表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/43

24話 S.O.S あなた、聞こえてる?



 利恵菜は少し涙目になって、もうどうの目を見つめた。もうどうも利恵菜の目を見つめた。



 こうし座に小惑星というには大きすぎる惑星がある。惑星の地質状況から中惑星にはなれないが、中惑星にも負けないぐらい大きい。


 そこには宇宙で名うての犯罪組織の長、ドン・フェンネルの持ち物である物流倉庫がある。青や黄色、すすけた赤色の倉庫がいくつも並んでいる。管理人はそこを練り歩いて、書類と時計を確認して荷物が来たら受け入れる。しかしもう荷物を受け入れることはできない。管理人は脳みそを赤色の倉庫にぶちまけて死んだから。



 もうどうは利恵菜の目を見つめた。利恵菜は少し涙目になって、もうどうの目を見つめた。



 くじら座には大きく発展した文明が数多く存在する。綺麗な水色の空と薄黄色の雲の下で住人は平和に、忙しく暮らしている。最も栄えているのは金融業だ。

 銀行事務員の若い女性は常務に頼まれていた書類を届けようとエレベーターで九十四階のボタンを押した。

 

 先週までこの銀行は傾いていた。宇宙で名うての犯罪組織の長、ドン・フェンネルとうちの常務の関わりがリークされたからだ。契約は次々に打ち切られ、電話や面会での苦情が絶えなかった。


 もちろんそれはデマで、常務は徹底的に潔白を証明した。証明できたから良いものの特ダネを面白がるメディアが偏向報道をこじらせていればきっと今も苦情の電話に喘いでいただろう。常務が潔白を証明するとそれまでのてんてこまいが嘘のように、業務は元に戻った。しかも前以上の利益を上げた。この一週間は間違いなくこの銀行の歴史に残るはずだ。


 本当に常務は頼りになる人だ。みながデマに惑わされても一人だけ冷静に対処した。次の頭取はきっとあの人になる。この若い女性の事務員も、密かに彼に想いを寄せる女性の一人だった。

 ドアをノックする。少し色気のある声で呼んでみる。


「失礼します、常務。ご注文の書類をお持ちしました……」


「入りたまえ」と、格好良い声で言われたら、ドアを開けて色っぽく微笑んでやるつもりだ。急いで口紅を厚塗りする。口紅のケースを出す。唇に塗って、元に戻してじりじりしながら待つ。


「常務ぅ?」


 いつまでたっても返事がない。


「常務? 入りますよ?」


 ドアを開けるなり気絶した。


 なぜってそこは一面血の海だったのだから。常務は左腕を引きちぎられて死んでいたのだから。



 利恵菜は少し涙目になって、もうどうの目を見つめた。もうどうは利恵菜の目を見つめた。


 

 宇宙でもトップクラスに治安の悪いこの街では、がらの悪い連中が幅を利かせている。

 当たり前のことかもしれないがそこで生き残っていくには悪くなってステータスを得るしかないんだよ。たとえば宇宙でも名うての犯罪組織の長、ドン・フェンネルの下で働ければそれは良いステータスになる。


 高級スーツに身を包んで帽子とサングラスをかけて、がっちりしたボディガードに守られていればもう誰も手を出せないよ。この街の連中は自分より下の連中にがんつけるのがうまいが、自分より上の連中を避けるのはもっとうまいんだ。


 そしてこの街で最も恐れられているのはとある二人組だ。


 ダブルブレストの高級スーツに中折れ帽子にコートという昔ながらのギャングの格好をしている、なんでも物流と密輸の責任者なんだそうだ。行きつけの店はブルネイダースというファミレス、チキンバーグが宇宙一うまい店。


 上には上がいる。そんな風におごっているともっと賢くて、もっと悪くって、もっと狡猾なやつにパターンを見破られることになるんだ。


 行きつけの店はブルネイダース。二人組。


 行きつけの店はブルネイダース。二人組。


 もう行けないな。二人組でもなくなった。ブルネイダースも当分営業停止せざるを得ないだろう。


 窓ガラスは割れ、二人組が座っていたところはコーヒーと血とチキンバーグの破片でベトベトに汚れているから。重たいボディーガードだって、ずっとずっと寝ているんだから。二人組はお高いスーツにたくさんたくさん穴をあけてもらって倒れているんだから。



 もうどうは利恵菜の目を見つめた。利恵菜は少し涙目になって、もうどうの目を見つめた。



 天才に変わり者が多いというのは単なる寓話ではない。高い技術を持っている者、そして使い方を知っているのは確かに優秀なのだがその変わった性格と前衛的なこだわりのせいで、常人は彼らについていけない。

 この男は天才だった。そしてご多分に漏れず変人だった。

 十六歳で宇宙で最も難しい工科大学を飛級して卒業し、銀河政府のIT部門からスカウトされ、働き始めた。間違いなく優秀なのだが同僚は次第に一回りも二回りも年下の彼の傲慢な態度にうんざりし始めた。


 二十一歳でクビを言い渡されるまで自信を顧みたことはなかった。


 金も行く当てもなく、お定りごとのようにスラム街をうろうろするようになった。


 カジノに出入りするようにもなった。電気屋から盗んだパーツと中古のコンピューターで作ったプログラムマシンでルーレットをハッキングしてボロ儲けするとカジノのオーナーから目をつけられ、ギャング連中に睨まれるようになった。


 そのカジノに足を踏み入れたのが彼の人生最大の不運だったと同時に、人生最大の幸運だった。

 そこにドン・フェンネルがいたのだ。


  ギャングやオーナーに袋叩きにされる前にドン・フェンネルは彼をかばって酒をおごってくれたのだ。そして夢のような言葉を言った。


「宇宙でも名うての犯罪組織の技術者にならないか」


 いくら今まで馬鹿なことをしてきたからといって、その提案を断るほど馬鹿ではなかった。


 乾杯すると、次の日にはアタッシュケースいっぱいの金と新しい身分証と住所の書いた紙切れが届いた。


 その住所は見た目は普通のアパートだったが、指定の部屋は最新式のコンピューターやマシンで埋め尽くされていた。 豪勢な暮らしを取り戻せたのは全てドン・フェンネルのおかげだ。彼は他人のことをこれ以上ないほど見下しているがドン・フェンネルは別だった。


 決してドン・フェンネルを裏切るような真似はしなかったしどんな買収話にも屈しなかった。


 だからエンジェルスイートホテルの百四十五階の五十一号室、ベッドの上で路上娼婦と一緒に撃ち殺されるはめになったのだ。

 


 利恵菜は涙目になって、もうどうの目を見つめた。もうどうは利恵菜の目を見つめた。



 この宇宙の司法の腐敗具合ときたらひととおりではなかった。


 戦争が始まってからは判事や警察にお目溢し願おうと大金を払う犯罪組織が増えたものだから、警察や判事にしてみれば真面目に働く方が馬鹿馬鹿しいのだ。

 

 裁判所というのはそういう犯罪組織にとってもっとも都合の良い施設だった。


 わざわざ路地裏で交渉しなくても面会時間を伝えれば希望の判事といつでも会えるのだ。

 あとは用件を伝えて金を渡せば良い。人生が変わるほどの額の入ったアタッシュケースを。


「あなたもいつかドン・フェンネルに感謝する」


 この言葉が持つパワーは計り知れない。


 忠誠を誓うドン・フェンネルのために仕事を終えて、裁判所を出ると手を挙げてタクシーを呼ぶ。


 自分の人生を思い出す。真面目な人間ほど腐敗に蝕まれるのを拒む。


 それは正しいことだ。正しいことをした。なのに自分は追放された。司法の腐敗というのはここ最近の話ではない。もう百年以上も前から続いているのだ。


 三十年前、ドン・フェンネルは自分の痛みを分かってくれた。そして組織に招いてくれた。


 司法組織出身の自分は、犯罪組織の中では疎まれた。


 それでも真面目に働いた。組織の法律担当として真面目に働いた。ドン・フェンネルは人のココロが分かるお方だ。


 自分のことを引き上げて、幹部にまでしてくれた。清らかなはずの司法組織の水面はこの上なく濁っていた。自分はそこでもがく雑魚にすぎなかった。しかしどうだ。濁っているはずの犯罪組織ではこの上なく清らかな水が流れている。自分を評価して、仕事を認めてくれる。


 受けた恩は計り知れないし、生きているうちに全て返せるとも思わないがドン・フェンネルのために、組織に骨を埋めるつもりだった。


 タクシーが来た。ドアが開く。


「バルゾイン通りまで頼む」


 ドアを閉めながら言った。


 運転手は返事もせずに車を発進させた。


 無愛想な運転手だな、と思っていると、窓ガラスが割れた。


 破片が左腕に刺さった。それよりも頭に穴が二つ空いた。


 運転手は無反応に車を走らせ続けた。




 もうどうは利恵菜の目を見つめた。利恵菜は涙目になって、もうどうの目を見つめた。




 組織の相談役ほど骨の折れる仕事はきっと表にも裏にもないはずだ。

 

 何よりも書類仕事が多すぎる。業務内容は機密だから助手を雇うわけにもいかない。廃棄する書類は全てシュレッダーにかけてから燃やす。


 そのあと水をかけ、生ごみと一緒に捨てる。最初はその作業もどうということはなかったのだが仕事が増えるとかったるくなってきた。


 長きに渡って栄え、利益を出し続ける犯罪組織には共通点がある。長の人柄が良いこと、相談役が優秀なこと、だ。


 ドン・フェンネルの組織が宇宙の犯罪市場に台頭して実に二百五十三年になる。


 その間自分はずっとドン・フェンネルの隣で仕事をしてきた。最初は普通の弁護士としてだったが組織が拡大するにつれて地位が上がってきた。


 最初にいたメンバーがそのまま成り上がるわけではなく仕事をこなす能力で役職が決められる。ドン・フェンネルは日陰にいた自分を日向に連れ出しくれた。


 父親から受けた虐待で傷ついたココロを癒してくれた。受けた恩を大切にする自分たちの種族にとって、彼に一生ついていくのにはそれだけで十分な理由だった。

 

 書類をクリップでまとめてファイルにしまう。


 そのファイルをかばんに入れる。ようやくひと段落ついた。今からドン・フェンネルのところへ行く用がある。一つ憂鬱な報告をしなければならない。


 物流と密輸の責任者と連絡がとれないのだ。何かトラブルに巻き込まれているかもしれない。杞憂に終わればいいのだが。トラブルは小さい内につぶしておかなければならない。 


 ドアの近くのテーブルを見てみると、小包があった。


 そうだ。さっき届いたものだ。なんだろうか。何かを注文した覚えはないが。


 紐を切って開けてみる。中身を確認することはできなかったが、大体分かった。


 オフィスは綺麗に吹き飛んだ。




 利恵菜は涙目になって、もうどうの目を見つめた。もうどうは利恵菜の目を見つめた。



「どうしますか」


「あいつの言うとおりにしろ。連絡しろ、今すぐだ」


「分かりました」


 男は上等のネッシーの革のカウチに腰掛けながら、目の前の部下の死体を見た。


 無惨にも腹を割かれて死んでいる。


 当然の報いだと思う気持ちもある。この部下は自分が長である組織を裏切っていた。横領したのだ。


 しかし……。だからといって、ここまでむごたらしくやる必要もあるかとも思う。


「フェンネルのことはどうしますか」


「それも言うとおりにしろ。切り捨ててコバヤシもうどうに乗り換える。フェンネルにはまだ教えるなよ」


「どうしてですか?」


「あいつが止めた。考えがあるからまだ言うなと」


「どうしてそこまであの男の言うとおりにするんですか。あなたはこの宇宙で最も力を持つ犯罪組織の長なんですよ。今まで千年近くもこの宇宙の頂点として君臨してきたのに。フェンネルでさえあなたの下請け業者なんです。コバヤシもうどうときたら、フェンネルの下請け。我々から見れば下請けの下請けもいいところです。史上最年少で軍需産業を独占したとしても我々の敵ではない。衝突を恐れる理由はありませんよ」


「言うとおりにするんだ。私も若くはない。コバヤシもうどうのような男と真っ向から戦って、正直勝てる自信はない。コバヤシもうどうと手を組めばこちらも大きな利益を出せる。その時は新たなビジネスパートナーに敬意を払わない者を消さなければならない。お前のことは大事だ。大事な相談役であり、息子だ。だから、あいつのことを、失礼。ミスターコバヤシもうどうのことを良く思っていなくとも口には出すな」


「……分かりました」



 


 もうどうは利恵菜の目を見つめた。利恵菜は涙目になって、もうどうの目を見つめた。


「怖い……」


 利恵菜はもうどうの手を握る力を強めた。


「怖くて当然だ。でももう何も心配はいらない。全て片付いた。これからは、撃たれるなんてことは絶対にない」


 利恵菜は反対を向いた。泣いているところを見られたくなかったのだろう。


「……ねぇ、沙織の話をしない?」


 反対を向いたまま言った。涙が、恐怖によるものなのか、沙織を思い出してのものなのかは分からなかった。


「……そうだな」


「沙織って、不思議な子だったよね」


「ああ。その不思議さが魅力だった」


「誰に対しても、優しかったよね」


「ああ。利用されても、利用されたと気付かない。鈍感でもあった。気付いた時もあったが、許していた。それで相手が幸せなら、とな。俺がそいつらを許したことはなかったが…………」


「いっつもオレンジジュース飲んでた」


「ああ。何よりも好きだと言ってた……特に、グラスに一輪のオレンジが挟まったやつだ。店であれが出てくると一日中笑顔だった」


「沙織は、一輪のオレンジジュースって言ってた。よく分からないことを言うのが好きだったよね」


「……ああ。彼女が死んでから、俺も飲むようになった。一輪のオレンジジュースをな。一時なんかは、でっかいオレンジジュースのボトルに一輪のオレンジを挟んで飲んでたもんだ。ボトルの底に、彼女を探してた……。なんていうか、どんどん忘れていく。沙織のことを。苦しい記憶だからな。脳が、自動的に忘れていく。忘れていたかったよ。だけどココロのどこかではまだ覚えていたいと思ってた。だからオレンジジュースを飲むんだ。グラスに一輪のオレンジが挟まったやつをな……」


 目頭が熱い。膝が濡れた。小さく濡れた。涙だ。もう出てこないと思っていた涙が、頬を伝っていく。だめだ。


 手を離して立ち上がった。ビニールブースから出る。


 泣いているのを利恵菜に見られたくなかった。それに、これ以上思い出すことは自殺と同じだと分かった。ココロが死んでいく。沙織のことを思い出すと同じ場所に行きたいと思うようになる。それを避けるために今まで思い出さなかったのだ。


 ハヴァキャンプはビニールブースの入り口で待っていた。


「他のスタッフは休憩してます。すぐ呼んできます」


「ああ、頼むよ先生。後に障害が残るなんてことになったら困るからな」


「はい、そのようなことがないように、しっかりと事後治療をします。えと、あの。大丈夫ですか?」


「大丈夫、俺のことはいいから。治療が終わればいの一番に連絡してくれ。迎えにいくから」


「分かりました」


 もうどはハヴァキャンプに握手するm65ジャケットを着て、車に乗り込んだ。


 これから頑張らなきゃいけない。組織はもっとでかくなる。そう、もっとでかくなるんだ。今までの分も、これからの分も、泣いてる暇はない。涙はココロを錆びつかせる。


 もう十分錆びついているし、これ以上錆びると生きていけない。


 ハンドルを強く握った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ