23話 ケアレス・ウィンスパー ささやかな囁き
利恵菜を治療したのは執刀専門医のハヴァキャンプ。
楕円形の顔面をした青色の皮膚の宇宙人だ。
どんな難しい手術でも成功させた政府の医療機関お抱えの医者だったが政府医療の腐敗を糾弾したことで惑星から追放され医師免許を剥奪された。財産も没収された。
雑誌でその医師の研究を見たことがあった。生活費を出してやって住む場所と新しい身分証、仕事を世話してやった。
もうどうが呼び出したらすぐに駆けつけてくれる緊急医療ユニットの執刀医としての仕事だ。
利恵菜が負傷した後も連絡一つですぐに指定の場所に来てくれた。こぎつね座の中惑星の廃倉庫にビニールブースで無菌室を作り手術器具を持ち込んで呼び出して十分以内に手術を開始した。
月の営業所から出ると「用事」を済ませてその中惑星に向かった。
手術が終わったという連絡は来ていない。時間がかかっているから容体がよくないというのも早計だろう。時間がかかりすぎないのは理由が極端に二分される。治療がすぐ終わったか、死んだか、だ。
九兆キロ程度離れていても、月からのぼる煙が見える。サンボーン一味の断末魔が聞こえてきそうだ。
もうどうは倉庫の中に車を入れる。
この中惑星の平均温度は二十六度。周りの惑星と比べると四季がはっきりしている方だが、一年中暑い。冬は少しマシになるが、少し涼しいというぐらいのものだ。
ネイビーのm65ジャケットを脱いで手に持つ。
青衣に身をまとった医師たちが中でいそいそ動いている。利恵菜は寝ている。このまま意識は戻らないかもしれない。仲間の手術はたくさん見てきたが、今のような感情を持ったことはなかった。
ビニールブースが見えた。
感情。もうどうの目はどんな感情も反射しない。快感も、苦痛も、それ以外も、何一つ。
どうしてこうなったのかは明確だ。怒りに燃えているからだ。怒りに燃えて武器を作り、怒りに燃えて裏切られ、怒りに燃えて裏切り者を探した。怒りに燃えて「あの男」を探す。
ビニールブースから少し離れたところのベンチに座る。ベンチとはいっても、そう見えただけだ。元々何に使われていたかは分からない鉄の塊。腰を下ろすと、ひんやりと冷たかった。
なんとなく右腰のホルスターの銃を触る。「もうどう」
ビニールブースからハヴァキャンプが出てきた。
「先生」もうどうは立ち上がる。
「あいつの具合はどうだ」
「弾は全て貫通していました。幸い重要臓器の損傷はなかったので治療は簡単でした。出血がない分、体内にたまっている窒素が爆発する可能性があったのでエックス線でのアプローチを試みました。リスクは承知でしたが、無事に全ての縫合を終えました」
ハヴァキャンプはマスクを外しながら言った。マスクをくしゃくしゃと丸める。手術後にマスクを丸めるのがこの医者のくせなのだ。
「ありがとう先生。あいつと話せるかな」
「もうすぐ、目を開けると思います」
「ありがとう……」
ビニールブースから他の医療スタッフも出てくる。全員出るのを待ってから、中に入る。
利恵菜は手術台に寝ていた。半目だ。まだ意識がはっきりしないのか。
緑色の手術着を着て、白い布に体中覆われていた。右腕は点滴されていて、左手の指にはパルスオキシメーターがつけられている。体内の酸素を測る機械らしい。
ブース内の手術器具は地球のものとほとんど同じだが、弾丸の熱によって固まった患部を冷却するためのチューブは珍しいものだ。
ベッドの左脇に置いてある丸椅子に座ると首をこっちに向けた。
「調子はどうだ」
利恵菜は少し顔をしかめた。顔色が悪い。手術着の着心地が悪いようだ。分からなくもない。
「最高」
「うそつくなよ」
もうどうは自分でも声が優しくなっているのを感じた。
利恵菜は笑うと、咳をした。手術後に急に横隔膜を動かすと痛むというのを聞いたことがある。
「大丈夫か。急に笑うと縫合した部分がほどけるぞ」
「大丈夫じゃないわよ。痛いわ……」
「悪かったよ」
「そっちこそ大丈夫なの」
声がかすれている。
「なんで」
「色々あったんでしょ」
「どうして分かる」
「分かるわよ。小さい時から顔見てるんだから」
「お前は今も小さいけどな」
また笑った。その時は咳もセットだ。
「ああ、ごめんごめん」
肩に手を置いてポンポンと叩く。この動作で痛みがおさまるのかは知らない。
「絶対死んだって思ったわ」
消えいりそうなカスカスな声だ。
「脇腹に木材が刺されば誰だってそう思うもんだ」
利恵菜が手を握ってくる。パルスオキシメーターが少し邪魔だったが、握り返してやる。
うっとうしいが、目の前で苦しんでいる。
こいつがこうなったのは自分の責任でもある。
少し驚いた。
さっきまでうっとうしいと思っていたのに。
もうどうは自分のしていることのせいで人々が傷ついていくことを自覚し始めていた。
大切な人を失っていく。利恵菜のことを大切な人のくくりにしているわけではない。ココロで必死に言い訳する。だが本音は違う。
利恵菜のことが大事なのだ。それが本当なのだ。利恵菜は沙織のことを覚えている数少ない人間だから。時々とてつもなく寂しくなる時は、利恵菜に会いに行きたくなる。
胸の中で泣きたくなる。沙織のことを話したくなる。手を握る力が強くなっていく。痛がらない程度に、握る。
「その銃と同じなの?」
「何が」
「わたしがさらわれたのって」
ジャケットを脱いでいたせいで、利恵菜に銃が見えていた。それよりも、言っている意味が分からない。
「どういう意味だ」
「人をさらうのも、撃つのも変わらないと思わない……?」
「まあ、そうだな」
「たくさん撃ってきたの?」
「ああ。争いの数だけ撃ってきたよ」
「……傷つけたの?」
「まあそうだな」
「この三年でどれくらい撃ったの……?」
「分からんよ。そんなのは」
「撃たれたこともある?」
「まあな」
「痛かった?」
「そりゃ痛いさ」
「そう……」
「ねぇ」
「なんだ」
「教えてよ」
「何を」
「何があったか……。三年間、消えてる間に何があったか教えてよ……」
「…………だめだ」
「どうして……?」
「…………」
「……そう、どうしてわたしを助けたの?」
「…………」
沙織の顔が浮かんだ。
ずっと思い出さないようにしていたのに、 今ははっきりと目の前にいる。虹色の気配が、あの暖かい空気を、はっきりと思い出してしまった。
「沙織の遺言だからだ」
声が沈んだ。
「…………」
「沙織が死ぬ前にそう言ったわけじゃない。ある時ふざけてそう言ったんだ。自分にもし何かあったらお前を守ってくれって。それが現実になるなんて二人とも夢にも思ってなかった。彼女がいなくなってから、思い出した。記憶にならない平和な日々を探しては、泣いたよ」
「…………ごめんなさい……」
「謝ることはない」
「…………」
「この三年は、麻痺させるための冒険だった。傷心旅行みたいなもんだ。犯人を探しながらあちこち駆けずり回って。色々やってきた。仲間も敵もできた。お前はその敵に撃たれたんだ」
「その敵はもういないの?」
「ああ……。そいつが敵になった原因も、もういない。全員、死んだよ」




