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12話 シズ・アウト・オブ・マイ・ライフ もう、どうすることもできない 前編

 


    村山きつしの章



 きつしはノートパソコンの画面に目をやる。もっとベビーグッズを買ったり食料を買ったりするにはもっと金が必要だ。銀行口座にアクセスしていくらか下ろそうと考えている。後ろを見る。


 鈴音はベビーベッドの柵にもたれてかつしの寝顔を見ていた。さっき外出前だか外出後だかに眠ってから一度も起きていない。一度寝たら簡単には起きないというのはきつしの要素を継いでいるようだ。


 ダッフルバッグには一応、何枚かの毛布、紙おむつ、粉ミルク、哺乳瓶、おしゃぶり、ボロボロの絵本、鈴がついたプラスチックのおもちゃなどが入っていた。新品の、なんなら特注の数十万の絵本だって用意できるのにあえてボロボロの絵本を入れてくるのは、もうどうの悪意なのか遊び心なのか。


「か、か、か、か、かわいいよね」


「ほんと。信じられないくらい」


 微笑みで返す。

 きつしはパソコンに向き直る。


 もうどうはどうしているのだろうか。裏切り者を探すと言っていた。自分がついていないとダメだろうなとも思った。目的を追い求めるあまりにココロを忘れてしまうのだ。


 情熱、願望。不可能なことでも達成できてしまう技術と才能が残酷さに拍車をかけている気がする。今までもそうだった。裏切った者に慈悲は与えられない。その者だけでなくその者の一族すら追い込む。


 自分たちへの裏切りは末代まで長くに続く厄災となるのだ。このように銘打ち、見せしめておくと簡単には裏切れない。それが結局みなにとって良いのだ。


 それでも裏切る者は、並々ならぬ覚悟を持っているとみなされ、どんな弁明をしようが最後にはみな同じ結末を迎える。


  自分がいれば少しでも慈悲をかけてやることができるのだ。一度の裏切りに対してそこまでする必要はない。もうどうはもう昔のように慈悲深くはないのだ。今はされたことをし返すことしか考えられない。あの男のせいで。


 もうどうにそっくりな、あの男のせいで。


「どうしたの?」


「え?」


「なんか、考えてるみたい」


「ま、まぁ、そうだね」


「分かってるよ。どうして悩んでるのか」


「な、な、なに?」


 鈴音はかつしの方を見ながら、きつしの隣の椅子を引く。


「小林のことでしょ」


 暗くも明るくもない声。


「そ、そうだね。大体はそんな感じ」


「わたしも気になってるもん。どうして小林ってああなの。わたしのこと名前で呼んでくれたことなんて一回もないよ。ずっと出っ歯とか、くそ出っ歯とか。学校に来たら先生に暴言でしょ。それ以前に、どうして武器や、赤ちゃんとかを簡単に作っちゃうの。車も地下のダムみたいなのもそうだけど。それに付き合ってるきつしだって、はっきり言って異常よ」


「異常」のところは、笑いながら言った。


 どう言ったものか。今まで一人で抱えていた気持ちを改めて人に言ってみようとするのは難しいことだ。ココロでは色々思っていてもいざ言語化する時は、戸惑う。


「も、も、もうどうは、元々ああだったわけじゃないのさ」


「……どういうこと?」


「ま、ま、ま、まあいいじゃないの。今は」


「ねえ」 


 隣に座った。


「教えてよ」


 きつしは俯いた。大切な人に優先するものはない。自分が嘘をつき続ける、というかごまかし続けるのは傷つけ

ることにあたる。


 それは承知している。今までも鈴音が訊いてきことはあったがその度にごまかしてきた。知ることは、得ることだ。


 危険なものでも安全なものでも、得るということは、そういうこと。もう知らない状態ではないこと。

 何が変わる?

 知る前と知った後とで、自分たちにどう影響する。そもそもどうして隠そうとしてきた。


「…………僕ともうどうは中学生の時に出会ったんだ」


 その時はまだ平和、というよりは、普通だった。僕は普通の人間だったのさ。

 もうどうもね。今に比べたら全然普通だったよ。優しくて、慈悲深くて、言葉遣いも丁寧で、人の痛みがよく分かった。今とは大違い、というわけでもない。今も優しさはまだあるし、痛みはもっとよく分かるようになった。だけど、慈悲深くはなくなっちゃったね。



 中学一年生の時にもうどうに出会った。あることをするから手伝ってくれって言われたんだ。もちろんそれまではもうどうと話したこともなかったし面識もなかった。いきなりだよ。聞いてみたら、科学実験だった。よく覚えてるよ。色素感応物質の広がりの変化を見たいから手伝ってくれって。もちろん何のことか分からなかったし、少し怖かったよ。


 だけど柔和な頼み口と、そこはかとない笑顔がもうどうという人間を物語っていた。


 怪しい者ではない、というのは少し違うけど本当に、その時点で僕はもうどうが悪い人間ではないということを悟ったのさ。後から報酬を提示されたわけでも何かあったら助けてやるからと交換条件を出されたわけでもない。 

 気付くと僕は彼の住処にいた。大きな貯留槽だ。


 実験を手伝うことを決めたんだけどその実験は失敗してね。ほんと、笑っちゃうぐらいね、思いっきり失敗したよ。溶液が爆発して部屋中に飛び散った。体にも降りかかって。


 途中何が起きたか分からなくて、数年ぐらいそのまま固まってたよ。


 実際には数秒だったんだろうけど、数日にも数年にも感じられた。その後で笑った。転げながら笑ったよ。それから僕は彼を手伝うようになった。


 お互い、パートナーだと思っていたよ。もうどうは自分の家族を嫌っていた。十歳で家出をしたそうだ。僕も家庭で居場所を見つけられなかった。だからある意味、似た者同士の僕たちが出会ったのは運命だと言えるのかもしれないね。 



 彼は苦しんでいた。本来両親から受けるべきの根本的な愛情を知らず、両親に対する憎しみと期待の空回りは反発して、他人を守る強さに変わった。



 中学二年生になった頃だ。


 もうどうはある女の子と付き合い始めた。 国又利恵菜の友達で名前は海野沙織。


 その子の誕生日は十二月十六日(12/16)だった。


 もうどうは誰からも受けたことのない愛情を彼女からもらった。


 沙織はとても優しい子だった。


 もうどうの苦しみを理解した。沙織はこの宇宙で、ただ一人。もうどうがココロから愛した人間だったんだよ。まさに太陽のような存在だった。人を疑うことを知らず利用されてもそれで相手が得をするなら我慢するような人だった。


「虹色の気配」を持った人だった。


 みんなのことを愛していた。

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