13話 シズ・アウト・オブ・マイ・ライフ もう、どうすることもできない 後編
村山きつしの章
その頃のもうどうの顔は、晴れやかだった。二人で色々したんだと思う。かけがえのない経験をね。僕はといえば、二人の邪魔にならない程度に手伝いをして、沙織に嫉妬の視線を投げかける国又利恵菜の質問責めから逃げていた。
月は、太陽があれば月光として輝ける。そして賢い人間は幸せが永遠に続かないことを知っている。大切な者ほど早く離れていく。だからもうどうは最愛の人と一緒にいてもどこか落ち着かなかったはずだ。
大切な者ほど早く離れていく。
その時はあまりに早く来すぎた。
もうどうはとある研究で「行き詰まっていた」
その日は、奇しくも二人で迎えた一回目の沙織の誕生日だった。十二月十六日(12/16)
沙織は貯留槽にいた。僕は別の部屋で事務作業をしていたよ。もうどうは、沙織を愛していたけど、仕事場に立ち入ることは禁じていた。
科学は時に残酷な結果を生みうる。暴発や危険な液体の飛び散りなんかが彼女を襲うことを恐れていたんだ。恐怖は行動の引き金だ。
沙織はその日、何を思ったかもうどうの作業部屋に行ったんだ。もうどうも今日ぐらいはと、許した。二人で座って、その「行き詰まっているもの」を沙織に説明したりしたんだろうか。そしてその部屋は二人目の招かれざる客を受け入れることになる。
男が現れた。もうどうと同じ背丈で、同じ雰囲気の男がね。
その男は「行き詰まっているもの」をすでに完成させていたんだ。その男はもうどうに「行き詰まっているもの」の素晴らしさを説いた。
何ができて何ができなくなるか何を得て、何を失うか。その結果もうどうは拒絶した。「行き詰まっているもの」も、その男も、科学そのものも。
「変わらないものなんてない。発明も人間も滅びるからいいんじゃないか」
もうどうは男に対してそう言ったそうだ。
男は何も言わず、部屋を出て行った。
その夜だった。
三人で一緒に夕食を食べに行った。
僕はボディガードとして同じテーブルに座っていた。レストランにね。小さくも大きくもない普通のファミレスさ。
まずは飲み物を頼んだ。沙織はオレンジジュース。グラスに一輪のオレンジが挟まったやつだ。僕はミルクセーキ。もうどうはただの水。それから料理を注文した。料理がくるまでどうでもいいことを話した。思い出せないほどどうでもいい。
だけど、思い出せないからいいんだ。思い出せるものは記憶にあるものだ。特別なものだ。だけど、特別ではない日々、何でもない日々は決まって平和なんだ。だから、この日も、思い出せない、平和な日々であるべきだったんだ。
注文した料理が全てきて、手を合わせようという時だった。もうどうが正面に座っていた沙織を凝視した。正確には沙織ではなく沙織の向こうの「景色」を。
あの男が座っていた。
もうどうにそっくりな男が。こっちを見て、笑うでもなく、何を言うでもなく。足を組んで何かを飲んでいた。その直後だ。
机の裏で嫌な、高い音がしたんだ。まるで、何かのスイッチが入るみたいな音がね。もうどうと僕はすぐに机の裏を確かめた。
僕らはすぐに立ち上がった。もうどうが沙織を見た時。地獄の結末を予想した時。沙織がもうどうを見て、何かちっぽけな異変を感じ取っただけの時。
「それ」は勢いよく弾けた。
料理も、机も、店も、沙織も、月があまり見えなかった夜空さえも。全てを吹き飛ばした。僕たちも吹っ飛ばされたよ。だけど僕たちは生き残ったんだ。
生き残ってしまったんだ。
ただのそれだけだ。そう。僕たちだけが生き残ったんだ。僕たちだけが。
まるで最初からそう設定されていたかのようにね。
目を覚ました時、もうどうはどこにもいなかった。木端微塵になったなんてことはありえなかった。意識がなくなる直前、もうどうは僕の隣で倒れていたんだから。
その男に連れ去られた可能性も低かった。もうどうを殺さずに、大切な人間を奪ったのはもうどうを苦しめるためだ。その男は、もうどうに拒絶され彼の大切な者を奪った。それ以上も以下もないはずだった。
もうどうは消えた。何も言わずに消えた。
沙織の葬儀にも来なかった。何が起こったか、その日のことを誰も受け入れられなかった。ご両親は娘を亡くした。国又利恵菜は友達を失った。そしてもうどうは最愛の人をもう見つけられない。
僕は幸せな親友を失った。永遠に。
もうどうをこの宇宙でただ一人受け入れてくれた女性はもういないんだ。どうやったってもう会えない。死んだ者は蘇らない。もうどうの科学をもってしてもそれは覆らない。
一週間した頃、もうどうは貯留槽に現れた。
「準備が整った」と言った。そのまま倉庫に向かった。僕が知りもしない場所の、見たこともない倉庫だった。
武器を作っていたんだ。戦争に参入して莫大な利益を上げるために。
この宇宙は本当に広いんだ。一般的に知られてるような惑星や星座だけじゃない。星座にも文明は存在するから、合計すると何万とあるんだ。ほんとに。
戦争はとにもかくにも金になる。武器も設備も人も飛ぶように売れる。
続いてくれた方が助かるんだ。イタチごっこさ。僕たちが金に困らない理由が分かったろ。全ての勢力に武器を売ってるんだ。しかもとても優秀な武器をね。
今までのもうどうなら絶対戦争なんかを食い物にしなかった。倫理と正義を欠いた研究も発明も絶対にしなかった。
その時僕は直感的に分かったんだ。目の前にいるもうどうはもうどうであって、もうもうどうではないとね。
初めて会った時もうどうの笑顔を見て彼は善人だと悟った時のように、僕はそう直感したのさ。
もう一つ分かった。もうどうはその男を見つけ出して、後悔させる気なんだ。
テーブルの下に爆弾を仕掛けて沙織を殺したその男を見つけ出してココロの底から後悔させるつもりだ。
そのために金が必要だから、戦争をだしにするつもりなんだ。言われたことは一度もなかったけどそう確信した。
もうどうはもう「僕」とは言わなかった。もう昔のように笑わなかった。
僕は、黙ってその後をついていくだけでよかった。
あの時のもうどうには「止めてくれる人」が必要だった。目的のために何もかも見失ってもまだ、完全に堕ちないように見張っててくれる人が必要だったんだ。
その役に、もうどうは僕を選んだ。ただそれだけのことだった。
もうどうは言った。どうして奴がお前を殺さなかったと思う。俺の大事な者を奪うならお前も殺すはずだ。そこに奴の狙いがある。だからお前には一緒に来てほしい。奴をおびきだすためじゃない。二人で狩るためだ。俺にはお前が必要だ。お前には俺が必要だ。
それが全てだった。その時のもうどうのココロはそれが全てだった。
その時すでに、というよりはそれよりずっと前から、あの時出会った時、それよりも前から、僕らが同じ年に生まれた時すでに僕はもうどうの相棒だったのさ…………。
「で、見つけたの?」
「抑揚がない」今、鈴音の言葉を聞いた時の第一印象だった。すぐに、心配や不安を見せないためにあえて特徴のない声で言ったのだと思い直した。
「見つけたの? その男」
きつしは下を向いた。向くつもりはなかったが、自然に頭が下がっていた。
どうしてか、急に寂しくなった。他人事ではないと思ったからだった。自分ももうどうと何ら変わらない。愛情を知らず。鈴音を愛している。
そしてこの生活がいつまでも続くわけがないと分かっている。
「見つけてない」
「見つからないの?」
「ああ。地球に戻ったのもそれが目的だけどね」
「その男が地球に隠れてるかもしれないから?」
「いや、そういうわけじゃない。だ、だけどその男がち、ち、地球に関わってるのは明らかだ。あの学校にもね。
それで、追ってきたんだ。も、も、戻ってきたと言った方がいいかもしれないね」
今回は、言った後で複雑な気持ちになることもなかった。重しがとれたというかずっともやもやしていたことが晴れたような感じだった。
「……学校が、関係あるの?」
鈴音は細切れに言った。
「そう」
きつしは返しながら地下の巨大な貯留槽を思い出した。もうどうは水のあるところで暮らしたがる。
きつしも詳しいことは知らないが偶然学校の下が貯留槽であるはずがない。恐らく「あの男」はその貯留槽に何か関係している。
耳をつんざくような泣き声が聞こえてきた。反射的にベビーベッドの方を見た。
鈴音はきつしよりも早く席を立ってベビーベッドに駆寄った。きつしもすぐに追いついてかつしの様子を確認する。
「ど、ど、ど、どうしたんだろ」




