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22話 ダンシング・イン・ザ・ムーンライト 月明かりに踊る



    小林もうどうの章



 車はありとあらゆる武器を積んでいる。

 

 月の営業所はおとめ座のものといえどサンボーンの私物だ。おとめ座と揉めても構わない。全て破壊する。

 ロケットは次々に倉庫を吹き飛ばし、中継センターを火の海にしていく。


 もうどうはドアの窓から火に包まれる月を見下ろす。


 マシンガンで逃げ惑う者どもをロックオンすると、発砲する。


 花火のように色とりどりの血が飛び散る。すでに破壊したところにも弾丸をお見舞いする。利恵菜のことを思い出すと、さらわれて異星に捕らわれ脇腹に木片を受けることになった利恵菜のことを思い出すと、操縦かんを握る手にどんどん力が入っていく。


 営業所は月の半分以上にも及んでいる。切り取る方が早かったか。


 真空空間に向けて発進する宇宙船がレーダーに引っかかる。


 自分だけ逃げようとは情けない。ミサイルをくれてやる。


 サンボーンは自分の手で直々に処刑する。


 おそらく一番大きな事務所に隠れているはずだ。レーダーはサンボーンの姿形を記憶しているからどこに隠れようと無駄だ。それが、そういうことなのだ。


 それが、もうどうを怒らせるということなのだ。他の誰だろうと自分への攻撃が身近な者へ波及すれば許す者はいないだろう。

 サンボーンはやってはいけないことをした。


 利恵菜だ。


 嫌いなのだ。あの女は。


 正直、自分でもこの行動は合理的ではないと思っている。うっとうしくて、嫌いなのだ、あの女は。あの女を見ていると沙織を思い出す。なぜならあの頃、利恵菜の隣には必ず沙織がいた。友達として。沙織の隣には必ず利恵菜がいた。友達として。


 もうどうの隣に恋人としている時の沙織とは違う。


 別の物体、いや流動体。背中に何かが流れているような違和感。それでもその場に収まっているものを見ている満足感と納得。


 沙織は流動体だった。いろんな人の体に流れ出ていって親しくなる。やがてその流れなしでは生きられなくなる。突然いなくなると狂う。全ての人に平等で優しく。その優しさの本質は愛だった。


 誰のことも愛しているというよりは愛せる。


 手がつなげたり、抱きしめられたり、キスできたり、セックスできたりするわけじゃない。そういう愛ではない。逆に言えばそれは、誰のことも愛せる人間。ただそれだけのことなのだ。

 

 常に笑っている太陽よりも時々笑う月のほうが好きなのだ。


 彼女はいつも笑っていた。

 だけどそれは、違うものだった。


 笑顔ではない。ただの他人のために繕った表情のバリエーションの一つ。もうどうに見せたのは完全な輝きだった。口角や目の開き加減、そういったものは一切関係なかった。


 いや実際、笑っていなかったのかもしれない。それでも、もうどうには彼女が最高の笑顔を見せているように思えた。


 もうどうの頬を涙が伝うことはない。枯れてしまったからだ。


 その代わりに、痛みは蘇ってくる。焼き払って、生えてこないようにしたはずの懐かしみや苦しみが再び芽を出してくる。


 怒る。悲しみを押し殺して怒る。ただ、操縦かんを握り、花火を打ち上げる指に力を加えていく。


 カーナビから電子音がした。レーダーがサンボーンをとらえた。東の中継所の三階。階段の隣の部屋。金庫室のようだ。


 車を三階の壁に突っ込ませる。壁や内側の部屋はめちゃくちゃになったが車には傷一つつかない。


 レーダーを見ると、サンボーンの部下がドアの前に棚を設置した。バリケードのつもりだ。正直そうしてくれた方がやりやすい。


 車を降りてトランクからグレネードランチャーとショットガンを取り出す。


 弾が入っているか確認して、サンボーンのいる部屋を探す。




「銃を出せ」


「はい」


「よし。奴は、必ずこのドアを、突き破ってくる。その瞬間に撃つんだ。確実に殺すんだぞ。奴らはたった二人だ。コバヤシもうどうときつし。こっちには四人いる。大丈夫だ」


 サンボーンは金と証券を詰め込んだバッグを抱えてボデイガード四人の後ろで縮こまった。


 四人とも軍隊出身の傭兵だ。ライフルとショットガンを構えている。コバヤシもうどうだろうときつしだろうとこの人数には勝てないだろう。


 このドン・サンボーンを敵に回したからにはそれ相応の目にあってもらう。


 この場を切り抜けたら奴の商売を破壊する。北側のしまのバルカンルートや貨物線を破壊すれば行き場をなくすはずだ。奴にとって評判が落ちて仕事がなくなるのは死ぬよりつらいはずだ。


 どんなことよりも。


 まだこないか。


 建物全体が揺れるほどの衝撃が来てから五分になる。どうしてまだこない。何か意図があるのか。だとしたらなんだ。


 空気がどんどん冷たくなっていく。


 指先をつたう冷や汗が床に落ちた音すらはっきりと聞こえる。ドアの前に配置したバリケードは簡単には破れない。


 グレネードランチャーかロケットランチャーで破壊してくるだろう。しかしその程度ではあのボデイガード四人は倒せない。


 後から思えば、サンボーンは正面の城壁が攻められることしか考えていなかった。


 左の壁が破壊されるなんて夢にも思わなかった。

 煙とがれきと爆風に吹き飛ばされて、反対側の壁にぶつかった。


 反応の遅れたボディガードたちは次々に撃たれていく。


 コバヤシは、グレネードランチャーを捨てると鮮やかな動きでショットガンに切り替えて次々に発砲した。


 取引の時にサンボーンの部下を次々と殺していった時のように。光景が思い出される。まるで劇だった。あいつに殺されることが脚本で決まっていたように、それを演じただけのようにみなやられていった。

 ついに最後の一人の頭が撃ち抜かれた時、コバヤシもうどうはサンボーンの姿を認めた。


 もうどうはショットガンを落とすと、腰から別の銃を抜いた。


 サンボーンはバッグを掴んだまま机の端を持って立ち上がるとドアを目指す。


 がれきにつまづいて何度も転げた。

 

 もうどうはゆっくりと、がれきを避けながらサンボーンに追いついた。


「やめろ」 



「さらった女に言うんだな」



 もうどうはサンボーンの頭の腕を掴むと壁に叩きつけた。


 至近距離で頭の腕を吹っ飛ばす。


「うがあああぁぁあっっぁあああ」 


 倒れて煙の舞う、がれきの中にうずくまる。


「全部自業自得だろうが。貴様が、こっちの部下を皆殺しにして、取引をだめにしたから」


「お前が根も葉もない噂を信じたからだろう」


「なんのことだ」


「俺が主義を曲げて、送金の前にものを試させるという噂だ。この噂がどういうことを意味するか分かるだろう。評判が落ちるんだよ」


「それは、信ぴょう性のある情報だ」



「誰から教わった。最初からあんたに聞くべきだったよ」


「部下からに決まってるだろう。通信網を整備していた部下だ。ジャネット・ガウモントだ」


「その情報はしっかり調べたのか?」



「もちろんだ。発信元はワイオミング・スターツベルク。あんたの部下だった」


「ほう」


「ほんとだ。うそじゃない」


「信じるよ。いや、俺は何も取引がうまくいなかったことを怒ってるんじゃない。取引の失敗でいえばあんたも被害者だ。愚かなワイオミングが流した噂を信じたあんたもそのジャネットとかいう部下も大まぬけには違いないが。俺が怒ってるのは何に対してか分かるか」



「女を襲ったこと? それはお前が」


 言葉を続けることなんてできないんだ、結局。サンボーンの頭の腕はどちらもなくなってしまった。


「うあがあががわああぁぁぁぁあああっああ」


「直接攻撃をしかけずに周りの者を傷つけて回るのはもっとも恥ずべき卑劣な行為だ。いいか? お前がしたことは、この先お前が何をしても許すつもりはない。かといって今ここですぐに殺して、償わせたことにするのも納得がいかない。だからお前を生かす」 


 もっとも恐ろしく、もっとも悲しいのは「信じて疑わなかったことが疑うべきだったと分かる時」だ。


 もうどうが沙織と一生幸せに過ごせると信じて疑わず、疑うべきだったと思ったように。それが一番、嫌なのだ。


「なんだと……? わ、我が種族の誇りである頭の腕を両方とも失って、そのまま生きろと? そうして恥を晒しながら生きろと? お前はそう言っているのか」


「そうだ。殺してやろうか? お前が種族の誇りを失って生きるより死んだほうがマシだと考えられるほど高尚だとも思えないがね。そうだろ? 死ぬよりは恥を晒して生きるほうがマシだろう」


 サンボーンは口をつくんだ。


「じゃあ、まあ。ほら立ち上がって消えろ。とっとと失せるんだ。二度と俺に関わるな。てめぇのちっちゃな組織の内輪揉めで死ぬまでせいぜい楽しむんだな」


 銃を下ろすとそう放った。サンボーンは足を引きずってもうどうを睨みながら、ドアの前の棚をどかす。うめきながら、やっとの思いでどかすと、ドアを開ける。


 最後に一度もうどうの顔を見る。もうどうは何も見ていなかった。顔こそサンボーンの方にあったが、それより後ろを見ていた。


 サンボーンはドアの外に足を踏み出した。そう、踏み出しただけ。そのまま倒れた。



 この小物の宇宙人には後頭部の銃弾が通った跡が残るのみだ。


 組織はもうどうに利用されるだろうし、資源も契約も財産も売り飛ばされるだろう。幹部連中も処刑されるだろう。


 しかしそれこそ仕方のないことだ。


 この宇宙でこの小林もうどうを敵に回すというのはそういうことなのだ。もうどうはそのままサンボーンの死体を見ていた。結局裏切り者は見つからなかった。引っかかる点が増えていくばかりで線になっていかない。このまま泣き寝入りをするつもりは絶対にない。金がどれだけかかろうとこの裏切りの真相は突き止める。


 もうどうはがれきに座り込んで全てのことを思い出す。最初から順に。


 仕事が失敗。フェンネルから裏切りだと教わり、サンボーンの直近の通信相手のリストをもらった。


 ワイオミングに調査を頼み、別の線として自分の組織の人員で金の増えた者を調べたが彼らはフリーランスで仕事を受けただけだった。


 逆に裏切っていたのはワイオミングで、処刑したのちにファイルを持ち去った。今まで受けた仕事をご丁寧に記録として書類に残してファイリングしたものだった。


 フェンネルからもらった通信相手のリストの解析結果もあったが特に怪しい点はなかった。


 そしてそのファイルからパッツィオファミリーのドン・ベッツィが噂を流すよう指示したと判明し、ベッツィの一味を処刑。


 これで終わりかと思われたが、サンボーンの襲撃に遭う。月の営業所を襲撃してサンボーンの重要な仕事と資源を破壊し、人員を殺し、サンボーンも処刑した。


 ますます分からない。


 一から並べ立てて整理してみると解決したように見える。だが、何かが引っ掛かるのだ。直感的に終わりじゃないと分かるのだ。このどうしようもない気持ち悪さを放っておいていいはずがない。

 もう一度考える。


 仕事が失敗。


 フェンネルから裏切りだと教わり、サンボーンの直近の通信相手のリストをもらった。ワイオミングに調査を頼み、別の線として自分の組織の人員で金の増えた者を調べた。

 自分の組織の人員で金が増えた者。






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