9話 ダーティ・ディーズ・ダーン・ダート・チープ 悪事は慰み
小林もうどうの章
仕組みを理解すれば支配するのは簡単だがその仕組みは複雑で入り組んでいる。様々な生物の利益と私欲とが。
かくいう自分も利益を追求するために入り組んでいる一人である。
もうどうは自分でも意外なぐらいに気楽に、車を運転していた。窓を開けて外に腕を投げ出すということはできないから、椅子を少し倒して鼻歌を歌いながらハンドルを握る。
「宇宙軍需」というレッドオーシャンで生き残っていくのに大切なのは「組織」の存在だ。組織というのは体系化されたグループのことではない。
契約だ。厳密にグループの一員というわけではなくともいつでも仕事を発注できて、何よりも最優先で最高の結果を出してくれる者を集めることだ。
それに必要なのは金と忠誠心だが忠誠心は金で買うことはできない。大切なのは友情、思いやり、助け合いだ。
安売りは禁物だが恩を売ることもある。
向かう先にいる相手には、ギャンブルでこさえた大きな借金を消してやった上に家のローンも払ってやった。当分の生活費も都合したしアルコール依存のリハビリ費用も出してやった。休日には家族で出かけられるように車も買ってやった。おかげで彼は離婚を免れ幸せに過ごしている。見返りは全面的な協力。
あまり知られていないが一つの星座の中には一万を超える文明が存在している。
地球がいつまでたっても宇宙人と接触できないのは種族としての知的レベルが低いことが原因だ。
金星付近の惑星は異常気象により年に数回は滅亡の危機に瀕しているが科学(もちろんその科学はもうどうが非公式に供給したものも含まれる)の発達により危機は学説になりつつある。
惑星の大気に入る。地上の道路では軍隊による行進が行われている。金星付近は政府側で戦っている。今のところ彼らは優勢だ。
アルコールのリハビリ施設の外で会う約束をした。薄黄色の空の上では車が走り回っている。赤色の雷がちらついている。町中高層ビルだらけだ。施設の駐車場に停めた。普段はつけていないナンバープレートをトランクから出してつけておく。いらぬトラブルは避けたいものだ。ナンバーは「1216」
施設に入る。騒がしいのなんの。診察待ちの者、受付にずらりとできた列。彼らは頭が極端に小さくて右手にだけ水かきがあり、身長と知能がとても高い。巨人症には悩まされてきたがこういう時は恩恵を感じる。
奥の待合スペースのソファには点滴のパックを伴っている者、盲導犬を連れているものなどがぎっしり座っている。
相手は待合ソファの四列目に座っている。
「ワイオミング」
「もうどう」
抱擁を交わす。ワイオミングの水かきがもうどうの背中に当たる。瓶底眼鏡、チェックに三角形が重なった模様のシャツ。根っからの理系の金星人だ。
「きつしはいないのかい」
ワイオミングは低い声を出す。
「ああ、奴は育児ってやつで忙しいらしい。いやぁ、それにしても」
もうどうはワイオミングの腕を叩く。
「カシオペヤ座でのパーティは良かったな、ワイオミング。ビーチが人で溢れていて丘陵地のほったて小屋でやりたい放題だった」
「あぁ、ほんとに。酒もあったし女もいたし」
「そうそう」
「君はグラスに一輪のオレンジが挟まったオレンジジュースをいくつも頼んでた。あの日を思い出すたびに断酒が馬鹿馬鹿しくなってリハビリなんか辞めちまおうと思うね」
「おいおい、しっかり終えてくれよ。そのために高い金払ったんだ」
頬をぺちぺちと叩いてやると、ワイオミングは三角形の口角を上げた。
「ところで。娘さんは元気か」
「あぁ。おかげさんで。昨日もあんたが買ってくれた車で隕石の衝突を見てきたんだ。グロッグの奴も喜んでた。戦争犯罪で手配中の最重要逃亡犯には感謝しかないってね」
「いいんだよ、そんな。君と家族が幸せでいればね。何よりも君には元気でいてもらわなくちゃいけないから」
「あぁ、ありがとう。ほんとに。で、今日は何の用かな」
「実はね」
もうどうは、体をワイオミングの方へ向けると右肘をソファの背もたれに乗せて両手の指を組んだ。
「ある、仕事があった……。武器の売買だよ。結論から言えば失敗しただ。血が流れた。金も、武器も、時間も全て無駄になった。俺と、俺の組織と元請けの信頼を失墜させる、実に致命的な失敗だよ。しかしながら、これはある者が密かに企てた陰謀だということが分かった。身内の者が、取引相手に俺たちに不利な噂を吹き込んでね。裏切りだよ。俺の組織の誰かが俺を裏切っている」
ワイオミングは大きな喉仏を上下させる。
「それで取引相手が、俺と取引を決めてから通信した相手を調べた。これがそのリストだ」
もうどうはネイビーのm65ジャケットのポケットから四つ折りにした紙を取り出す。
「複雑に暗号化されている。これの解析を頼みたい」
「全然いいけど、これくらいなら君でできるんじゃないか」
「俺は別の線で追う。数学と同じだ。複数の解き方を心得ておくことでより早く答えに辿り着ける」
「ああ、まあ、そうか。だが、君の取引相手は闇業者だろ? 僕たちが供給してる表のネットワークで通信なんか
してるかな」
もうどうはまた、ポケットに手を突っ込んで小さな封筒を取り出す。
「……これは……?」
「俺が作ったソフトウェアの入ったメモリだ。取引相手の通信アルゴリズムは非常に複雑で特異なものだが、それゆえに特定は容易だった。奴らは君らの供給する通信網で暗号のやりとりをする。その暗号はお互いで傍受し合って変換し、メッセージを解読する。その変換には違法の二層式暗号システムなどが使われている。言ってる意味分かるな?」
「あ、ああ」
「そこで、このメモリに入っているソフトは奴らの暗号化システムと二層式システムのソースコードだ。リストに書かれている暗号化された通信を照らし合わせて、暗号を解いて、うちのシステムで照会した後そのソフトウェアで逆引きすればいいんだね」
「そうだ。頼めるか?」
「君のためなら、もちろん。任せとけ」
「ありがとう」
もうどうは左手を差し出す。ワイオミングは右手を差し出す。二つの手は硬く握り合われる。
「じゃあ」
もうどうは立ち上がる。ワイオミングも立ち上がる。もうどうはそのまま出口へ向かう。
病院を出ると、赤い雷が光った。それから立て続けに三回ほど点滅した。
「結果が出ればすぐに教えてくれ」
「分かった」
「じゃあ、奥さんによろしくな」
「あ、ああ。ありがとう、もうどう」
もうどうはナンバープレートを取り外してトランクに押し込むと、車に乗ってエンジンをスタートさせる。
離陸する。
ふとバックミラーを見た。ワイオミングはまだ自分のことを見送っていた。




