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17話 ゴッズ・ゴナ・カット・ユー・ダウン 神はまだあなたを見捨てていない



    サンボーンの章



 手が震える、などあってはならないことだ。

 種族を取りまとめる者として常に強くあらなければならない、と頭では分かっていてもサンボーンの心臓は元のペースを取り戻そうとはしてくれない。電話の置いてあるデスクを部下と取り囲んで鳴るのを待っていた。


「まだか」   


 待ちきれなくなってサンボーンは汗を拭いながら声をあげた。


 コバヤシもうどうの女、リエナとかいう名前の女を捕らえているのは木星のはずれの倉庫だ。コバヤシが現れれば電話してくる手筈になっている。


 そこに部下を三十人ほど待機させている。奴を始末するには十分な人数のはずだ。これは自業自得だ。取引の場でこちらの部下を全員殺した。


 その上自分の足も撃ったのだ。手術はしたが、関節の重なる特殊な部位が損傷していたため、一生まっすぐ歩けない。

 

 コバヤシは気に食わないが武器が必要で殺された部下の枠を穴埋めるには金もいる。奴にとっては簡単な選択のはずだ。どの種族の男が好きな女を見捨てるか。


 電話が鳴る音でサンボーンの心臓は高く跳ねた。すぐに親機を操作してスピーカーにする。


「現れたか」 


 声があまりにも焦っていたのでサンボーンは自分でも驚いた。そわそわしていた部下たちも電話に意識を集中させているようで微動だにしなくなった。



 中々返事が返ってこない。


「おい、どうなんだ」


 急かすと何かが擦れるような音がして


『奴が電話をよこしました。話したいそうです』


「待て待て。そこにはいないのか?」


『はい。いません。ただ自分の携帯に電話がかかってきたんです』


 サンボーンは拳を握りしめて深く深呼吸した。


「つなげ」


 覇気のない『分かりました』という声の後ややあって電子音が聞こえた。


 それからしばらくは静かだった。何も言わずとも、コバヤシもうどうと繋がったことが分かった。 


「ご機嫌いかがかな」


 サンボーンは先手を打つつもりで調子良く放った。


 また少し間があって『絶好調さ』と返ってきた。無機質で、どこか生き物味の抜けた音だ。周りで聞いている部下たちはすっかり縮み上がっている。


「お前の女をさらった。返してほしければこちらの要求を満たせ」


 また間。気持ちが悪くなってきた。


『利恵菜のことか?』


「そうだ。クニ、マタリエナと名乗っていた」


『発音が違う。クニ、マタじゃない。クニマタだ。ク、ク、クニマタ』


「どうでもいい。武器と金を渡せば無傷で返すと約束しよう」


『続けろ』

 

 食いついたか。サンボーンの胸中に安心のようなものが広がっていく。


「水星の南の小惑星に政府の港がある。そこにオーダー通りに品物を届けろ。金は指定する口座に送金してもらう。もちろん足がつかないように」


 言い終えても何も言ってこない。聞こえていたのか。


「聞こえてるかな?」


『ああ、聞こえてるよ。ただちょっと考えてたんだ。今複雑な作業中でね』


「というと?」


『皮膚の強度を上げて炎や衝撃に耐えられるようにする血清を試験的に作ったんだがどんなもんかと思ってね。それと鉤爪のついたワイヤーで移動できる銃ね。どう名前をつけようか迷ってるんだ。とりあえずはしんのすけ、とかにしておこうか。それと武器を無効化する装置も作ったんだ。こっちはジャック、と呼ぶことにしよう』


「何の話かさっぱり分からない」


 サンボーンは平静を装って言ったつもりだったが心臓はかつてないほど早足になっていた。コバヤシがどうしてこんなことを言うのか全く分からない。そして声には一切の感情が滲んでいない。


 コバヤシもうどうはフハハと笑った。


『分からない? 笑えてくるよ。あんたら俺がその女を助ける前提で話を進めるんだもんな』


 サンボーンは背筋を冷たくした。


「なに?」


『正直あんたに感謝したいんだ。あれだけひどく揉めたのに邪魔者を始末してくれる。この働きに感謝してあんたの要求を満たしてやってもいいんだが正味それは癪だ。元はと言えばあんたの無礼が招いた結果だからな』


「何が言いたい」


『簡単だ。もしその女を殺してくれたら全て水に流す。以降新たに取引を持ちかけてきても承諾することにする』


「はったりだな。お前は彼女に生きていてほしいはずだ」


『もしそうならこんな電話をするか? 少しは考えてくれ。あんたらの位置情報をキャッチするのもこっちの位置情報を隠すのも手間なんだよ。わざわざ周波数を撹乱して電話までして話してるんだ。俺の申し出を受けろ。彼女を殺してわだかまりを溶かしにかかろう』


「信じないぞ」


『あんたの信仰はどうだっていい。大切なのは事実だ。あんたが俺の邪魔者を殺してくれる。そうなったら俺はあんたに礼をしたい』


「強がるのはよせ。お前は彼女の命が惜しい。時間を稼いでるんだろう。その隙に忍び込もうって魂胆だ」


『サンボーン、頼むよ。俺はオリーブの枝を差し出してる。受け取らないならあんたのけつに突っ込む。これ以上部下のドックタグを回収したくはないだろう』


 サンボーンは閉口した。汗が目に入って、痛い。


『すでにあんたは俺の機嫌を損ねた。潔く女を殺して得をすりゃあいいものを。それではこうしよう。あんたは自分のためにあの女を殺せ。これ以上被害を出さないためにな。それじゃあ予定があるので』



 電話は切れた。



 サンボーンは体を大きく上下させて息を吸うと部下を見回した。


『どうしますか』


 電話越しに部下の情けない声が聞こえる。


 絶望に近い感情だった。自分に害の全くない提案でむしろ希望だったが、その提案をしたコバヤシのココロが信じられなかった。心底恐ろしかった。しかしこうなった以上女を黙って帰すと面子が立たない。


「女を殺せ」


『分かりました』



    国又利恵菜の章 

 

    

 暗くて、少し嫌な空気のするほこりっぽい倉庫に座るのは初めてではなかった。中学一年生の頃、もうどうが物を保管していた倉庫がちょうどこんな感じだった。手を後ろで縛られてはいないけど。 

 利恵菜は呼吸を整えようと肩をゆっくりと上下させた。

 

 電話でもうどうの声を聞いてから、動悸が強くなっていた。


 電話を持っていたエイリアンがライフル片手に近づいてくる。


「コバヤシは助けにはこない」


 エイリアンは太い声でそう言った。


 利恵菜は指先が震え出すのが分かった。死ぬことへの恐怖、それ以上に、ただ死なせてはくれないのではないかという勝手な想像。


 それが一番ココロを脅かしていた。


「いつもさよならをって歌があった」


 エイリアンがライフルをこっちに向けてくる。


「あの世で歌いな」


 目を閉じると涙が頬を伝うのが分かった。嗚咽は声にならず、すーっとした絶望だけが頭を包み込んできた。ここで人生が終わる。もうどうは助けられるのに助けてくれない。死ぬことよりも何よりもその事実が最も、辛かった。


 地面が揺れた。急に明るくなった。


 これが発砲の衝撃かと、妙に頭は冷静に考えていた。


 だが違った。目を開けることができた。意識はまだあったのだ。

 振り返ると二つの大きな光が眩しく窓を突き抜けていた。


 エイリアンが後退りしていく。

 利恵菜のココロはその光によって照らされた。希望が見えた。笑いさえすることができた。

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