表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/43

25話 テイク・ミー・トゥ・チャーチ 葬式で冷笑する



    村山きつしの章



 深呼吸で心臓が落ち着くというのは正直ひどいデマだ。


 深呼吸することで体全体が落ち着いて冷静になると逆に状況の悪さを直視してしまって余計に混乱する。


 きつしと鈴音は段ボールの後ろに隠れていた。


 段ボールを部屋の前面に押し出して、後方を空洞にする。その空洞に隠れて窓を見つけようとしていた。窓さえあればそこから脱出できるのだが。


 かつしに見つかってから体当たり的に別の部屋に移動して今この状況だ。


 かつしももちろんこの部屋に来たわけだが、自分たちの姿はまだ見つけられていない。別の部屋かもしれないと疑い始めている頃だろう。段ボールに囲まれた狭い空間だが、足音の響きは広範囲に伝わる。


 自分の子供に殺されかけているなんて。


 スターウォーズを思い出した。ルーク・スカイウォーカーが父であるダース・ベイダーと対決し乗り越えていく、いわば「父殺し」カイロ・レンが父であるハン・ソロを殺し、悪の道に両足をつっこんでいく。「父殺し」 


 かつしが自分を殺すことで成長できれば別にそれで良いのだが、そういう感じではないと思っている。


 銃弾は段ボールを簡単に貫通するが別の物体に当たることで軌道は逸れる。


 自分たちを狙って発射したとしても必ず段ボールを貫通することになる。貫通すれば自分たちには当たらない。逆に言えば、自分たちを狙わずに段ボールを貫通すると、軌道が逸れた弾みで自分たちの方に跳弾する。


 まさに綱渡り、ギリギリの抜き差しならない状況。


 発砲音。自分たちの方を狙ってはいない。右だ。


 動かない方が賢明だ。案の定軌道がそれた。右の段ボールを貫通したのに左の壁に着弾した。


 鈴音がびくっと肩を震わせた拍子に、段ボールに当たった。段ボールがボトボトと倒れていく。チャンスかもしれない。


 発砲音が重なる。訳が分からずに連射しているようだ。こういう時は絶対当たらない。 


 急いで扉を開けて一階に降りる。


 このまま外に逃げてもうどうに助けを求めることもできる。


 もうどうが家や学校にいなかった場合どうなる? もうどうと合流するまでにかつしは自分たちを追い求めて外に出ていく。その過程できっと人を殺す。無実の人々を巻き込むことはできない。


 直感的に分かる。


 かつしは人を殺したくてたまらないのだ。自分たちである必要はない。


 ただかつしは自分と鈴音以外の人間を知らないから執拗に追ってくるだけなのだ。


 一度外に出て、他にも人間がいることを知ればどうなるか。きっと最後の一人を殺すまで殺し続けるだろう。だが、こう考えることもできる。


 かつしが完全に自分と鈴音の遺伝子を受け継いでいるとすれば、この凶暴性と殺さずにはいられない性分は自分たちの性質とも言える。


 つまりは自分たちの責任だ。


 この家の中でけりをつけるしかない。教育するのだ。 


 かつしが階段を転げ落ちる音が聞こえる。歩くよりも早いと気付いたのだろう。


「風呂場に隠れてて」


「大丈夫なの?」


「大丈夫だから。早く、隠れて」


「……分かった」


 鈴音は風呂場へ行って扉を閉めた。


 一つため息をつくと、リビングに入った。ソファを整えて、座った。余裕ではなかったがとにもかくにも少し落ち着きたかった。


「教育って難しいな……」


 子供に殺されるかもしれないなんてある意味光栄なことかもしれないが。


 左手を握って、指をごにょごにょと動かした。緊張しているわけではないのに、どうしてかこの動作をしていた。


 もうどうはこうなることが分かっていたんだろうか。子供が自分たちの手に負えないほど凶暴化することを。


 かつしはどうしているんだろう。


 階段を転げ落ちる音はもう聞こえない。だとすると一階に降りたのは降りたのだろう。ドアを開ける気配はない。ドアのすりガラスに姿が写った覚えもない。まさか外に出ようと。


 舌打ちをして立ち上がり、ドアまで走る。


 直感的に外に出られれば終わりだ。


 ドアを開ける。玄関のドアを見る。鍵は閉まっている。かんぬきもかかったままだ。


 どこに行った? 


 足元がぐらつく。どうした。


 不安なのか、怖いのか。そうじゃない。そんな精神的なものじゃない。足元を見ると分かることだった。かつしはそこにいたのだ。銃口がこっちを向いている。頭はこっちを向いていないのに銃だけが、こっちを睨んでいた。


 体を反らせる。顎をプラズマ弾がかすめた。


 振動で歯が震えた。顔の毛穴が一つ一つこじ開けられた気分だった。穴という穴に嫌な風が吹いた。


 もう一発来る。


 直感だった。次は下半身だ。とっさに扉を閉めてキッチンで武器を探す。


 子供相手ではない。完全に「敵」相手に戦おうとしていた。 銃声が響いた。ドアノブが床に落ちる。


 嫌な音だ。金属が落ちる音。「同じもの」同士ではないものたちがこすりあわさって弾ける音。


 結局は不快なのだ。


 ドアが開く。顔の肉がぶにぶにの赤ん坊が銃を向ける。


 引き出し、戸棚、全て探すがろくなものがない。


 じゅうぶん武器になりそうなものはあるがそれを使うと怪我をさせてしまう。箸やスプーン、魔法瓶のふた、果物などを手に持つと、我が子に向き合った。


「君の気持ちは分かる。僕らのことが憎くて仕方ないんだろう?」


「ひ、と、ご、ろ、し」


「僕は誰も殺してないよ」


 これは嘘だ。


「ひ、と、こ、ろ、す」


「人に銃を向けるのは論外だけど、そういう言葉を使うのもいけないことなんだよ」


 発砲。カウンターに身を乗り出してリビングの方へ逃げる。


 着地に失敗して足をくじいた。りんごが一つこぼれ落ちる。


 すぐに立ち上がるが右足首にずきり、と鋭い痛みが駆けた。


 かつしの頭が見えた。勝機というか救いはある。足が短いから移動に時間がかかるのだ。


 身の回りを見た。右ポケットには箸とスプーン。


 左ポケットには魔法瓶のふたと四枚ほどのティッシュにおしゃぶり。尻のポケットにはれんげがはいっている。両手にはりんご、みかん、レモンがたくさん。これがいいんだ。

 

 このフルーツがいいんだ。床に転がす。


 かつしはじっとこちらを見据えた。


 銃を持つ右腕が上がる。足元は見ていない。左足を振り上げた。

 きっと、発砲なんてできないだろうさ。


 かつしの太い指が引き金にかかろうとした時、体は宙に浮いて果物の上で踊った。果物につまづいだのだ。しかし誤射。全く狙いの定まっていないプラズマ弾がキッチンカウンターの壁にめりこんだ。



 転げたかつしは両手両足をばたばたさせて立ちあがろうとするが周りにつかむものがない。歩き出そうとすると果物が足をすくう。その度にレモンのクッションに受け止められる。


 銃を。 


 走り寄って手を伸ばす。その瞬間に天井の照明が砕けた。プラズマ弾の跳弾がテレビを貫いた。ガラスが降ってくる。とっさにかつしの上に覆い被さった。破片が肩を刺したのが分かった。


 銃口が腹にもろに当たった。明かりを失った中で、わずかにさす太陽の光を頼りに後ろに飛び退く。 


 棚にぶつかった。置いていたものが落ちてくる。何を置いていたかは忘れた。


 おいおいおいおい。

 赤ん坊の成長速度が目覚ましいというのは聞いたことがある。銃がなんなのかということはもう知っているはずだ。それは、疑いようもないだろう。


 ただ、今かつしはその機能について知らなかったことをさらに知ってしまったようだ。銃の側面にあるつまみ。グレーのつまみ。


 表面がぎざぎざになっているところ。赤ん坊はそういう飛び出たものが好きだというのも、今思い出した。赤ん坊はそれをつまむと右に思い切り捻った。 

 


 それが何を意味するか。つまみを右に回すほどプラズマ弾丸の粒子破壊度が強まるのだ。右に近づくにつれて当たった物体は細かい物質になって消えていく。


 速い話が当たったら、砂になって消える。


 立ち上がる。かつしも立ち上がった。銃が握られている以上、逃げることしかできない。棚をつかんでかつしの方に投げた。案の定、発砲しまくる。命中すると棚は砂になってかつしに降り注いだ。


 左に逃げる。キッチンとバスルームが見える床だ。

 このまま弾切れを待つなんてのは愚かな作戦だ。


 その間に殺される確率が高いし、プラズマ弾の場合動力はバッテリーだから一週間はもつ。だからといって逃げ回っているのも同じくらい愚かだ。


 天井の照明を固定するチェーンがみじめな自分を嘲笑っているかのように揺れた。照明どうしの感覚は二メートルないかぐらいだろう。どうして揺れたのか。発砲の振動か。


 かつしは目を瞑って、体に降りかかった砂を取り払っている。

 この間に次の策を練らなければ。

 ポケットに入っているものは正直何の役にも立たない。捨ててもいいが、後から後悔することだけはしたくない。


 ここから行ける場所はキッチンとバスルームだけ。バスルームには鈴音が隠れている。


 間違ってもそこへいくことはない。


 またキッチンか。迷路に迷い込んで最初の地点に戻ってきてしまうようなものだ。それでも進むしかない。かつしが目を開けた。さっとキッチンに体を飛ばす。


 右肩が冷凍庫に当たった。小さな足音でも大きく聞こえてくる。


 行き止まりだ。迷路で追い詰められる時はきっとこんな感じだろう。


 いや、それでも。


 待てよ。おかしいんじゃないか。これは、逆とも癪とも思わないけれど、どこか違うんじゃないか? どうしてこうなってるんだ? 相手は赤ん坊で、自分の子供だ。その自分の子供という意識がことを難しくする。じゃあ抜きにして赤ん坊を相手にしていると思えばどうだ? まず赤ん坊は首が座っていない。上は向けない。思い出して


みれば。さっきドアを開けた時も、首はこっちを見ていなかった。銃口だけがこっちを向いていた。


 上を向けない。


 冷凍庫を開ける。


 思った通りだ。


 指で二、三個切り取る。痛い。かなり、痛い。ゴミ箱の上にペットボトルがあったはず。素早くキャップを開けて中に詰め込む。ふたを閉めて密閉する。出来上がった三つのペットボトルを抱える。徐々に膨らんでいくのが分かる。


 かつしの姿が見えた。まだ体に砂がついている。ケホケホと咳をするとまた銃を向ける。


 自分の方には向いていない。電子レンジが砂に変わる。笑っている。命中したものが姿を変えるのが楽しいのか。電気ケトルが砂に変わる。無邪気な笑い声が大きさを増す。 


「ケトルを撃っちゃったらミルクを作れないよ」


 まだ笑う。銃が回る、踊る、笑う。


「お腹空いてないならいいけど」



 自分に向いた。


「……やっぱりそろそろ、お腹すいたんじゃない?」


 ペットボトルの膨らみが最高潮に達した。スリーポイントシュートを放った瞬間に「入った」と分かる時があるように、ペットボトルを持っていた手がそういう間隔を掴み取った。三つとも。


 放り投げる。


 かつしがぶにぶにの顔で驚きの表情を作ったのが一瞬見えた。ペットボトルは弾けて、大量の冷気と煙に変わた。部屋中が瞬間的に冷たい煙で包まれる。


 銃口が何回か光ったが、かつしの悲鳴が聞こえたのち、見えなくなった。


 害のあるものじゃないがまだ色々な感覚を未体験の赤ん坊にとってはこの冷たさは恐怖のはずだ。しばらくは撃ってこないだろう。


 すぐさま天井の照明のチェーンに飛びつく。ぶらついた足を別のチェーンにかける。間隔は二メートルないくらい。上半身を捻って下を向く。足を一本ずつ離して、かけなおす。


 自分の身長は百八十センチ程度。ぶらさがって下を見るにはじゅう分な高さと幅がある。前方には大きな窓がある。ここからかつしが外に出る心配はあったが今は、何よりも自分を殺したいはずだ。外には出ないだろう。そして一心不乱に自分の姿を探すだろう。


 良いことに赤ん坊は上を向けない。首が座っていないからだ。さらに良いことにまだ煙は充満している。中々消えないだろう。だからドライアイスを入れたペットボトルはふたをしちゃいけないのか。


 小学生の時分、理科の授業でよく言われた。ドライアイスを密閉してはいけない。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ