16話 ディスピカブル・ミー 許してくださいな
もうどうは学校の地下の貯留槽ではなく家に直行した。
一応住居は構えているのだ。地球に戻ってきた頃は車があるから学校に近い場所に住む必要はなくオーストラリアの図書館やイタリアのカッポーニ宮に住んでいた。
きつしが鈴音と逢引きするようになってからは鈴音の家の近くのアパートに移った。
丘の上のアパートで、隣に雑木林がある。時々レーダーに猪なんかが映っているのを見ると面白い。
普段から駐車場に車が停まっているのは見たことがない。その上アパートの住人には誰にも会ったことがなかった。きつしが一度一階に住んでいる老婆に会ったことがあると言っていたが。
駐車場からは丘の下の街並みが一望できる。走る電車や行き交う車も。遠くの山さえもここから手が届きそうに思える。この眺めは宇宙のどこにもない。
階段を登って一番奥の部屋のドアの鍵穴に鍵を突っ込んで右に回して扉を開ける。
このアパートの特徴として玄関はない。他の住人がどうしているかは知らないが自分たちは土足で生活している。両脇が壁になっている。少し進めば左はキッチン、右は居間だ。
「いぬー。いぬ。どこだ」
飼い猫の名前なのだ。メスのスコティッシュフォールドで、きつしが半年前に拾ってきた。名前を呼ぶといぬは毛をふさふささせて足元に擦り寄ってくる。アーモンドのような瞳に自分はどう写っているか確認するために抱き上げる。背中の硬い感触にも慣れたようだった。最初は重そうにしていたが今ではぴょんぴょん走り回っている。
いろんなところにぶつけるからそれはそれで修理が大変なのだが。
高い声を出して鳴く。耳を肩にすり寄せてくる。甘える時の仕草なのだ。
「よしよし。もうこの世界で俺に甘えてくるのはおまえだけだな……。留守電再生」
いぬの背中の機械が反応する。赤いランプが点滅して甲高い音がなる。
『家具の修繕で困っていませんか? 棚、テレビ台、机など。家具と名のつくものなら何でもござれ。ジーニアス家具修繕店にお任せを』
次が再生される。
『あー、もうどう。ザッハトルテだ。これを聞いたら連絡してくれ。水星に輸出する分の武器が足りない。どこかの倉庫に足すように命令してくれ』
次。
『ドン・もうどう。電話での報告になってすまない。サンボーンとの取引が失敗したそうだな。しかも撃ち合いになったそうじゃないか。今回の件を受けて他のやつも色々動いているよ。こちらの人員とも話し合った結果、我々シナトラファミリーは今後あんたと手を切る。すまないな』
もうどうはいぬを床に下ろす。すぐに走り去っていく。あの猫の背中についているのは留守電をためこむ装置で生命維持装置にもなっている。
m65ジャケットを脱いで扉のそばのコート掛けにかける。シャツの二番目のボタンを外して、居間の一人がけのソファに腰を下ろす。ホルスターが革にすれてギイという音がする。肘掛けをパンパンと叩いて、ため息をつく。
シナトラファミリーが離れた。彼らは銀河の南側の物流を支配する上で重要な役割を担っていた。ちくしょうめ。ドンの引退パーティで二代目と話した時にすぐに無能だと悟った。
やはり間違った決断をしたか。先代なら今の情勢だけを見て決定を下すような真似はしなかったはずだ。
南側で幅を利かせられなくなると問題が生じてくる。
とはいえそれは目先の問題だ。ひとまず裏切り者は全員処刑したし指示した者も死んだ。これ以上の水漏れはないと思いたい。
テレビのリモコンに手を伸ばしてスイッチを押す。テレビ台の上の赤い光が緑に変わる。宇宙のチャンネルに合わせてある。地球のつまらないニュースはお呼びでない。
「十六日の選挙で当選し、政府議員に就任したグライド・ベッツィ氏が先ほどかみのけ星座付近の惑星のレストランで数人の遺体と共に発見されました。プラズマ銃での撃ち合いの末死亡したとの見方が強く、関係当局によりますとこの事件はギャング組織との関与が疑われていた氏の疑念を決定づけるものとしており、氏の当選を良く思わない何者かによって送り込まれた暗殺者一人によって引き起こされたものであるとのことです。また、銀河政府は今日付でベッツィ氏の自宅と所有する物件を捜索する令状を発行しており疑念を徹底的に追求する方針を示しました」
クリーニング屋は良い仕事をしたようだった。当選を良く思わない者の犯行に仕立て上げるとは。高い金を払う価値はある。いや、値段以上だ。今日殺した分は全て倉庫に保存されているはずだ。ある目的のために使うから保存しておかなければならない。
一つあくびをしたところで衛星電話が鳴った。確認してみると仕事用の回線でも個人用の回線でもなかった。衛星が受信してこの端末に振り分けたメッセージのようだった。
訝しみながらも受信のボタンを押してメッセージを開く。
「女を預かっている。返してほしければ武器と金を用意しろ」




