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21話 ビート・イット 今すぐ逃げろ!!



    ジャネットの章



「ここが父さんが普段働いている仕事場だよ」

 頭から腕が三本生えている宇宙人はドアを開けながら言った。


「綺麗なところじゃない。ジャネット」


「そうだろ。妻である君にもずっと、来てほしいと思ってたんだ」


 ジャネットは、妻と娘をオフィスの中央へ案内した。娘は母親の手をしっかり握って指をくわえている。三年前生まれたのだ。


 ジャネットは小さな娘を抱き上げてデスクの上のトロフィーを見せる。ジャネットの腕の中で頭の腕を上下に振った。抱き上げると必ずこの動作をするのだ。


 思い返してみればジャネットの人生は「ノー」を突きつけ続けた冒険だった。


 大学に入学した頃ジャネットたちの種族が生業としていた海賊業が廃れた。高校時代の友達はみな海賊として一旗あげるんだと言って、中学の頃から自分の宇宙船を持つことを夢見ていた。最高学年の二学期に行われた進路調査で自分以外の全ての男子生徒は「海賊」と記入した。


 教員もみな若い頃は海賊だった。制圧したしまが多いほど良いポジションに天下ることができた。


 三者面談の時には怒鳴られたものだ。なぜなら自分が書いた進路は「大学進学」だったからだ。


 人口の男性の九割が海賊となる社会で大学というのはもはや図書館と同じ扱いだった。試験はあってもみなが出入りできる資料室。電子地図に載っていない小惑星や星座を制圧する時に特徴なんかを調べるために年に数回訪れるか訪れないかの施設だった。たったそれだけのことだった。


 わざわざ学費を払って大学なんかに何をしにいくのかと訊かれると「特技のプログラミングで、情報技術を進化させたい」と答えた。


 何のために、と訊かれると


「海賊業者同士の通信網を整備してコミュニケーションを円滑に進める技術を開発するため」と答えた。


 自分にはそういう夢があったのだ。


 もちろん親には反対された。父親は、かのドン・サンボーンの海賊組織の幹部だった。


 水星の物流ネットワークをたったの一人で制圧した英雄だった。教科書にものっているし伝記にもなっている。


 そんな父親は息子を殴った。怒鳴って非惑星民と叱責した。母親は泣いた。兄は無視した。


 それでもジャネットは我を突き通した。


 家を出て学校に住むようになった。教師たちからは猛反対されたが、大学の学費を思ってアルバイトを始めた。生徒が下校した後、トイレや窓、教室の床なんかを全て掃除する仕事だ。


 時給はたったの三ミリレロ。前に本で読んだ地球という惑星の日本という国の通貨にして約二百四十円。学校が終わると勉強して掃除。そのあとも勉強してまた掃除。意識がなくなるまで勉強してそのまま就寝。


 そんな生活を一ヶ月も続けると、教師たちも呆れて放っておくようになった。


 校門の前を掃除していると、時々父親の姿が見えた。


 そんな時は決まって気付かないふりをして廊下のモップがけにうつった。


 試験に合格して苦心の思いでためた学費を納めながら必死で講義を受けた。

 

 教授もやる気はないが、質問攻めにしてやると熱意を取り戻した。三年後トップの成績で(とはいっても生徒はジャネットだけだったから当たり前なのだが)卒業すると電子通信網整備士の資格をとって通信網整備会社のエンジニアとして就職することに決まった。


 一人だけの卒業式が終わった後、最後の学費を納めに事務室へ向かった。この三年間いつもテレビが点いている部屋だった。普通は銀行口座での引き落としになるのだが口座の開設には両親の同意が必要だった。


 金の入った封筒を事務員に渡すと控えとお祝いの言葉をもらった。その瞬間に、部屋の奥でいつも点いているテレビのニュースが海賊時代の終焉を告げた。それが意味するのは人口の九十パーセントの失業とジャネットの勝利だった。


 新聞で見たところ、銀河政府が海賊業を禁止する法律を強化したことが原因だった。ここ三年で海賊行為を行った組織や個人は多額の賠償金を払うことになり。甚大な被害を出した者は逮捕されて懲役をくらった。


 父親は組織から切り捨てられて逮捕された。戦争での兵役と引き換えに減刑する条件も出されたが拒んだために銃殺刑になった。


 就職して一年は大変だった。惑星の大混乱。海賊業の衰退で惑星の犯罪率は八十パーセント増加した。


 警察機関は機能しているが、通信網が複雑なせいで、通報が無視されることもあった。


 公共事業として海底ケーブルや空中の電子通信網を整備すると、警察は動きやすくなったようだ。


 これを足がかりにジャネットは仲間同士の無線も通報も一括で管理でき、個人がすぐに現場に向かえるネットワークを作り上げた。


 実装してから二ヶ月で警察と政府から感謝状が届いた。三ヶ月でとある機関に引き抜かれた。それはドン・サンボーンの組織だった。


 海賊から足を洗い、物流や空運業にシフトしていた。戦争で一旗上げて勢力を取り戻そうとしていた。


 彼は、ぜひジャネットの技術を組織の連絡通信網の改善に役立ててほしいと言ってきた。選択の余地はなかった。


 サンボーンのもとで働いてからはすぐに組織の中の重役を担うようになった。


 おとめ座と交渉して月の営業所を管理することになった。ジャネットはそこで流れてくる物資の管理だけでなく。通信網のメンテナンスを行なっている。


 もちろん彼の暗黒なビジネスにも関わった。

 

 戦争に参入するにあたって武器が必要になるとフェンネルという業者とコネができた。彼はコバヤシもうどうという若手の業者を紹介した。


 噂には聞いていたがなんでも、彼は宇宙一の天才科学者で彼の作る武器を使うと必ず勝てるらしい。


 サンボーンは浮き足立って取引を決めたが、通信網にはとある噂が回ってきていた。


 コバヤシもうどうという業者が信頼されている要因の一つとして取引の作法を大事にすることが挙げられる。しかしそれは表向きで実際は送金の前に品物を試させたりするそうだ。


 この情報は彼の評判を落とすことにつながる。すぐにサンボーンに報告すると、嬉々として取引に向かっていったが結果的に取引は失敗した。撃ち合いになったそうだ。


 仲間を全員殺され、サンボーンも被弾した。報復としてコバヤシもうどうの女をさらったそうだが取り返されたらしい。


「そのトロフィーが何なのか教えてあげたら?」


 妻のパネッティの声がする。


「言っても分からないよ」


 今までジャネットは夢と仕事に生きてきた。


 だけど今は妻と娘のために生きたい。妻はいつでもジャネットを支えてくれた。サンボーンの紹介で完全に政略結婚だったが愛し合っていた。ありきたりな言葉だが、この生活が永遠に続けばいいのにと思っていた。


「なんなの? この音」


 パネッティが不安気な声を出す。


 何か外が騒がしい。


 窓から外を見てみると、倉庫が燃えている。倉庫を守っている人員の死体が散らばっている。今、この営業所にサンボーンが来ている。


 すぐに連絡しないと、と思ったところで上から落ちてきた閃光に包まれた。意識を失う直前、部屋の全てが黒焦げになるのを見た。

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