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15話 ダッジド・バレット 九死に一生を得た



    小林もうどうの章



「おい、その酒は最後の一本だぞ。気をつけて運べ」


 顎が異様なまでにしゃくれあがった灰色の皮膚の宇宙人は一本目と二本目の腕でナイフとフォークを使い、三本目の腕で金色のネクタイを整えた。


「了解しました。ドン・ベッツィ」


「ここではただの客だ。パッツィオファミリーのボスでも、議員でもない。普通に呼べ」


 ウェイターは後ろの座席に座っている大柄なボディガードを見た。


 七人だ。この一団のためにフロアの机や椅子を全て退けて、キッチンが見えるようにした。ガラ空きになったフロアの真ん中に最高級の机と椅子を用意して政治家でもギャングのボスでもある宇宙人をもてなしている。照明はほとんど点けない。


 料理の音が聞こえるように料理人たちはあえて音を立てて調理している。それがベッツィの好みなのだ。


「お客様」


「そうだ」


 ウェイターが言うとベッツィは満足そうに顎をしゃくった。


「食事は、静かなところでするに限る。君は、どこの星系の出身だ」


 ベッツィは「ひとつ目」のウェイターに訊いた。


「キボデイ星系です」


「ほう。なら分からんと思うが、我らの種族には命より大事なものが二つある。それは食事と酒だ。特に酒は生きる意味を教えてくれる。どんな悪い状況でも酒があるから生きていようと思える。キボデではどんなものを大事にしているのかね」


「キボデイ星系です」


「なに?」


「キボデ星系ではありません。キボデイ星系です。お客様がお食事とお酒を大切になさるように私は故郷の名前を大事にしています。ですから失礼を承知で申し上げますが発音なさる際は正しくお願い致します」


 ベッツィは目を細めてウェイターを見た。 ウェイターもベッツィを見た。後ろのボディガードたちもひそひそ話をやめた。


 しばらく沈黙が続いた後ウェイターは盆に載せた酒をテーブルに置いた。


「こちら、木星の青ワインでございます。最後の、一本。選挙結果、拝見しました。おめでとうございます」


 ウェイターは静かに言い置くと、背中を見せた。


「待て」


 ベッツィのしわがれ声が引き留めた。

 ウェイターは歩みを止めた。


「若いのに中々骨のあるやつだ。こっちを向け」


 ウェイターはその通りにした。


「おまえさんみたいなやつは今時貴重だ。もしも、ちょっとした小遣い稼ぎがしたくなったら」


 懐から一枚の紙切れを取り出して差し出す。


「この番号に電話をしろ。良い仕事を紹介してやろう」


 ウェイターは紙切れとベッツィの顔を交互に見た。


「受け取れ」 


 ウェイターはボディガードたちを見る。確かに七人。ゆっくりと腕を伸ばした。紙に指を乗せる。これからの動きを頭の中で想像した。その時には、ドアが開く音と銃声は重なっていた。


 ウェイターは素早くエプロンの下から銃を抜いてベッツィの首に腕を回して立たせると、盾にしながらボディガードたちに発砲した。


 ドアから現れたウェイターの雇い主の放った弾丸はキッチンのコックたちを皆殺しにする

と、ボディガードたちにも降り注いだ。ボデイガードたちは固い血しぶきをあげて次々に倒れていく。

 暗闇の中で銃弾と絶叫だけが光る。銃声と倒れる音、呻き声だけが聞こえる。

 銃声が止むと、電気が点く。


「座らせろ」


 ウェイター雇い主の言われた通りにした。「ど、どういうことだ。おい」


「手荒な真似をして悪かったな。ドン・ベッツィ」


「コバヤシもうどうか? 何の真似だ。このウェイターは、君の手下か。それにきつしはどうした」



「放してやれシルビオ」


 ウェイターに扮していたシルビオはもうどうの言うとおりにする。


「それで、あんた。ドン・ベッツィ。両腕を机に置け。失礼、三本腕を机に置いてくれ」 




 もうどうはm65ジャケットの前を開けるとベッツィの真ん前に座った。足を組み、胸をそらし、首を少し傾けて宇宙人を見た。銃は向けたままだ。


「ドン・ベッツィよ。裏ビジネスを隠すために政治家連中のけつの穴をなめてるのか? 昔はフェンネルよりも立場が上だったのにいつのまにか追い抜かれて挙げ句の果てには因縁をつけて商売の邪魔だてかい。昔のあんたならきっと、下請けの俺たちを攻撃するなんてこすい真似はしなかった。それはそうと、当選おめでとう。あんたも一端の政治家だ」


 もうどうは皿の上のナッツのようなものをとると口に放り込んだ。


「ううん。オーガニックか? 飯のセンスだけはいんだからさ」次々に取っては口に放り込む。


 ベッツィはもうどうの手の動きを睨みつける。


「どうした? 食事を邪魔されて嫌だったかい? まあそうだな。その気持ちは分かる。商売を邪魔された時と同じ気持ちだろ。違うかい」


「食事を邪魔したことは決して許さない。しかも今日のような良い日の食事をだ」


「じゃあ俺も許さないこととしよう。特に最近は良いこともないが、仕事を邪魔したことを」


「何の話かな」


「それはあんたが一番分かってるだろう。俺んとこの人員をたぶらかして不利な情報を流した。そんでもってサンボーンとの取引をだめにした」


 もうどうは銃を腰に戻すと、手を木星の青ワインに伸ばす。ベッツィは体を揺らして腕を伸ばし、阻止しようとしたがシルビオはその動きを見逃さず、頭に銃を突きつけた。ベッツィは一つ深呼吸してからゆっくりと腕を元の位置に戻した。その様子を見てもうどうは笑う。



「ははは。ご覧の通り、シルビオはいざとなると血の気の多い男だが頭はいつでも非常に冷静だ。傭兵としてこれ以上ない資質を持った男でね。褒めてやってくれよ」


「なんだっていいが、私は貴様が怒るようなことはしていない。フェンネルともめているのは事実だが商売に手を出したりしない」


 ベッツィは首を回すと、顎を突き出した。


「御託を並べなさんな。見苦しいぞ。知っての通り、俺は宇宙の犯罪史始まって以来最も若くして、武器市場を掌握した業者だ」


「それが私に何の関係がある」  


 もうどうはぎらりとベッツィの方に目を向けると、酒瓶をいじり回していた左腕を振り上げて思いきり机に叩きつけた。破片と美しい酒は四方八方に飛び散った。ベッツィはまた体を揺らした。


「証拠は揃ってるし証人もいる。こっちはあんたを始末したくてうずうずしてるんだ。これ以上しらを切り通すていうならこっちだってそれなりのことをする。ベッツィ、ベッツィ、こっちを見ろ。俺を見るんだ」


「私は何もしてないと言っているだろう。思い上がったクソガキめが! この私を敵に回すとどうなるか教えてやるぞ」


 机と料理が揺れる。


 もうどうは瞬き一つせずにベッツィを見る。首を少しばかり右に傾けて、口を少しだけ開けた状態で。


「シルビオ、離れていてくれ」シルビオは静かに後ろに下がった。


「聞いているのか! こっちを見ろだと? ふざけるな。貴様のような青二才の新参者がこの私に対してこっちを見ろと言ったのか。なんたる非礼だ!」


 ベッツィは二本の腕で机をぶった叩く。皿が少しく浮いた。それでももうどうは視線を逸らさない。


「大体貴様らは前からいけ好かなかった。この私だけではなく他の年長者のことも見下している。貴様らが今好き勝手に商売できているのは私たちが基盤を作ったからだ、違法取引や密造の根幹に関わるネットワークとライン合法非合法の網目を整え、犯罪地図を形成した。いいか。これから少しでも私に無礼を働いてみろ。貴様らをこの宇宙から追い出して」


 結局言葉は続かない。頭に四発、心臓に三発。残念なことに、でかい頭は皿に突っ込み料理はぐちゃぐちゃになった。


 もうどうは立ち上がって手に持っていた酒瓶の欠片を見た。わずかに残っていた青ワインを頭にかけてやる。


「クリーニング屋に電話して今日中に終わらせろと伝えろ。死体は全部保存しておくように言っておけ」


 シルビオは静かに頷いた。


「目的は訊かなくてよかったんですか」


「大体分かっているからな。あとで奴の身辺を調べるが、おそらくフェンネルへの攻撃だ。俺たちを攻撃すればフェンネルの商売が止まると思ったからだろう。浅はかな生き物め、ずっと嫌いだったよ」



 もうどうは一度言葉を切ってため息をつく。


「シルビオ、娘さんの結婚式を抜け出してよく来てくれた。この恩は一生忘れない」


「いいんです。ミルク、ありがとうございました」





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