに不利な噂を流すよう依頼した。方法は問わなかった。全部コバヤシもうどうの仕業ですよ」


「……こちらの人員の口座を調べたのか……それで我々が特別に送金していたことを知った。しかし他の者にもカモフラージュで送金しておいた」


「全員を尋問したとすれば……いずれ答えに辿り着くでしょう。逃げましょう。ここにいては危険だ」


 立ち上がって上着に手を伸ばす。


 しゃがみこんでいたマッサージの女が倒れた。頭に穴が空いている。すぐに正面の視線を戻す。ファブリシオが銃を抜く。


「外に重力井戸発生装置を置いてきた。スイッチが入っているよ。こっちからの衝撃は何倍にもなってあんたらに伝わるが、ちょうどあんたらが立ってる位置から出発する衝撃はこっちに届かずに跳ね返る」


「コバヤシ、もうどう」


「ファブリシオ。落ち着けよ。酔ってるのか、きつしの目を殴った時みたいに? さっき言っただろう。分からないかなあ。もしそっちがぶっぱなしたら、弾丸は全部あんたらんとこに跳ね返るんだよ」


  m65ジャケットの前を止めたもうどうは左手をポケットに突っ込みながら右手で銃を構えた。



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